関東

2012/04/13

三毳山/栃木

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三毳山、湿性庭園

久しぶりに万葉集にも詠まれた三毳山(みかもやま、標高230m)に行った。

今は、三毳山一帯は県内最大の公園「みかも山公園」として整備されている。
カタクリ、アズマイチゲ、ニリンソウなどの山野草が自生し、
花の百名山にも選定されている山である。

写真は、、三毳山山麓にある湿性庭園である。
新緑が綺麗であった。

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三毳山、とちぎ花センター

三毳山東麓に作られた「とちぎ花センター」である。
上の写真は、鑑賞大温室で、一棟建てとしては国内最大級の大きさとのこと。

下の写真は、大花壇で6枚の花びらを模った花壇で、
3万株の花が咲いている。





栃木県下都賀郡岩船町下津原、1204/1204

2010/06/26

御神籤/江ノ島神社

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いつの時代でも、御神籤(おみくじ)は人気があるのだろうか

本来は、集団内の決定を神意に委ねるものであった
近世になり、個人の事の成否、吉凶、運不運を知るために
利用されるようになった様だ

暑い日照りの中、若い二人が御神籤を引いていた
どんな結果が出たのだろうか



詳細リンク:関東「三浦半島」/紀行写真集/日本写真紀行
(神奈川県藤沢市 江ノ島神社境内) 0308/1006 

2010/03/21

岡部/中山道六十九次徒歩の旅

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岡部・源勝院

深谷の滝宮神社を抜けると、岡部町に入る
かつて岡部藩のあったところで、岡部町に入るとすぐ右側にこの源勝院がある

岡部藩主の菩提寺である
本堂の左に藩主安部(あんべ)一族の墓12基が
一列に並んでいるのには圧倒された

安部氏は今川義元にに仕えていたが
後に徳川家康に仕え、関東入国と共に
ここ岡部領の藩主となった

この寺の左手(写真左)は岡部神社である
岡部六弥太郎忠澄の祈願所でもあった
そして一の谷の戦功に感謝し、境内に杉を植えたという




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島護産泰神社

岡部駅口の角に島護産泰神社がある
最初、この神社の名前は読めなかった

調べてみると、「とうごさんたい神社」と読むそうだ

この地区は利根川の氾濫に悩まされていたところで
北西島、南西島、大塚島、内ヶ島、高島、矢島、血洗島、伊勢島と
島の名前の付いて所や横瀬、中瀬など瀬の着いた地名が多い

四瀬八島と呼ばれていたところである
氾濫原よりやや高い土地を島や瀬と呼んでいたようだ
人々はその上に住んでいた

その島状の地域を守る神社と言う意味である
産泰は安産を意味するという




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百庚申

岡部を抜けると、緩い坂を下り、利根川支流の小山川に出る
その途中の左側に丁度旧中山道を見下ろすように
沢山の庚申塔が建てられている

万延元年庚申の年(1860年)、田島新兵衛を中心に
岡の有志13人によって建立されたという

左上は八坂神社である




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小山川

八坂神社の前の坂を下ると目の前が小山川に架かる滝岡橋である
この小山川を渡ると本庄市堀田に入る

旧中山道はこの川沿いの自然堤防の上であった
見晴らしも風通しも良く、歩行者にとって快適な道である

ところが、今回は失敗した
新しいウォーキングシューズで行ったため
久しぶりにマメがつぶれ、土手の砂利道が辛く遠い道のりとなってしまった





詳細リンク:中山道69次徒歩の旅5「籠原~9深谷宿~岡部~10本庄宿
       /街道写真紀行
(埼玉県深谷市岡部、岡)  0604/1003 

2010/01/24

佐原・小野川河畔/千葉

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佐原・小野川河畔

利根川を利用した水運の集散地として栄えたのが水郷佐原である
利根川の支流の小野川沿いに戦災を免れた古い家並みが残されている

伊能忠敬の旧家がある所だ

こんな河畔を歩いていると何故か心が和む



詳細リンク:千葉「佐原・小野川」/関東写真紀行/日本写真紀行
(千葉県佐原市小野川河畔) 0402/1001

2009/12/25

JR小山駅前/栃木

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JR小山駅前

久しぶりに小山に電車で行った
車では良く行っていたが、電車は何十年ぶりである

駅と駅前の、あまりの変わりように驚いた
写真は西口であるが、東口はさらに大変貌していた

小山と言えば、中世以来小山氏の城下町で
江戸時代は、日光道中の宿駅として栄えたところである

慶長5年(1600)、会津の上杉征伐に向かう途中
徳川家康は、ここで石田三成の挙兵を知り
急遽軍議(=小山評定)を開いて、豊臣の家臣を味方にし
関ヶ原の戦いを勝利へと結びつけた処としても知られている


なお、JR小山駅は明治18年に開業した古い駅で、
現在では東北新幹線の停車駅でもあり、
東北本線、両毛線、水戸線と交通の要衝ともなっている。


2009/08/15

騎西城跡/埼玉

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騎西城、歴史資料館

加須市から騎西町に向かう県道38号右側に騎西城址がある
築城年月は不明であるが、当時この辺り一面は沼地で自然の要害となっていた。
記録に最初に登場するのは、深谷上杉氏が守るこの城を、古河公方足利利成が
康生元年(1455年)に攻略した時である。

天正2年(1574年)には、上杉謙信が、小田助三郎が守るこの城を攻め、
城を焼き払っている。

家康が関東入封により、譜代の家臣松平康重が2万石で騎西城に入る。
関ヶ原の戦いの後、康重は常陸笠間に移動し、その後慶長7年(1602年)に、
大久保忠隣の子、忠常が入封している。
そして、寛永9年(1632年)、大久保家が美濃加納へ転封後は
廃城となり、代官所が置かれていた。



(埼玉県騎西町根古屋) 0908/0908

2009/08/11

筑波山/茨城

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筑波山、頂上付近

筑波山は、小さい時からいつも仰ぎ見ていた山だ
筑波エクスプレスが開通したので久しぶりに訪れてみた

標高876mの山であるが、関東平野から良く目立つ山である
万葉集をはじめ古くから多くの詩歌にも歌われいる山である

一茶の「春立つや見古したれど筑波山」は
地元で育った我々の気持ちを代弁しているようだ

写真は女体山(東峰、876m)の頂上付近のものだ
山道や巨木が、いかにも御神体山らしい雰囲気を漂わせている



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筑波山神社拝殿

御神体は筑波山の男女二峰(男体山、女体山)である
したがって、ここは拝殿(弘仁14年、823年)だけである
山岳信仰に由来する古い神体山神社の特徴を持っている




詳細は下記リンクをご覧下さい
詳細リンク:茨城「筑波山」、「つくばエクスプレス」/関東写真紀行
(茨城県つくば市筑波) 0509/0908

2009/06/20

戸塚・大坂~6藤沢宿/東海道五十三次徒歩の旅

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戸塚・大坂

旧東海道を歩いていて気が付いたのが
意外と庚申塚や馬頭観音、道祖神に
お目にかかれないことであった

信州の塩の道などでは、到る所にあった
おそらく、交通量が激しく、道路が拡張されて来た為か
街道沿いから、追いやられてしまったのだろうか

この庚申塚は、戸塚宿の上方見附跡の先
大坂の途中(大坂台)にあった

丁度旧東海道の坂を見下ろしているようであった



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藤沢・遊行寺

藤沢宿は、遊行寺(時宗の総本山)の門前町として鎌倉時代から栄えた町だ
江の島や鎌倉への拠点としても賑わっていた

境内にある大イチョウは見事である
樹齢700年、幹の太さは6.6mとのこと




詳細リンク:東海道五十三次13「戸塚・大坂~6藤沢宿」/街道写真紀行
(神奈川県横浜市戸塚、藤沢市) 0411/0504/0906更新

2009/04/30

鯉幟/相模川

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これだけ揃うとさすがに見応えがある

4月29日から5月5日まで行われている
「泳げ鯉のぼり相模川」と言うそうだ
鯉のぼりは年々増えて、今年は1200匹余とか

寄贈された鯉のぼりの腹には大きく名前が記入されていた



(神奈川県相模原市田名 相模川高田橋上流) 0404/0904

2009/04/15

東武動物公園駅/埼玉

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upwardright東武動物公園駅西口

久しぶりにこの駅を下りた。ここは元は杉戸駅であるが、
昭和56年に動物園の開園と同時に駅名が変わった

東武動物公園駅は、東武伊勢崎線と日光線が分岐するところで、
此処までは地下鉄日比谷線の直通電車も走っている



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upwardrightコミュニティセンター進修館

立派な宮代町の施設だ。設計は象設計集団とのこと
コミュニティ広場には、SLが保存されていた

宮代町は、昭和30年に百間(もんま)村と須賀村が合併して出来た町で
人口は約3400万人。町名は姫宮神社、身代神社の合成とのこと。

古利根川の右岸の位置し、古くから水田地帯であったが、
最近は都心への通勤圏となり、宅地化が進んでいる。



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upwardright宮代町立笠原小学校

東武動物公園の東ゲートの傍にある、洒落た校舎の小学校である

竜宮城にでも迷い込んだような印象を受ける校舎は、
コミュニティセンターと同じく象設計集団の設計とのこと
なかなかユニークな建物である



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upwardright東武動物公園東ゲート

駅西口から、徒歩で約10分で着く

子供が小さい時、埼玉に住んでいたので良く来た動物公園である
その時は車で来たため、大駐車場のある西ゲートから入場していたので、
このゲートは始めてであった

東武動物公園は旧須賀村の笠原沼付近の田園地帯に作られたもので、
上野動物園の4倍の広さとなっている



(埼玉県宮代町) 0904/0904

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