中国・四国

2017/01/01

謹賀新年

明けましておめでとうございます
本年もよろしくお願いいたします。



Photo
 

2015/08/09

広島被爆70年

15081_2

今日は、広島被爆70年・・・、原爆ドーム、広島平和記念碑



15082_2

広島平和記念公園、平和の鐘にて、祈り。






(広島市中区)0806/1508

2015/01/01

謹賀新年

本年もよろしくお願いします




1501nenga_2

2014/01/01

謹賀新年

Photo_2

昨年は、いろいろとお世話になりありがとうございました。

本年も、よろしくお願い致します。

                    管理人 Hitosh 

2011/10/14

倉敷川/岡山

02kurasiki33  倉敷川

白壁通りを進むと、倉敷川(運河)の高砂橋の袂に着く。

倉敷は、この倉敷川を利用して備中の米を積み出す河岸として栄えてきた。
当時の白壁に黒い貼り瓦の米蔵、重々しい格子を並べた商家等が
今も残されている地域で、倉敷の美観地区の中心となっており、
伝統的建造物群保存地区に指定されているところだ。




02kurasiki34  倉敷川西岸

左の店倉は陶慶堂本店で、右の建物は江戸時代の米蔵を
改装した日本郷土玩具館となっている。


玩具館には、昔懐かしい郷土玩具、人形、雛人形、凧、子供の遊具等、
約4万点の玩具を収蔵、常時7千点ほどが展示されている。




02kurasiki38  中橋

ここで、倉敷川はほぼ直角に左(北西)に曲がっており、中橋が架かっている。

写真の建物は、江戸時代に建てられた白壁・黒貼り瓦の米蔵を使用した
考古館である。
吉備地方で発掘された石器・骨角器、土器、鉄器などが展示されている。




02kurasiki44  大橋家住宅

倉敷中央通りの交差点を渡り、阿智本通りに面して左側に
武家屋敷のような長屋門を構える豪壮な屋敷がある。

水田と塩田の開発で財をなし、幕府より苗字帯刀を許された大橋家が、
寛政8年(1796年)に建てた物で、重要文化財に指定されている。

今回は、ここから倉敷中央通りを通り、駅に戻った。  




詳細リンク:岡山「倉敷川」/悠々人の日本写真紀行
0802/1110 (岡山県倉敷市本町、中央、阿知)

2011/10/11

倉敷代官所跡/岡山

02kurasiki24  倉敷代官所跡碑

本通りより路地に入り、少し南へ進むと左側に倉敷アイビースクエアがある。
その西門を潜るとすぐ目に付くのが、倉敷代官所跡碑である。

倉敷は徳川幕府の直轄領(天領)として発展してきた町で、
その中心であるここに幕府の代官所があった。

倉敷が商人の町として発展したのは、幕府の年貢米の集散地としてであった。また倉敷代官所は、商人たちの自治を認め優遇したことで、人口も増加し、
領地は名目5万石であったが、実質は10万石以上であった。




02kurasiki26  倉敷アイビースクエア

明治22年に、この倉敷代官所跡地に倉敷紡績㈱の工場が建てられた。
昭和43年に、その赤レンガ造の工場や外壁を活かし、観光施設として
倉敷アイビースクエアの名でオープンした。

倉敷紡績㈱の関連会社㈱倉敷アイビースクエアが経営管理している。
なお、これらの建物は、経済産業省より「近代化産業遺産」に認定されている。

倉敷アイビースクエアのシンボルでもある赤レンガの蔦は、
紡績工場であった当時、2代目社長の大原孫三郎の
「自然と調和しながら健康的な労働環境を」という信念の基に
植えられたものだ。

夏は赤レンガに覆い茂り、暑さから守り、冬は落葉して赤レンガに外気を当て、
内部の温度調節を蔦が見事に果たしている。




02kurasiki27  アイビースクエアひろば

この広場を囲むようにホテル、レストラン、多目的ホール、倉紡記念館、
児島虎次郎記念館などの各種施設が配されている。

アーチが象徴的な広い東正面玄関は主に宿泊客が利用し、
タクシーや観光バスもこちらに乗入れる。

西側入口はかつて従業員が出入りした通用門で、現在は美観地区側からの
徒歩による観光客が多く利用しており、周辺も賑やかである。




02kurasiki30  古物店

東正面玄関を出て、白壁通りを西に向かう。
その途中左側にある古物屋だ。

屋根の上に、沢山のの犬の像が整然と並べられてあった。
かつての日本ビクター㈱の登録商標で、蓄音機から聞こえる亡き飼い主に
耳を傾ける犬(ニッパー)のようだ。





詳細リンク:岡山「倉敷代官所跡」/悠々人の日本写真紀行
(岡山県倉敷市本町) 0802/1110 

2011/10/06

倉敷・本町/岡山

02kurasiki19  倉敷本町通り

鶴形山の阿智神社の参道を下り、本町通りに入る。

白い壁、黒い貼り瓦の古い町家の家並みが続くところで、
倉敷美観地区に指定されているところだ。

江戸時代から鍛冶屋、呉服屋、酒屋、畳屋、提灯屋等々、
職人の町として栄えていたところである。
倉敷に現存する最古の町家、井上家もこの本町通り沿いにある。

写真の高田屋は、古い町家を利用した焼き鳥屋だ。
営業時間であれば、暖簾を潜りたくなる佇まいであった。




02kurasiki20  吉井旅館

本町通にある老舗の割烹旅館・吉井旅館である。

幕末に坂本竜馬が立ち寄り利用した部屋・楓の間が残されているという。

江戸時代、天領として栄えていた江戸時代後期に、民家として
建築されたものを旅館にしたとのことである。




02kurasiki21  あちの郷

本町通を代官所跡(現アイビー・スクエア)に向かう路地の右側に
「あちの郷」がある。

これは新しくできた商業空間(グルメタウン)で、平成2年に、
倉敷市都市建築優秀賞を受賞している一画だ。

美観地区に相応しい、街づくりの一貫となっている。





詳細リンク:岡山「倉敷・本町」/悠々人の日本写真紀行
(岡山県倉敷市本町) 0802/1110
   

2011/10/01

倉敷・鶴形山/岡山

02kurasiki5  倉敷駅南ロータリー

久しぶりに写真仲間と、倉敷に立ち寄る。
写真は南口前ロータリーで、大きな花時計がある。

この正面の倉敷大通りは倉敷美観地区へ通じている街のメインストリートで、
春のハートランド倉敷や、夏の天領まつりのメイン会場となるところだ。
    



02kurasiki8  鶴形山登り口

美観地区の背景となっている鶴形山は、標高わずか35mの小高い丘である。

鶴形山は古代、亀島、鶴形島と呼ばれ、この辺一体は吉備の穴海と
呼ばれる海域であった。




02kurasiki13  阿智神社

鶴形山の頂上にある阿智神社。
室町時代末期、旧倉敷村の鎮守として創建された

江戸時代までは妙見宮であったが、明治2年の神仏分離で
阿智神社と改称された。

古代、現在地に住み着いた阿知使主(あちのおみ、3世紀~4世紀頃)の
一族が神々の天降られる斎庭として造られた、日本最古の蓬莱様式の
古代庭園が元になったと伝えられている。  

周囲が海であった頃のここ鶴形島周辺は、海上交通の要衝であったため、
海上交通の守護神である宗像三姫神が祀られたようだ。

境内には鶴亀様式と呼ばれる古代庭園があり、
多数の磐座(いわくら、自然崇拝の岩)や、水琴窟がある。
また建造物としては、本殿、拝殿の他、能舞台、芭蕉堂、絵馬殿等がある。

写真奥には、「阿知の藤」と名付けられた、推定樹齢300~500年の
アケボノフジがあるる。
同種のフジとしては日本一の巨樹とのこと。

幹廻り1.5m、根元2.2mで、岡山県の天然記念物に指定されている。




02kurasiki17  阿智神社より倉敷美観地区

阿智神社の表参道の石段である。
石段は上、中、下段に分かれており、上段は33段で、「厄除坂」と呼ばれ、
下段は88段で「米寿坂」と呼ばれている。

石段の途中から、麓の美観地区、本町方面を俯瞰した写真である。

美観地区は、倉敷市の美観地区景観条例に基づき定められたエリアで、
本町全域、中央一丁目北部、東町、阿知二丁目、鶴形二丁目の
各一部が含まれている。

倉敷は江戸幕府の天領で、備中南部の物資の集散地として
発展してきた町だ。
当時の町並みが残されているところである。





詳細リンク:岡山「倉敷・鶴形山」/悠々人に日本写真紀行
岡山県倉敷市阿知、鶴形 0804/1109

2011/09/25

JR岡山駅前/岡山

03okayama7  桃太郎像

新横浜発6:00の新幹線に乗り、岡山に到着したのは9:21であった。

岡山駅は良く利用している駅だ。
岡山では学会が何度もあり、その度に出席した。

また山陰、四国へ行く時も、岡山駅で乗り換えて行くことが多かった。
特に四国は、以前は飛行機であったが、瀬戸大橋ができてからは、
宇野線(瀬戸大橋線)で、四国入りすることが多くなった。

今回は、ここ岡山駅で写真仲間と待ち合わせしていたが、
少し時間があるので駅前を歩いてみた。

東口を出ると、目の前に岡山のシンボルともなっている桃太郎像が
建っている。
御馴染みの犬と猿と雉を従えて、鬼ヶ島(香川県女木島)方面を望む像だ。

昭和46年、岡山西ロータリークラブの寄贈で、作者は岡本錦朋である。
猿の頭上や台座の上には沢山の鳩が羽を休めていた。 




03okayama8  六高生記念像

旧制第六高等学校(現岡山大学法文科、理学部)の創立100周年を
記念して、平成12年に建てられたものだ。

高下駄、黒マント、弊衣、破帽の六高生の立像である。
台座に「青春感謝」と刻まれ、左側面には六高寮歌「北進歌」の一節、
「胸に無限の覇気あらば、守れ不屈の意気と香を」と刻まれてあった。




03okayama5  東口噴水

こちらは奇妙な形をした噴水である。孔雀をイメージしたようだ。

このすぐ近くに、洒落たウォーター・ステーション(水飲み場)ができている。
「水道のおいしい都市」にも選ばれた岡山市の水道水を
利用した水飲み場である。




03okayama9_2  岡山駅前

駅前の写真で、左側に岡山電気軌道(路面電車)の岡山駅前電停が
写っている。

なんと明治4年に開業した歴史の或る路面電車である。
地元の人は、岡電と呼んでいるようだ。

この写真の右側が桃太郎大通りで、駅前と岡電の城下駅を結ぶ約1kmの
目抜き通りである。





詳細リンク:岡山「JR岡山駅前」/悠々人の日本写真紀行
岡山県岡山市  0804/1109

2011/01/02

謹賀新年

1101nega

明けましてありがとうございます。

旧年中は、いろいろとご支援いただきありがとうございました。
励みになっております。

街道歩きは現在、旧奥州街道と甲州道中を並行して歩いております。
旧奥州街道の内、仙台道までは無事完了しましたが、終点の津軽三厩までは
まだまだ先が長いです。
今年も、どこまで行けるかわかりませんが、のんびりと歩いていきたいと思っております。

今後とも、ご支援よろしくお願い致します。



なお、旧山陽道長府宿の詳細は
此方をご覧下さい。

より以前の記事一覧

2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ