甲州道中

2017/04/16

甲州道中53「国立市谷保~青柳」/街道写真紀行

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国立市、矢川


旧甲州街道は、この矢川に架かる矢川橋を渡る。

矢川は、立川市錦町の立川段丘崖下の湧水を源流とする小河川で、
甲州街道を横切り、府中用水の支流谷保用水に合流している。

この先には国立市が管理する公園「矢川いこいの広場」が出来ている。




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五智如来像

矢川橋の北側にある五智如来像。

江戸時代に八王子在住の越後の人、数人が、
この地(四軒在家)に移住してきて、
郷土で信仰していた五智如来を祀ったのが
始まりと伝えらえれている。

五智如来は、仏教で言う五種類の智
(大円鏡智、妙観察智、平等性智、成所作智、法界体性智)
  を備えた仏像のことで、大日如来の別名とも言われている。

国立市登録有形文化財に指定されている。




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矢川稲荷大明神

矢川地区の鎮守で、矢川の名は、江戸時代以前よりあり、
古くは谷川とも記されていた。

流れが速く、弓から放たれた矢のような川とのことから、
矢川となったようだ。





詳細リンク:旧奥州街道53「国立市谷保~青柳」/街道写真紀行
(国立市谷保、矢川、青柳) 1009/1704

2017/03/12

国立市・谷保/甲州道中52

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谷保、旧家

国立市の谷保に入ると、右側にある屋根付きの豪勢な棟門、黒塀の旧家。

左の赤い屋根の建物は、茅葺屋根にトタンを被せたようである。



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谷保天満宮


旧谷保村である国立市谷保にある谷保(やぼ)天満宮。

延喜3年(903年)、菅原道真の三男・道武が、
父を祀る廟を建てたのが始まり。

東日本最古の天満宮で、
亀戸天神、湯島天神と合わせて関東三大天神と呼ばれている。

江戸時代の著名な狂歌に、

 「神ならば 出雲の国に 行くべきに 
 目白で開帳 やぼの天神」

とあり、ここから野暮天、野暮の語が生まれたとの事。

なお、谷保は今は「やほ」と呼ぶが、もとは谷保(やぽ)村であった。

「やほ」は、南部鉄道の駅名を「やほ」としたためで、
今では地名までも「やほ」と言うようになってしまった。




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谷保天満宮、花万灯

9月の谷保天満宮例祭では、この花万灯、古式獅子舞が催される。
この古式獅子舞は国立市の無形文化財に指定されている。

万灯行列は、各町会から一基ずつ参加し、
子供万灯も含め12~13基が、現谷保駅ロータリーから
天満宮までを約3時間かけて勇壮に練り歩くとのことである。

なお、万灯(まんどう)は、他説もあるが、
たくさんのお灯明の意味で、釈迦が説法に赴かれる時に、
在家の信者が足元を照らし案内したことが始まりのようだ。





詳細リンク:甲州道中52「国立市・谷保」/街道写真紀行
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2017/02/20

府中市・西府中~国立市・谷保/甲州道中51

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武蔵府中熊野神社

府中市本宿より西府町に入ると右側にある、武蔵府中熊野神社。
神社の境内に古墳があることで知られた神社だ。

熊野神社は、もともと府中市内の別のところにあったが、
安永6年(1777年)に、ここに移されたと伝えられている。

当時は、ここに古墳があるとは認識されておらず、
平成2年に発掘調査の結果、神社敷地内の小山が
古墳であることが確認された。




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熊野神社古墳

熊野神社境内本殿北側にある古墳。

神社境内にある小山が古墳であるという説は以前からあったようであるが、
平成15年、小山の発掘が開始され、
三段築成の上円方墳であることが確認された。

写真は、古墳を復元したものだ。
1段目は約32mの方形で、2段目が約24mの方形、
3段目が直径約16mの円形で、高さは約6mとなっている。

被葬者は不明だが武蔵国府設置直前に、
大きな力を持っていた人物の墓と考えられている。

多摩川の河岸段丘である府中崖線の北に広がる、
武蔵野台地立川面と呼ばれる台地上に造られた古墳である。




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西府橋、南武線

熊野神社を過ぎると、すぐ南武線の跨線橋である西府橋を渡る。

この橋を渡ると、府中市西府中から国立市・谷保に入る。
谷保は今は「やほ」と呼ぶが、もとは神奈川県谷保(やぽ)村であった。

明治26年に神奈川県から東京府に移管された経緯がある。





詳細リンク:甲州道中51「府中市・西府中~国立市谷保」/街道写真紀行
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2017/01/30

府中市・片町~本宿町/甲州道中50

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京王線踏切

府中市片町、京王線の踏切である。
この左側には、分倍河原駅のあるところだ。

この踏切を渡ると、府中市片町から美好町と変わる。



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美好町旧家

府中市美好町(旧本宿村)の旧甲州街道左側にある旧家。
かつて、旧本宿村の名主を務めた内藤家だ。

それにしても、立派な冠木門風の銅葺き屋根付き門である。

調べてみると、この門は幕末期に、
府中の本陣であった番場宿の矢島家の門を移しものとの事だ。

門柱には、防犯連絡所と書かれてあった。




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本宿碑

本宿交差点にある府中本宿跡碑。

本宿村は、現在の西府町2丁目、本宿町、そして美好町3丁目の
一部からなる旧甲州街道沿いの集落であった。

幕末の地誌には、全戸数169で、
街道の左右に軒を連ねていたとあるところだ。

本宿は甲州街道が、
多摩川の河岸段丘の崖下を通っていた頃の宿場であった。





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詳細リンク:甲州道中50「府中市・片町~本宿」/街道写真紀行

2017/01/08

府中市・宮西町~片町/甲州道中49

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長福寺

府中市宮西町、旧甲州街道右側にある長福寺。
時宗、古木山諏訪院長福寺。

寺伝によれば、寛喜2年(1230年)天台宗の寺として創建された古刹。

初めは勝福寺であったが、
その後正応年間(1288~1292年)に、時宗遊行派長福寺に改まった。

新編武蔵国風土記には、番場宿長福寺と記載されている。




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下河原緑道

府中、下河原緑道。
もとの国鉄下河原線の線路跡が緑道として整備されたところだ。

下河原線は、多摩川の砂利運搬を目的として
国分寺駅から南部の多摩川・下河原間に
大正5年に出来た軍用鉄道であった。

昭和8年、東京競馬場の開設に伴い、
競馬開催日に限り旅客業務も行うようになった。

その後、通勤者専用電車として利用されていたが、
昭和48年に旅客業務が廃止  、
昭和51年には貨物線も廃止となった。




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高安寺

旧甲州街道左側にある高安寺山門。
この辺は、番場宿と呼ばれていたところだ。

高安寺は、もと武蔵国の国司であった藤原秀郷の館跡であった。

慶応年間(1338~42年)、
足利尊氏が全国に建立した安国寺の一つであった。

多摩川を望む段丘上のあるため、
境内は要害としてたびたび陣所となったため、荒廃した。

その後、慶長年間(1596~1615年)に
青梅の海禅寺の関州徳光禅師によって再興され、
曹洞宗高安寺と改められた。





詳細:甲州道中「府中市・宮西町~片町」/街道写真紀行
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2016/11/21

府中市・宮西町(番場宿)/甲州道中48

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府中宿神戸

府中宿神戸(ごうど)は、現在の府中市宮西町二丁目の
旧甲州街道沿いの集落のことだ。

この集落は府中の番場宿に属していた。

神戸の地名の起こりは、この地に郡家(こほど、ぐんけ)があったことによる。
そのコホドが転訛してゴウドとなったようだ。

神戸の字が、後になり当てられた由。




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府中宿高札場

府中宿の中心で、甲州街道と鎌倉街道の交差するところに
高札場があったので、ここは札の辻と呼ばれていた。

屋根のある札懸けで、ここに6枚ぐらいの高札が架けられた。

なお、高札場は江戸時代が最も盛んで、
法度、掟書、犯罪人の罪状などを記し、
人通りの多い市場や、辻、街道の宿場、
村の名主宅前などの目立つところに設置された。




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府中宿、中久商店店蔵

旧甲州街道府中宿には古い民家が散在している。

写真は店蔵となっている中久米店である。
萬延2年(1861年)に建てられたもので、隣は問屋場であった。

この辺は、武蔵府中宿の中心であった。



詳細リンク:甲州道中48「府中市・宮西町(番場宿)」/街道写真紀行
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2016/11/14

府中市・大國魂神社/甲州道中47

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大國魂神社拝殿

祭神は大国魂大神で、武蔵国の鎮守として創建され、
大化の改新(645年)の時、
府中に国府が置かれると武蔵総社となった。

この時、武蔵国内の6つの神社(一之宮~六之宮)である、
小野、小河、氷川、秩父、金讃、杉山神社が合祀され、
「六所宮」とも呼ばれていた。

その後、鎌倉幕府を始め、北条、足利氏等古くより武家の間での崇敬が篤く、
江戸時代には500石という武蔵国最大級の朱印地を有する大社となった。

現在の大国魂神社は、明治18年に改称されたものだ。
拝殿(写真)は、その時に改築されている。

社殿は、家康の命で大久保長安により
寛文7年(1667年)に再建されたもので、
東京都の有形文化財に指定されている。



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大國魂神社鼓楼

時刻や緊急事態を知らせるため、太鼓を置いた。
寺の鐘楼に対し、神社で太鼓を置くから「鼓楼」と呼ばれた。

正保3年(1646年)に火災で消失したものを、
嘉永7年(1854年)に再建したものだ。



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武蔵国府跡

大國魂神社の境内に、国史跡・武蔵国府跡碑がある。

武蔵国府は、武蔵野台地上に広がり、
その中心が武蔵国総社「大国魂神社」にあった。



詳細リンク:甲州道中47「府中市大国魂神社」/街道写真紀行
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2016/10/28

府中市・八幡町~宮町/甲州道中46

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府中市新宿公園

八幡神社のある八幡町を過ぎると、大国魂神社のある宮町に入る。

かつての府中宿新宿のあったところで、
その面影は全くないが、この公園の名前が新宿公園となっている。

府中宿は、新宿、本町、番場宿の三宿あり、月の12日を本町、
残る日数を新宿と番場宿で分担していた。

府中は、武蔵国の中心地で、大化の改新の時国府が置かれ、
武蔵国分寺や、武蔵総社の大国魂神社があったところである。




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馬場大門欅並木

大圀魂神社の参道で、約150本の欅が
全長約500mの馬場大門に沿った並木道となっている。
馬場は、安政年間まで馬市が立っていたところである。

並木の起源は古く、平安中期の前九年の役(1051~62年)の時、
源頼義、義家親子が奥州征伐の帰りに植えたのが始まりで、
その後家康が整備した。

なお、欅並木としては、唯一の国指定天然記念物となっている。




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大國魂神社参道板碑群

旧甲州街道に面した大国魂神社の大鳥居を潜ると、
右側に板碑が並んでいる。

日露戦役記念碑等で、この背後は府中ふるさと歴史館となっている。
参道を挟んで反対側には、忠魂碑、軍艦多摩戦没者慰霊がある。

軍艦多摩は、正しくは大日本帝国海軍の軽巡洋艦で
全長162m、排水量は5500トン、乗員450人。

1920年に進水し、1944年にルソン島北西で、
アメリカの潜水艦の魚雷攻撃で沈没、艦長以下全員が未帰還となった。





詳細リンク:甲州道中46「府中市・八幡町~宮町」/街道写真紀行
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2016/10/16

府中市・東府中駅~八幡町/甲州道中45

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京王線・東府中駅


京王線東府中駅で、
この前の通りには品川街道と書かれた標識がある。

品川街道は、甲州街道が整備される江戸時代以前から、
武蔵国の府中と江戸の品川を結んでいた街道である。

東府中駅は、京王線の駅で大正5年に開業した。
当時の駅名は八幡前駅であったが、
昭和12年に現駅名に改称されている。




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京王線踏切

東府中駅前を過ぎると、
旧甲州街道は、ここで京王線の踏切を渡る。

東府中踏切で、電車は新宿行きの特急である。



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八幡宮拝殿

京王線の不向き利を渡ると、左側に武蔵国府八幡宮の参道がある。

律令制の国府近くに創建された八幡宮(国府八幡宮)で、
府中八幡宮とも表記されている。

写真は、武蔵国府八幡宮の社殿である。

創建年代は不詳で、大国魂神社の末社として古くから祀られている。
なお、この辺一帯の地名は府中市八幡町となっている。





詳細リンク:甲州道中45「府中市・東府中駅~八幡町」/街道写真紀行
(東京都府中市 清水が丘 八幡町)    0909/1610

2016/10/03

府中市・白糸台~若松町/甲州道中44

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上染屋八幡神社

上染屋八幡神社参道。
丁度祭礼で、奉納された提灯の間を小さな山車が社殿に向かっていた。

上染屋八幡神社は、正慶2年(1333年)、
上野国碓氷郡八幡より遷座され、
上染屋村の鎮守となった。
         
正平11年(1356年)に武蔵国新田義宗が社殿を再建。

承応2年(1653年)、多摩川の洪水で社地が流失したため
ここに遷座されたとの記録がある。




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常久八幡社

府中市若松町に入ると、旧甲州街道右側に承久八幡社が鎮座。
かつての承久村の鎮守である。

多摩川沿岸の柳原(旧承久)にあったが、
多摩川の洪水で流されたため当地に遷座されたものである。




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東府中駅前分岐

東府中駅前の分岐で、旧甲州街道は左の道である。
東府中駅は、京王線の駅で大正5年に開業した。
当時の駅名は八幡前駅であったが、
昭和12年に現駅名に改称された。

新宿より20.4kmの駅で、京王競馬場線の基点となっている。
東京競馬場(通称:府中競馬場)へのアクセスを目的として
敷設された路線である。





    詳細リンク:甲州道中44「府中市・白糸台~若松町」/街道写真紀行
(東京都府中市 白糸台 若松町 清水が丘)    0909/1610

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