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2016年5月

2016/05/19

調布市・仙川町/甲州道中33

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現甲州街道合流点


仙川に架かる大川橋を渡ると、
旧甲州街道は、国道20号線(現甲州街道)に合流する。

住所も、東京都世田谷区から調布市仙川町となる。
調布市は、甲州道中の合宿・布田五宿のあったところだ。



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昌翁寺

現国道20号線に合流すると、
右手にある寺が、昌翁寺(しようおうじ)である。

門前には、元禄時代の庚申塔2基と、宝暦の廻国供養塔がある。
廻国供養塔は、諸国零場詣の途中に病などのため
不帰の人となった行者を供養するために建てられたものだ。

昌翁寺は、仙川領主の飯高主水貞政が、快要法印を師と仰ぎ、
この寺を建立して菩提寺とした。

飯高主水貞政は、もと今川義元の家臣であったが、
家康に帰属して旗本となり、下仙川村に領地を与えられた。




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仙川一里塚

仙川駅口の右側コンビニ(セブニレブン)の前に、
仙川一里塚跡碑がある。

日本橋から5里目の一里塚で、榎木が植えられていた。
かつては、ここが甲州道中と三鷹街道の交差点であった。





詳細リンク:甲州道中33「調布市・仙川」/街道写真紀行
(東京都調布市 仙川町)    0909/1605

2016/05/17

映画「レヴェナント/蘇えりし者」

平成28年4月
横浜ムービル



タイトル キャスト コメント


レヴェナント/蘇えりし者


2015年 
    アメリカ

監督
 アレハンドロ・G・
     イニャリトゥ



 レオナルド・
  ディカプリオ

 トモ・ハーディ

 ドーナル・グリーソン

 ウィル・ポールター

  アメリカ西部の原野、探検隊のガイドとして雇われたハンターは、狩猟中に熊の襲撃を受け瀕死の重傷を負ってしまうが、同行していた仲間に置き去りにされてしまう。
  かろうじて死の淵から生還したハンターは自分を見捨てた男にリベンジを果たすべく、大自然の猛威に立ち向かいながら約300kmに及ぶ過酷の道を進んでいく・・・
  壮絶なサバイバル、原住民との戦い、映像が凄いリアルです。2015年アカデミー賞主演男優賞、監督賞、撮影賞受賞作品。





詳細リンク:「映画」/悠々人の日本写真紀行

2016/05/12

函館市・豊川町~函館駅/福山街道21(最終回)

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旧函館郵便局舎

レンガ造りの2階建ての「はこだて明治館」は、
明治44年に完成した旧函館郵便局舎である。

局舎移転に伴い、昭和37年に民間に払い下げられ、
現在はショッピングモールとなっている。

ツタと赤レンガの対比が独特のコントラストとなっている。
館内では、ガラス製品や、オルゴールなどが販売されている。


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函館駅前

函館駅前通りを走る、函館市電(函館市企業局)である。

明治30年の、東京以北では初めての馬車鉄道が前身である。
大正2年に路面電車となった。

現在は、4路線(2系統)、路線距離109kmで運営されている。


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函館駅

JR北海道函館本線の函館駅である。

開業したばかりの、北海道新幹線の「新函館北斗駅」は、
ここから函館ライナーで15分のところにある。



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函館山、函館朝市方面

函館駅ビルのレストランから、
函館山、函館朝市方面を見た写真だ。

ここで、今回の北海道最後の昼食を取り、
津軽海峡線で青森まで戻り、新幹線で帰京した。

これで、長かった旧奥州街道、そして福山街道は全て完了である。


江戸日本橋からここまで、長い期間でしたが
何かと、ご支援いただきありがとうございました。


詳細リンク:福山街道21「函館市・豊川町~函館駅」/街道写真紀行
(函館市 豊川町 大手町 若松町) 1210/1605

2016/05/09

映画「スポットライト/世紀のスコープ」

平成28年4月
横浜ムービル




タイトル キャスト コメント


スポットライト/世紀のスクープ


2015年 
  アメリカ

監督
  トム・
   マッカーシー




 マーク・ラファロ

 マイケル・キートン

 レイチェル・
   マクアダムス

 リーヴ・
   シュレイバー



  2002年、アメリカの新聞「The Boston Globe」の記者たちが、カトリック教会の醜聞を暴いた実話を基に描かれた映画。
  カトリック系住民が多いボストンで、神父による児童への性的虐待事件を暴露した新聞記者たちの困惑と共に次々と明らかになる真実。
  スリリングで緻密、見応えのある重厚な作品ですね。2016年アカデミー賞作品賞、脚本賞を獲得しております。 <A>




詳細リンク:「映画」/悠々人の日本写真紀行

2016/05/05

函館市・十字街~末広町/福山街道20

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北海道坂本龍馬記念館真向かいにある、

平成22年に建立されたばかりの「蝦夷地の坂本龍馬像」

龍馬は、蝦夷地開拓へ何度か取り組んだが、
一度も蝦夷地に足を踏み入れることなく、
京都・近江屋で中岡慎太郎と共に暗殺された。




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坂本龍馬記念館

龍馬は最初、元治元年(1864年)に幕府艦「黒龍丸」で
蝦夷地渡航の計画を立てていたが、
海軍操練所の塾生が池田屋事件に含まれていたことから、
師である勝海舟に迷惑がかかると思い断念。

次は、亀山社中創設後lに、薩摩藩・小松帯刀の尽力で
洋帆船「ワイルウェフ号」を購入し、
この船で蝦夷行きを企画したが、
慶応2年暴風雨で沈没。

そして、大洲藩から借りた「いろは丸」で試みたが、
紀州藩船「明光丸」に衝突され沈没。

最後は、薩摩藩の保証で購入した洋型帆船「大極丸」で試みたが、
船の支払いの問題から運行出来なくなった。

と、ことごとく失敗してしまったようだ。

写真は北海道坂本龍馬記念館。

龍馬は、幕府解体により職を失う武士たちのエネルギーを
蝦夷地の防衛と開拓に向かわせようという計画を立てていた。

後年、この計画は明治政府に引き継がれ、屯田兵として実現。
蝦夷地開拓の思いは、龍馬の跡目を継いだ甥の坂本直、
坂本直寛等へと引き継がれていった。

記念館の中は、
龍馬の生涯と彼が活躍した幕末に関する史料の他、
北海道開拓と坂本家系図や
坂本家の蝦夷地開拓との関わりなども紹介されている。



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高田屋嘉兵衛資料館

箱館高田屋嘉兵衛資料館の前に、
高田屋嘉兵衛いついての詳しい説明板がある。

江戸時代末期の豪商、回漕業者、高田屋嘉兵衛は、
明和6年(1769年)に淡路島で生まれ、
28歳のとき、北前船「辰悦丸」で箱館(現函館)に来航、
以後、箱館を本拠地として北洋漁業の開拓、
本州各地との交易の発展に尽くした。

幕府は、その功績を認め、寛政12年(1800年)、
嘉兵衛に苗字帯刀を許した。

当時の寒村であった箱館が港として発展できたのは
嘉兵衛の力によるところが大きかった。

等々、詳しく説明されてあった。

高田屋嘉兵衛資料館の建物は、
明治36年と大正12年に建てられたものだ。



詳細リンク:福山街道20「函館市・十字街~末広町」/街道写真紀行
(函館市 末広町) 1210/1605

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