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2016年1月

2016/01/29

松前町・西館~松城/福山街道7

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松前藩屋敷

山城跡の北西部分、
松前町西館の一角に作られているテーマパーク「松前藩屋敷」

「松前藩屋敷」は、
江戸時代の松前の城下町を再現したものである。

武家屋敷や、蔵屋敷、商家、廻船問屋、番屋、民家、
髪結などの建物が再現されている。
当時の籠(写真中央)も再現されていた。

ただ、冬季の10月末から4月上旬までは閉館となっている。
この時も、訪問者は誰もいなかった。





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松前町、松城バス停

松前藩屋敷のある松前町西館より松城地区に戻る。

写真は商家の土蔵風に作られた、松前町松城バス停である。
ここから木古内経由函館行きのバスが出ている。

昭和63年に廃止となるまでは、
木古内駅と松前駅(旧渡島福山駅)を結ぶ全長50.8kmの
JR松前線があったところである。





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松前湾、白神岬

松前湾の南東にある白神岬。

白神岬は、北海道最南端の岬で、
津軽半島最北端である龍飛崎より19.2kmの距離である。

日本有数の渡り鳥の中継地で、春にはシベリヤ方面、
秋には越冬のため本州へ、年間およそ100万羽が
津軽海峡を渡るとのこと。

そのため、一時風力発電の鉄塔が設置される予定であったが、
渡り鳥を考慮して中止になった経緯がある。

松前を出て、この白神岬の反対側が、福島町だ。
あの名横綱千代の富士の出身地である。





詳細リンク:福山街道7「松前町・西館~松城」/街道写真紀行
(松前町 西館 松城)  1210/1601

2016/01/25

映画「007/スペクター」

平成28年1月
横浜ムービル



タイトル キャスト
コメント
007/スペクター

2015年 
    英 ・ 米

監督
   サム・メンデス


  ダニエル・クレイグ

 クリストフ・ヴァルツ

 レア・セドゥ

 ベン・ウィショー

 ナオミ・ハリス
  

    少年時代の思い出が詰まった生家で焼け残った写真を受け取った英国諜報部員ボンド。
    その写真の謎を解き明かすために、上司の反対を押し切って単身メキシコとローマを訪れ、悪の組織スペクターの存在を確信する。
    お決まりの展開ですが、相変わらず楽しませてくれます。

詳細リンク:「映画」/悠々人の写真紀行

2016/01/18

松前町寺町・龍雲寺~光善寺

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龍雲院惣門

華遊山、曹洞宗龍雲院の彫刻が施された惣門。

龍雲院は寛永2年(1625年)、
松前家七世公広(きんひろ)正室の発願により、
松前家菩提寺(前述)である法幢寺の三世良天和尚により開山。

公広の正室は、長子兼広の冥福と二子の壮健を祈念して
建立したといわれている。

戊辰戦争の戦火を免れ、
江戸時代のままの伽藍を残す貴重な建物となっている。

本堂、庫裏、惣門、鐘楼、土蔵からなり、本堂・庫裏は
天保13年(1842年)の建築で国の重要文化財に指定されている。





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光善寺鐘楼門

龍雲院に隣接して、東側にあるのが光善寺だ。

光善寺は、天文2年(1543年)高山寺として創建。

元和7年(1621年)、時の後水尾天皇より高徳山善光寺の寺号を賜り、
改称され、松前藩の内室の菩提寺として栄えた。

光善寺の山門を潜ると、鐘楼門がある。

松前八景の中に、光善寺の晩鐘として詠われた鐘楼門。
ここで打たれた鐘の音が城下になり響いたとのことだ。





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光善寺、血脈桜

光善寺本堂前にある樹齢300年以上と言われる
南殿桜(なでんさくら)の血脈桜(けちみゃくざくら)で、
松前町にある三大名桜の一つとなっている。

南殿桜は、江戸時代に本土から持ち帰られた品種で、
松前では最も多い桜となっている。
その親木が、すべてこの血脈桜とのことである。

光善寺で本堂を立て直す時、
この桜が邪魔になり切り倒すことになった前夜、
住職の枕元へ桜模様の着物を来た娘が現れ、
「明日に命を失う身、どうか極楽浄土へ行けるように
血脈を授けてほしい」と泣いて頼んだ。

深夜、ただ泣くばかりで、
やむなく住職は念仏を唱え、お祈りして血脈を授けた。

翌朝、切り倒す桜を見上げると、
昨夜娘に与えた血脈が枝先に結び付けられている。

それを見た、住職は、昨夜の娘は桜の精であったことを知り、
直ちに本堂改築の縄張りを変更、桜の切り倒しを中止し、
盛大な供養を行ったとのことだ。

なお、血脈(けちみゃく)とは、
師から弟子へ仏教の精髄を受け継ぐ関係、師弟の系譜。
師から弟子に戒を授ける時、
その保証として師が与える血脈図の略称のことである。





詳細リンク:福山街道6「松前寺町・龍雲院~光善寺」/街道写真紀行
(松前町 松城)   1210/1601

2016/01/12

松前町寺町・法源寺~法幢寺/福山街道5

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法源寺山門

福山城、北ノ丸の北側一帯は、
寺町として北海道遺産にも指定されているところだ。

福山城建設の際、城の北側の守り、鬼門(北東)に対しての
仏の加護を求めるように配置された15の寺院からなっていた。

しかし、戊辰戦争でその多くが焼失して、
現在は松前家の菩提寺である法幢寺(ほうどうじ)や、
法源寺等5つの寺が残されているだけであるが、
今でも近世的な寺町の雰囲気を残しているところである。

写真の曹洞宗法源寺は、若狭の僧傳心が
松前氏の始祖武田信廣を訪ねる航海中に奥尻島に漂着し、
その地で文明元年(1469年)に庵を結んだのが始まりとのこと。

その後、福山城下に寺地を移したものである。

国指定重要文化財に指定されている山門は
17世紀中期の建築で、北海道で最古のものである。





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法幢寺山門

寺町をさらに北へ行くと、
松前藩主である松前家の墓所がある法幢寺がある。

文明2年(1470年)、若狭の宗源和尚が大館に開創した寺を、
天文15年(1546年)、松前家3代義広、4代季広が再興し、
松前家の菩提寺としたものだ。

大洞山曹洞宗、法幢寺の山門は、
天保9年(1838年)に再建されたもの。

山門潜った本堂左手にある御霊屋(みたまや)には、
歴代藩主の位牌が安置されている。

なお、讒言により流刑となり首をはねられた
「門昌庵事件」の柏厳和尚はこの寺の住職であった。




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松前家墓所

松前家墓所の中に入ると、
石造りの小さな堂に入った墓など多くの墓碑がある。

松前家の初代信廣から歴代藩主や、
その家族などの55基の墓である。

墓所内の案内板には、
松前家系譜(墓所内関係分)が分かり易く説明されてあった。

初代信廣から19代修廣(子爵家)までの家系譜である。
正室の他、側室までも記録されていた。





詳細リンク:福山街道5「松前町寺町・法源寺~法幢寺」/街道写真紀行
(松前町 松城)  1210/1601

2016/01/11

初春新派公演「糸桜」/三越劇場

平成28年1月
三越劇場

演 目 役 者 観 劇 記
河竹黙阿弥生誕
   2百年記念

河竹登志夫原作
齋藤雅文脚本・演出

糸桜
     (いとざくら)

    黙阿弥家の人々
 波乃 久里子

  市川 月乃助

  大和 悠河

  水谷八重子

  瀬戸 摩純

  柳田 豊



         


    商人となった兄に代わって、女手一つで「作者の家」を継ぐ河竹黙阿弥の娘・糸女。
    黙阿弥没後は、その全てを一門の統率と版権擁護に捧げ、信奉する父の作品を正しく残すために尽力する。
    文明開化で様変わりする世の中、関東大震災等の大打撃を受けながら、明治から大正の激動の時代を強く逞しく生きる人々の物語となっている。

    最後に新派「新年踊り初め」と新年の挨拶があった。






詳細リンク:「演劇」/悠々人の日本写真紀行

2016/01/07

松前町・福山城~松前神社/福山街道4

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北海道桜前線標準木

松前城天守閣前にある、桜前線本道上陸標準木(染井吉野)。

ここ松前公園の桜は、江戸時代から続き、
今では250種1万本となっている。
毎年、4月下旬から5月中旬にかけ、「さくらまつり」が開催される。
         
品種には、早咲き、中咲き、遅咲きがあり、
長い期間楽しめるようになっている。
また、130品種を揃えた、桜見本園も整備されている。

なお、松前町の町花はサクラで、
町の木は、松前の町名に由来してマツとなっている。

松前は、対馬海流の影響で、北海道で最も年間平均気温が高く、
温暖な気候で、夏の雨量は比較的多く、積雪量は少なく、
寒暖差も少なく、北海道としては恵まれた気象条件となっている。

桜前線本道上陸標準木の傍にある
松前桜の育ての親・鎌倉翁顕彰碑。

もともとは、江戸時代に地元の商人や
京の都から輿入れした藩主の奥方、
参勤交代の際の侍らが持ち帰ったサクラを植えたものであった。

それを、大正10年頃より約50年間、松前桜を育て、
多くの品種を造りあげた人とのことだ。

さらに、昭和20年代からは、
地元の小学校の教諭であった浅利政俊氏が
全国からサクラを収集して、品種改良に努め、
現在のような、見事なサクラの里としたようだ。




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福山城天守閣と内濠

本丸跡で、
内濠と天守閣、その右側が本丸御門である。





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松前神社、北ノ丸跡

本丸から濠を挟んで北側にある北ノ丸跡である。
今は、松前神社となっている。

祭神は、松前藩の始祖である武田信廣である。

当初は松前氏の氏神神社であったが、
明治14年松前神社として社殿を建立。

現在の神明造りの拝殿は、大正12年に再建されたものだ。





詳細リンク:福山街道4「松前町・福山城~松前神社」/街道写真紀行
(松前町 松城)  1210/1512

2016/01/04

映画「母と暮らせば」

平成28年1月
横浜ブルグ13




タイトル キャスト コメント
母と暮らせば

2015年 
      日 本

監督
  山田 洋二




 吉永 小百合

  二宮 和也

  黒木 華

  浅野 忠信

  加藤 健一

  小林 稔侍


 

1948年、長崎で助産婦をしている母の家に、3年前に原爆で死んだはずの医大生であった息子がぶらりと姿を見せる。
   余りのことに呆然とする母を尻目に、すでに死んでいる息子は、その後もちょくちょく顔を出すようになる。
   この世とあの世の人間が織りなす不思議な物語・・・。これはいい脚本ですね。演出も見事です。



詳細リンク:「映画」/悠々人の日本写真紀行

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