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2016/07/08

調布市・国領町~布田/甲州道中37

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京王線布田駅口


旧甲州街道の京王線布田駅前交差点である。
布田駅となっているが、地名は調布市国領町5丁目だ。

この辺が国領宿の中心であったのであろう。
この交差点右手には常性寺がある。

国領は、所謂布田5宿の内の最初の宿場である。

布田5宿は、
国領、下布田、上布田、下石原、上石原の5宿を合わせて
1宿の機能を持っていた。

5宿は、月に6日ごとに交代する当番制であった。

ただ、旅人の多くは、ここの宿場を素通りして、
次の府中宿まで足を延ばした為、
本陣・脇本陣もなくひっそりした宿場であったようだ。

因みに、国領宿は旅籠1、問屋場1、総家数61軒の宿場であった。



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常性寺

甲州街道右側にある常性寺。
地名は調布市国領である。

創建は鎌倉時代、医王山長楽院常性寺で、真言宗の寺院だ。

本堂(薬師堂)、不動堂、地蔵堂があり、
不動堂は、調布の不動尊として知られているところである。

常性寺境内にある、近藤勇と新選組ゆかりの地の説明板がある。

説明によると、境内には、
天然理心流三代近藤周助の弟子であった原田忠司の墓がある。

近藤勇の兄弟子に当たり、国領宿の名主に見込まれて、
原田道場を開いた人物で、勇の才能を見抜き、
師匠の周助に引き合わせたとのことだ。




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蓮慶寺

調布市布田に入ると、左側に蓮慶寺がある。

日蓮宗大本山池上本門寺の直末である。
慶長3年、北條12将の一人、
布田の領主であった中将出羽守の開基とのことだ。

江戸時代は徳川家光より、
慶安4年に御朱印地10石9斗が下賜され、
御朱印寺として、赤門設立と住職の乗駕が許されてきた。

写真は蓮慶寺山門で、往時の冠木門が残されている。

この本堂は、寛政5年(1793年)に再建されたもので、
調布市指定文化財に指定されている。
書院造り風の建物で、背面に仏壇と位牌檀を接続している。

昭和42年、老朽化により改修されている。


   

詳細リンク:甲州道中37「調布市・国領町~布田」/街道写真紀行
(東京都調布市 国領町 布田)    0909/1607

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