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2015年11月

2015/11/29

外ヶ浜町三厩龍浜・階段国道/旧奥州街道746

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三厩龍浜、国道339号線

三厩龍浜の集落の間を通る、
この狭い路地が国道399号線である。


国道399号線は、青森県弘前市から津軽群外ヶ浜町に至る国道で、
ここ龍浜区間では、階段と歩道で構成され、
車両通行不能区間となっている。




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階段国道、国道339号線

朱塗りの路地、国道339号線を道なりに進むと、
目の前に階段が見えてきた。

これが、有名な国道339号線の階段国道である。
もともとは坂道であった。

名物として残すために地元の声によって
階段が整備されたのは、
国道制定後、20年近くたってからである。

この階段は全部で362段、全長388.2m、
標高差は70mの急な階段となっている。




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階段国道より津軽海峡

階段国道をさらに上ると、
龍飛崎先端の帯島の全景が良く見えた。

その先、津軽海峡を挟んで、
対岸の北海道松前半島が間近に見えるところだ。





詳細リンク:旧奥州街道746「外ヶ浜町三厩龍浜・階段国道」/街道写真紀行
(外ヶ浜町三厩 龍浜 )   1210/1511

2015/11/26

映画「ミケランジェロ・プロジェクト」

平成27年11月
横浜ムービル


タイトル キャスト コメント


ミケランジェロ・プロジェクト


 2013年 
     アメリカ

 監督
    ジョージ・
    クルーニー


 ジョージ・
   クルーニー

 マット・デイモン

 ビル・マーレイ

 ジョン・グッドマン


 ケイト・
    ブランシェット

  

  ナチス・ドイツ総統アドルフ・ヒトラーの命を受け、ドイツ軍は侵攻した欧州各国の美術品を略奪。
    それに危機感を抱いたハーバード大学付属美術館館長は、ルーズベルト大統領を説得して、美術品や歴史的建造物を保護する部隊モニュメンツ・メンを結成する。
    ドイツに奪われた美術品の奪還に戦闘下のヨーロッパ各地を奔走する姿を活写。
    実録に基づいた映画、渋い映像と併せ、説得力のある映画となっている。

2015/11/25

外ヶ浜町・三厩龍浜・帯島/旧奥州街道745

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三厩龍浜、帯島

昨夜、旧奥州街道徒歩の旅の最後の旅館で疲れを癒した後、
津軽半島先端の龍飛崎に向かう。

写真は、龍飛崎の先端にある帯島だ。
住所は、外ヶ浜町三厩龍浜となる。

最高標高は37mで、テレビ中継局や、
写真左側の赤い社の弁天神社、
右側には海鮮料理店・民宿兼営の津軽海峡亭がある。

義経がここで帯を締めなおして、北海道に渡ったとの伝説より、
帯島(おびしま)と呼ばれるようになった。

帯島は、以前は岬と50mほど離れた島であったが、
昭和35年の龍飛漁港の整備で、
本土と防波堤で繋がり、車で行けるようになっている




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三厩龍浜・龍飛漁港

龍飛崎先端の龍飛漁港。
背後が龍飛集落である。

津軽海峡の龍飛先沖は、寒流と暖流がぶつかり合い、
餌も豊富なことから好漁場となっており、高品質のマグロも回遊している。

このマグロの一本釣りや、定置網漁、刺網漁で知られたところだ。

津軽海峡の荒波で鍛えられた昆布、若生昆布、海峡ワカメ、
岩モズク、つるつるワカメ等も名産となっている。

また、龍飛漁港は釣りの名所としても知られている。
津軽海峡に面し、回遊系の魚種が豊富で、
防波堤先端付近は、ホッケ、スズキ、イナダ、イカなどが釣れるという。

港内ではアジ、サヨリ、カレイ、アイナメ、
帯島では磯釣りとなっている。

龍飛漁港の傍に、太宰碑公園ができている。
太宰治文学碑には、小説「津軽」の一節

    「ここは、本州の袋小路だ。
     諸君も銘肌せよ。
     諸君が北に向かって歩いている時、その路をどこまでも、さかのぼり、
   さかのぼり行けば、必ずこの外ヶ浜街道に到り、
     路がいよいよ狭くなり、さらにさかのぼれば、
  すぽりとこの鶏小舎に似た不思議な世界に落ち込み、
  そこに於いて諸君の路は全く尽きるのである」

と刻まれている。




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三厩、階段国道入口

三厩龍浜集落の中に、階段国道339号入口がある。

路面が朱に塗られているからわかるが、国道にはとても見えない。





旧奥州街道745「外ヶ浜町三厩龍浜・帯島」/街道写真紀行
(外ヶ浜町三厩 龍浜 )   1210/1511

2015/11/20

外ヶ浜町三厩・中浜~義経海浜公園/旧奥州街道744

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三厩中浜集落、義経海浜公園入口

三厩中浜の集落を進むと、
右側が開け、正面に義経海浜公園がある。

ここから北海道へ、
源義経が逃げて行ったという伝説をもとにつくられた、
外ヶ浜町の三厩中浜にある広大な公園だ。

海水浴場や、更衣室、温水シャワーを備えた監視塔もあり、
海をバックにした野外ステージ、芝広場、ピックニックゾーンや、
義経伝説をイメージした散策路や築山を設けた歴史ゾーンも出来ている。





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三厩、義経公園、甲岩

義経海浜公園の海水浴場だ。
中央の岩が、甲岩である。

義経が蝦夷地へ渡る時に、
無事に渡れるようにと、
自分の甲を海神に捧げたと場所と伝えられている。

義経海浜公園で、旧奥州街道完全踏破の余韻を楽しんだ後、
公園すぐ傍の龍飛旅館に向かう。





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三厩中浜、龍飛旅館

三厩中浜にある龍飛旅館である。
この辺には旅館の他、民宿もあるところだ。

この龍飛旅館が、旧奥州街道ぶらり徒歩の旅の 最後の旅館となった。
風呂の後、旅館自慢の海鮮料理にビール、そして地酒は、
旧奥州街道無事踏破の感慨と合わせ、まさに至福の時であった。

旅館の女将が話好きで、
旧奥州街道徒歩の旅の最後の夜を楽しく過ごすことが出来た。

翌日は、津軽半島先端の龍飛崎を訪問し、
その後、蝦夷地(北海道)の松前に向かった。



-------------------------------
                      
以上で旧奥州街道完全踏破、完了。

足掛け5年と3ヶ月をかけて、東京の日本橋からここまで歩いてきた。
歩いた距離は857.1kmである。

東京日本橋から九州大宰府までも歩いているので、
これで大宰府から三厩まで日本縦断が完了したことになる。

東京・日本橋から大宰府までの距離1380kmと合わせると、
ここ三厩まで計約2240kmだ。
気の遠くなるような距離を8年掛けて歩いたことになる。

感無量であった。

-------------------------------

江戸日本橋をからここまで、
長期間にわたり何かとご支援いただきありがとうございました。





詳細リンク:旧奥州街道744「外ヶ浜町三厩・中浜~義経海浜公園」/街道写真紀行
(外ヶ浜町三厩 中浜 ).  1210/1511

2015/11/17

映画「PAN ~ネバーランド、夢のはじまり~」

平成27年11月
横浜ムービル




タイトル キャスト コメント


PAN~ネバーランド、夢のはじまり~



2015年 
        アメリカ

監督
       ジョー・ライト




 ヒュー・ジャックマン

 リーヴァイ・ミラー

 ギャレット・ヘドランド

 ルーニー・マーラ
 ロンドンの児童養護施設で生活している少年ピーターは、生き別れた母が残した手紙を発見。
  そして、異世界ネバーランドに辿り着く。
  楽しく、綺麗な画像で楽しくみられるファンタジー映画。

詳細リンク:「映画」/悠々人の日本写真紀行

2015/11/16

外ヶ浜町三厩・義経寺/旧奥州街道743

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義経寺、燈明の松跡

急な階段を上った義経寺入口のところにある
観音堂の前の燈明の松(夫婦松)の切株。

観音堂開山当初からあった樹齢300有余年の松の大木2本で
夫婦松とも呼ばれていた燈明の松だ。

沖往く船の恰好の目印であり、
梢が後光を差したように輝いていたので、
燈明の松と呼ばれていた。

二本とも、樹高22m、幹の周囲3.7mで、
青森県環境指標植物に指定されていたが、
昭和56年、落雷が原因で枯れてしまったとのこと。

その後伐採され、写真はその根の一部である。




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義経寺より津軽海峡

義経寺より、津軽海峡を見下ろした写真である。
左前方の島影は北海道の松前半島だ。

手前の集落が三厩中浜で、海岸線が義経海浜公園となっている。
写真中央左の海岸にある、松を抱いた岩が甲岩(かぶといわ)である。

義経が蝦夷地へ渡る時に、
無事に渡れるようにと、
自分の甲を海神に捧げたと場所と伝えられている。




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義経寺より下北半島

義経寺より津軽海峡を見た写真である。

手前右が三厩湾、そして高野崎、
その先正面の山並みは下北半島である。

義経寺は、津軽海峡や三厩湾を見下ろす、
実に見晴らしの良いところである。





詳細リンク:旧奥州街道743「外ヶ浜町三厩・義経寺~中浜稲荷神社」/街道写真紀行
(外ヶ浜町三厩 中浜 家ノ上)  1210/1511

2015/11/09

映画「ジョン・ウィック」

平成27年11月
横浜ムービル


タイトル キャスト コメント
ジョン・ウィック

2014年 
     米・加・中

監督
 チャッド・
  スタエルスキ


 キアヌ・リーヴス

 ミカエル・
   ニクヴィスト

 アルフィー・アレン

 エイドリアンヌ・
   パリッキ

 ブリジット・
   モイナハン

 伝説的な暗殺者として裏社会にその名を轟かせていた。今は殺しの仕事から手を引き、平穏な生活をしていたが、突然ロシアン・マフィアによって壊される。
   怒りと憎しみに支配された彼は、封印にしてた殺しのスキルを蘇らせ、壮絶なリベンジを果たす。
   痛快なサスペンス、アクション映画となっている。


詳細リンク:「映画」/悠々人の日本写真紀行

2015/11/06

外ヶ浜町・厩石~義経寺/旧奥州街道742

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三厩中浜、10地蔵

三厩中浜集落の入口付近にある辻堂の中には、
何と同じ衣裳を着た10体の地蔵尊が安置されてあった。

津軽半島を歩いていて、
終点の三厩中浜の、この地蔵堂がもっとも豪勢であった。




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三厩港全景

厩石から、崖の上の龍馬山義経寺へ向かう。
旧街道歩きで疲れていたが、最後の頑張りであった。

義経寺へ向かう坂道の途中から、
三厩漁港を見下ろした写真である。

左前方の山並みは津軽半島の高野崎だ。

三厩港が湾(三厩湾)の奥の、
如何にも天然の良港であることが伺われるところである。




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義経寺

急な階段を上り詰めると、正面に龍馬山義経寺の山門がある。

義経が海を渡った500年後の
江戸時代初期(寛文7年、1667年)、三厩に訪れた円空が、
厩石の上で義経の守り神であった観音像が光っているのを見つけた。

円空は、流木で仏像を彫り、その胎内に観音像を納め、
小さな堂宇を建てたのが、この義経寺の始まりとのことだ。

現在、この円空仏は、青森県の重要文化財に指定されている。





詳細リンク:旧奥州街道742「外ヶ浜町三厩・厩石~義経寺」/街道写真紀行
l(外ヶ浜町三厩 中浜 家ノ上) 1210/1511

2015/11/01

外ヶ浜町・三厩港~厩石/旧奥州街道741

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三厩漁港

正保2年(1645年)の津軽郡絵図には三厩湊が記されている。

寛文4年(1664年)に三厩湊に沖横目番所が置かれ、
物資の移出入の取り締まりと役銀の取り立てが行われていた。
主に材木(ヒバ等)の移出の取り締まりであった。

江戸時代の北海道(蝦夷地)への出航地の面影は無く、
今は三厩漁港として、沿岸と沖合漁業の定置網、刺網、釣りが中心で、
主要魚種は、マイカ、サメ、ヒラメ、ヤリイカ、コウナゴとのことだ。

なお、三厩漁業協同組合員は218人である。




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三厩、厩石公園

右側に、三厩湾に面して厩石(まやいし)公園がある。
背後の大岩が厩石だ。

厩石公園には、大きく書かれた、
未だ新しい「三厩村地名発祥之地」碑と、
「松前街道終点之碑」が立っていた。

長かった、松前街道(旧奥州街道)の終点である。




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厩石

奇岩、厩石である。

説明板によると、源義経は平泉では死なずに、ここまで逃げてきて、
ここから蝦夷に渡ったと伝えられている(義経北行伝説)。

岩手県から青森県にかけて、
今でも多くの義経所縁の地や逸話が残されている。

説明板によると、藤原秀衡の遺書、
   「危難が迫ったら館に火をかけ、
    自刃を装って遠く蝦夷が島へ渡るべし」
の通りに、北を目指してこの地に辿り着いたという。

しかし、荒れ狂う津軽海峡が行く手を阻んで渡ることが出来なかったので、
義経は海岸の奇岩の上に座して、観世音を安置し、
三日三晩祈願すると、白髪の翁が現れ、
「三頭の龍馬を与えるから、これに乗って渡るがよい」
と言って姿を消した。

岩を降りると、岩穴には三頭の龍馬が繋がれ、海上は鏡のように静まって、
義経は無事蝦夷が島に渡ることが出来た。

それから、この岩を厩石、
この地を三馬屋(三馬屋村、そして三厩村)と呼ぶようになった。





詳細リンク:旧奥州街道741「外ヶ浜町・三厩港~厩石」/街道写真紀行
(外ヶ浜町三厩 本町 中浜)  1210/1510

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