旧奥州街道11(青森)

2015/12/18

外ヶ浜町・三厩~蟹田/旧奥州街道751(最終回)

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JR津軽線、三厩駅

龍飛崎にある青函トンネル記念館前から、
外ヶ浜町営バスでJR津軽線の三厩駅まで戻った。

約35分と意外に早かった。

写真はJR津軽線の蟹田行き気動車(キハ40)だ。

津軽線は、津軽半島の東部を縦貫する路線で、
青森駅までは、55.8kmである。

この気動車は、三厩・蟹田間を、約40分で走っている。




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津軽半島、津軽線車窓より

JR津軽線の気動車に乗り、蟹田に向かう。

左側に尖岳(529m)、袴腰岳、木無岳(686)、
横岳(574m)の山々が望め、快適であった。

旧奥州街道は、この山並の向こう側(東側)である。




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JR津軽線、蟹田駅

JR蟹田駅で下車し、
津軽海峡線の特急「スーパー白鳥25号」に乗り換える。

蟹田と、関門トンネルを通り北海道の木古内までは、
普通列車が走っていないので、
特急券無しで乗れる特別区間となっている。



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いよいよ、長かった本州を離れ、北海道入りである。

三厩から本来は船であるが、今は船便が無いので、
関門トンネルを通り、木古内まで津軽海峡線で行き、
そこから函館バスで旧奥州街道(松前街道)の終点松前に向かう。

                                  
 ~ 旧奥州街道 完 ~





詳細リンク:旧奥州街道751「外ヶ浜町・三厩~蟹田」/街道写真紀行
(外ヶ浜町 三厩 蟹田)  1210/1512

2015/12/17

外ヶ浜町三厩・青函トンネル記念館/旧奥州街道750

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青函トンネル記念館

青函トンネル記念館入口だ。
「歓迎、世界一体験ゾーン」と書かれてあった。

地下140mの世界を体験できる「体験坑道」へは、
日本一短い私鉄「青函トンネル竜飛斜坑線もぐら号」に乗って
斜度14度の斜坑まで案内してくれる体験ツアーある。

入館料は400円、体験坑道は1000円となっている。

青函トンネル記念館傍には、
天皇陛下皇后陛下行幸啓記念碑がある。





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津軽海峡断面モデル

青函トンネル記念館の中に入ると、大きな津軽海峡断面モデルがある。

         
本道と側道の位置関係が判るように立体的になっている。
青函トンネル断面模型で、上部の青い部分が津軽海峡である。
中央の横に伸びているのが青函トンネルだ。
左が本州側で、トンネルが傾斜しているのがわかる。

この1階展示ホールに、先進ボーリング技術や地盤注入技術、
吹き付けコンクリート技術などの多くの技術と工事方法が
詳しく説明されていた。

2階には青函トンネルの歴史と構造、実際に使用された機器などが
展示され、トンネルシアターでは映画も上映されていた。





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青函トンネル記念館バス停

青函トンネル記念館バス停である。

オレンジに塗られた車両は、実際に使用された人員輸送用の水平人車、
斜坑人車、アジテーターカー(コンクリート運搬機)などが
野ざらしで展示されていた。

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この後、このバス停から外ヶ浜町営バスで、JR三厩駅に戻った。

三厩駅からはJR津軽線で蟹田に戻り、
津軽海峡線で北海道の木古内に向かった。





詳細リンク:旧奥州街道750「外ヶ浜町三厩・青函トンネル記念館」/街道写真紀行
(外ヶ浜町三厩 龍浜) 1210/1512

2015/12/16

外ヶ浜町・道の駅みんまや/旧奥州街道749

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津軽海峡

津軽海峡冬景色歌謡碑のある崖の上から,
津軽海峡を見下ろした写真だ。

津軽海峡を挟んで北海道の松前半島と、
津軽半島先端の帯島、龍飛漁港が良く見えるところである。

なお、龍飛崎(たっぴさき、たっぴざき、国土地理院表記)は、
竜飛崎、竜飛岬、龍飛岬とも表記される。

名前は、アイヌ語のタム・パ(刃の上端の意味)の転訛説が尤もらしい。




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道の駅みんまや入口

道の駅みんまや入口の案内標識は小さく、見落とすほどであった。

右側のゲートには、
青函トンネル記念館の文字が大きく書かれてあった。

直進すると
龍泊ライン(国道339号線、小泊街道)の五所川原、中泊方面で、
左折すると、青森、外ヶ浜方面である。




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道の駅みんまや

坂道を上ったところに、
道の駅みんまや「龍飛岬」、
青函トンネル記念館の広大な駐車場がある。

ここは、もと青函トンネル本州方面基地龍飛のあったところだ。

訪問したのは10月であったが、利用者は殆どいなかった。

冬季は、毎年11月上旬から4月下旬までは冬季閉鎖区間内にあるため、
すべて休館となり利用できない施設である。

道の駅みんまやは、レストラン、特産品直売所、青函トンネル記念館、
竜飛ウィンドパーク展示館より構成されている。

竜飛ウインドパークは、龍飛崎の海風を利用した風力発電や
人類が古くから関わってきた風の世界の紹介をしている。

右手前の輪は、青函トンネルの工事に用いられたトンネル掘進機である。





詳細リンク:旧奥州街道749「外ヶ浜町三厩・道の駅みんまや」/街道写真紀行
(外ヶ浜町三厩 龍浜 )  1210/1512

2015/12/12

外ヶ浜町三厩・龍飛崎/旧奥州街道748

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龍飛崎、津軽海峡

階段国道から、階段村道(今は町道)を上ると、龍飛崎の先端にでる。
見晴らしの良いところで、
正面は津軽海峡を挟んで、北海道の松前半島が良く見える。

ここと、北海道の白神岬とは、津軽海峡を挟んで19.5kmの距離である。
好漁場である龍飛崎沖の津軽海峡では漁船が操業していた。

右手の鉄骨のあるところは、
海上自衛隊竜飛警備所で、レーダー塔の監視機器が設置されている。

かつての大日本帝国海軍の望楼のあったところである。
ここは、日本海と太平洋を結ぶ国際海峡として重要な海の要衝でもあった。

今では、この海峡の下を青函トンネルが出来ているところである。





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津軽海峡 渡島小島、大島

松前半島から少し左側(西側)を見ると、渡島小島(おしまこじま)と、
渡島大島(おしまおおしま、右側)が見える。

共に無人島で、北海道松前郡松前町に属する島だ。

渡島小島の近くで操業する漁船が多いため、
漁船の避難所・休憩所としての小島漁港が設置されている。

渡島大島は、面積9.73k㎡で、日本施政下で最大の無人島である。
こちらも、近海で操業する漁船のための避難所を建築中で、
完成予定は2016年とのことだ。





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津軽海峡冬景色、歌謡碑

竜飛灯台より階段村道を下りたところに、龍飛崎歌謡碑がある。
ここからは、津軽海峡が一望できるところだ。

写真は津軽海峡冬景色歌謡碑である。

石川さゆりのヒット曲「津軽海峡冬景色」の歌詞が刻まれている歌謡碑で、
中央の赤いボタンを押すと

  「ごらんあれが 竜飛岬 北のはずれと 見知らぬ人が 指をさす・・・
   ああ 津軽海峡 冬景色」

と二番の歌詞が流れてくる。

なお、写真左上部は龍飛崎灯台である。





詳細リンク:旧奥州街道748「外ヶ浜町三厩・龍飛崎」/街道写真紀行
(外ヶ浜町三厩 龍浜 )  1210/1512

2015/12/03

外ヶ浜町三厩・龍飛崎灯台/旧奥州街道747

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階段国道頂上

階段国道を頂上出口である。
北海道の松前半島が見えるところである。

国道339号の標識がわざとらしかった・・・





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竜飛崎より東方面

階段国道を上り詰め、龍飛崎灯台に向かうと、
今度は「階段村道」の標識がある階段を上る。

その「階段村道」の途中より振り返って撮影した写真である。
左遠くに下北半島、右は高野崎である。

そして、中央手前の崖の上にあるのが
津軽海峡冬景色歌謡碑である。





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龍飛崎灯台

階段国道ではなく、階段村道を登ったところにある龍飛崎灯台。

対岸の北海道白神岬灯台と共に、
津軽海峡の西側玄関口に位置する灯台で、昭和7年設置された。

明るさ47万カンデラ、群閃回数は、20秒ごとに2閃光、
海水面から119mの位置にある灯台である。





詳細リンク:旧奥州街道747「外ヶ浜町三厩・龍飛崎灯台」/街道写真紀行
(外ヶ浜町三厩 龍浜 )   1210/1512

2015/11/29

外ヶ浜町三厩龍浜・階段国道/旧奥州街道746

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三厩龍浜、国道339号線

三厩龍浜の集落の間を通る、
この狭い路地が国道399号線である。


国道399号線は、青森県弘前市から津軽群外ヶ浜町に至る国道で、
ここ龍浜区間では、階段と歩道で構成され、
車両通行不能区間となっている。




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階段国道、国道339号線

朱塗りの路地、国道339号線を道なりに進むと、
目の前に階段が見えてきた。

これが、有名な国道339号線の階段国道である。
もともとは坂道であった。

名物として残すために地元の声によって
階段が整備されたのは、
国道制定後、20年近くたってからである。

この階段は全部で362段、全長388.2m、
標高差は70mの急な階段となっている。




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階段国道より津軽海峡

階段国道をさらに上ると、
龍飛崎先端の帯島の全景が良く見えた。

その先、津軽海峡を挟んで、
対岸の北海道松前半島が間近に見えるところだ。





詳細リンク:旧奥州街道746「外ヶ浜町三厩龍浜・階段国道」/街道写真紀行
(外ヶ浜町三厩 龍浜 )   1210/1511

2015/11/25

外ヶ浜町・三厩龍浜・帯島/旧奥州街道745

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三厩龍浜、帯島

昨夜、旧奥州街道徒歩の旅の最後の旅館で疲れを癒した後、
津軽半島先端の龍飛崎に向かう。

写真は、龍飛崎の先端にある帯島だ。
住所は、外ヶ浜町三厩龍浜となる。

最高標高は37mで、テレビ中継局や、
写真左側の赤い社の弁天神社、
右側には海鮮料理店・民宿兼営の津軽海峡亭がある。

義経がここで帯を締めなおして、北海道に渡ったとの伝説より、
帯島(おびしま)と呼ばれるようになった。

帯島は、以前は岬と50mほど離れた島であったが、
昭和35年の龍飛漁港の整備で、
本土と防波堤で繋がり、車で行けるようになっている




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三厩龍浜・龍飛漁港

龍飛崎先端の龍飛漁港。
背後が龍飛集落である。

津軽海峡の龍飛先沖は、寒流と暖流がぶつかり合い、
餌も豊富なことから好漁場となっており、高品質のマグロも回遊している。

このマグロの一本釣りや、定置網漁、刺網漁で知られたところだ。

津軽海峡の荒波で鍛えられた昆布、若生昆布、海峡ワカメ、
岩モズク、つるつるワカメ等も名産となっている。

また、龍飛漁港は釣りの名所としても知られている。
津軽海峡に面し、回遊系の魚種が豊富で、
防波堤先端付近は、ホッケ、スズキ、イナダ、イカなどが釣れるという。

港内ではアジ、サヨリ、カレイ、アイナメ、
帯島では磯釣りとなっている。

龍飛漁港の傍に、太宰碑公園ができている。
太宰治文学碑には、小説「津軽」の一節

    「ここは、本州の袋小路だ。
     諸君も銘肌せよ。
     諸君が北に向かって歩いている時、その路をどこまでも、さかのぼり、
   さかのぼり行けば、必ずこの外ヶ浜街道に到り、
     路がいよいよ狭くなり、さらにさかのぼれば、
  すぽりとこの鶏小舎に似た不思議な世界に落ち込み、
  そこに於いて諸君の路は全く尽きるのである」

と刻まれている。




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三厩、階段国道入口

三厩龍浜集落の中に、階段国道339号入口がある。

路面が朱に塗られているからわかるが、国道にはとても見えない。





旧奥州街道745「外ヶ浜町三厩龍浜・帯島」/街道写真紀行
(外ヶ浜町三厩 龍浜 )   1210/1511

2015/11/20

外ヶ浜町三厩・中浜~義経海浜公園/旧奥州街道744

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三厩中浜集落、義経海浜公園入口

三厩中浜の集落を進むと、
右側が開け、正面に義経海浜公園がある。

ここから北海道へ、
源義経が逃げて行ったという伝説をもとにつくられた、
外ヶ浜町の三厩中浜にある広大な公園だ。

海水浴場や、更衣室、温水シャワーを備えた監視塔もあり、
海をバックにした野外ステージ、芝広場、ピックニックゾーンや、
義経伝説をイメージした散策路や築山を設けた歴史ゾーンも出来ている。





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三厩、義経公園、甲岩

義経海浜公園の海水浴場だ。
中央の岩が、甲岩である。

義経が蝦夷地へ渡る時に、
無事に渡れるようにと、
自分の甲を海神に捧げたと場所と伝えられている。

義経海浜公園で、旧奥州街道完全踏破の余韻を楽しんだ後、
公園すぐ傍の龍飛旅館に向かう。





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三厩中浜、龍飛旅館

三厩中浜にある龍飛旅館である。
この辺には旅館の他、民宿もあるところだ。

この龍飛旅館が、旧奥州街道ぶらり徒歩の旅の 最後の旅館となった。
風呂の後、旅館自慢の海鮮料理にビール、そして地酒は、
旧奥州街道無事踏破の感慨と合わせ、まさに至福の時であった。

旅館の女将が話好きで、
旧奥州街道徒歩の旅の最後の夜を楽しく過ごすことが出来た。

翌日は、津軽半島先端の龍飛崎を訪問し、
その後、蝦夷地(北海道)の松前に向かった。



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以上で旧奥州街道完全踏破、完了。

足掛け5年と3ヶ月をかけて、東京の日本橋からここまで歩いてきた。
歩いた距離は857.1kmである。

東京日本橋から九州大宰府までも歩いているので、
これで大宰府から三厩まで日本縦断が完了したことになる。

東京・日本橋から大宰府までの距離1380kmと合わせると、
ここ三厩まで計約2240kmだ。
気の遠くなるような距離を8年掛けて歩いたことになる。

感無量であった。

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江戸日本橋をからここまで、
長期間にわたり何かとご支援いただきありがとうございました。





詳細リンク:旧奥州街道744「外ヶ浜町三厩・中浜~義経海浜公園」/街道写真紀行
(外ヶ浜町三厩 中浜 ).  1210/1511

2015/11/16

外ヶ浜町三厩・義経寺/旧奥州街道743

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義経寺、燈明の松跡

急な階段を上った義経寺入口のところにある
観音堂の前の燈明の松(夫婦松)の切株。

観音堂開山当初からあった樹齢300有余年の松の大木2本で
夫婦松とも呼ばれていた燈明の松だ。

沖往く船の恰好の目印であり、
梢が後光を差したように輝いていたので、
燈明の松と呼ばれていた。

二本とも、樹高22m、幹の周囲3.7mで、
青森県環境指標植物に指定されていたが、
昭和56年、落雷が原因で枯れてしまったとのこと。

その後伐採され、写真はその根の一部である。




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義経寺より津軽海峡

義経寺より、津軽海峡を見下ろした写真である。
左前方の島影は北海道の松前半島だ。

手前の集落が三厩中浜で、海岸線が義経海浜公園となっている。
写真中央左の海岸にある、松を抱いた岩が甲岩(かぶといわ)である。

義経が蝦夷地へ渡る時に、
無事に渡れるようにと、
自分の甲を海神に捧げたと場所と伝えられている。




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義経寺より下北半島

義経寺より津軽海峡を見た写真である。

手前右が三厩湾、そして高野崎、
その先正面の山並みは下北半島である。

義経寺は、津軽海峡や三厩湾を見下ろす、
実に見晴らしの良いところである。





詳細リンク:旧奥州街道743「外ヶ浜町三厩・義経寺~中浜稲荷神社」/街道写真紀行
(外ヶ浜町三厩 中浜 家ノ上)  1210/1511

2015/11/06

外ヶ浜町・厩石~義経寺/旧奥州街道742

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三厩中浜、10地蔵

三厩中浜集落の入口付近にある辻堂の中には、
何と同じ衣裳を着た10体の地蔵尊が安置されてあった。

津軽半島を歩いていて、
終点の三厩中浜の、この地蔵堂がもっとも豪勢であった。




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三厩港全景

厩石から、崖の上の龍馬山義経寺へ向かう。
旧街道歩きで疲れていたが、最後の頑張りであった。

義経寺へ向かう坂道の途中から、
三厩漁港を見下ろした写真である。

左前方の山並みは津軽半島の高野崎だ。

三厩港が湾(三厩湾)の奥の、
如何にも天然の良港であることが伺われるところである。




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義経寺

急な階段を上り詰めると、正面に龍馬山義経寺の山門がある。

義経が海を渡った500年後の
江戸時代初期(寛文7年、1667年)、三厩に訪れた円空が、
厩石の上で義経の守り神であった観音像が光っているのを見つけた。

円空は、流木で仏像を彫り、その胎内に観音像を納め、
小さな堂宇を建てたのが、この義経寺の始まりとのことだ。

現在、この円空仏は、青森県の重要文化財に指定されている。





詳細リンク:旧奥州街道742「外ヶ浜町三厩・厩石~義経寺」/街道写真紀行
l(外ヶ浜町三厩 中浜 家ノ上) 1210/1511

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