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2015年9月

2015/09/28

今別町・今別宿~長川/旧奥州街道735

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今別、三厩湾

 

今別宿を抜けると右側が開けてきた。

津軽海峡を挟んで、前方の山並みは北海道の松前半島で、
写真右側には今別漁港のあるところだ。




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今別町、長川上流側

 

今別宿の出口となっている長川の長川橋を渡る。

写真は、長川橋より上流側を見た写真である。

長川は、浜名岳(603m)東麓を源流とする川で、
ここで三厩湾に流入している。

写真正面に見える形の良い山は、品岳(446m)である





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今別、地蔵尊

 

長川橋を渡ると右側に辻堂がある。
今別宿の出口付近で、かつての村境であったのであろう。

津軽半島では、村、集落の村境には、
必ずと言って良いほど辻堂(地蔵堂)が建っている。

道祖神の役目も担った対の地蔵尊が多かった。

ここの辻堂の中には、
対の地蔵尊がお揃いの真っ赤な、未だ新しい晴着を着ていた。

今までと違い、錦の頭巾を被り、
晴着の上には真っ赤なガウンまでも着けている。

供物も新しく、今でも大事にされているようだ。

津軽では身代わり地蔵、子育て地蔵の他、
村境で悪病や災難が村に入らないように願う神の性格もある。

また、中高年の女性により各集落ごとに、
地蔵講が結成されているようだ。

村の地蔵講は、旧暦の23日に行われ、講員が集まって、
経文を唱えた後、手料理を食べながら雑談をして楽しむようだ。

その際に、地蔵尊に供物をして、
「オセンダク」と呼ぶ新しい着物を作って着せ、
地蔵の顔を化粧しなおす習俗も広く行われているとのことであった。





詳細リンク:旧奥州街道735「今別町・今別宿~長川」/街道写真紀行
(今別町 今別)   1210/1509

映画「黒衣の刺客」

平成27年9月
横浜ブルグ13





タイトル キャスト コメント


黒衣の刺客


2015年 
       台 湾    

監督
   ホウ・
    シャオシェン



 スー・チー

 チャン・チェン

 妻夫木 聡
       
  忽那 汐里

  シュウ・ファンイー

 ニー・ターホン

  
  
唐代の中国。暗殺者として育て上げられた女刺客の標的は、今は暴君となっているかつての自分の婚約者であった。
    女刺客が危機の時に、助けられたのは難破した日本の遣唐使船の青年であった。
    面白い設定であったが、タイトルの割りには、綺麗ごと過ぎる展開であった。
    映像は意欲的であったが、露出が乱暴で、ハレーションや白トビが多く残念であった。


詳細リンク:「映画」/悠々人の日本写真紀行

2015/09/25

今別町・108今別宿/奥州街道734

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今別宿入口

 

この辺が、旧奥州街道108番目の宿場にあたる、今別宿の入口付近だ。
右側の建物は、今別郵便局である。

ここの地名は、今別町大字今別字今別となっており、
まさに今別町の中心部となっている。





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今別宿中心部

 

今別宿の旧街道を進むと、左側に今別役場があり、
その入口に大きな看板がある。

左は、近く開業する北海道新幹線の「奥津軽いまべつ」駅のイメージ図だ。
そして、右側は今別町の詳細な案内図となっている。

今別宿は、北前船の寄港地であり、木材の積出港で、
蝦夷地と行き来する拠点の一つでもあった。

そのため、津軽藩の町奉行所や御山奉行所も置かれていた。

なお、今別町の花は菊で、鳥はかもめ、

そして木はヒバと指定されている。



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今別宿、今別ホテル

 

今別宿の中心部には写真の今別ホテルや、
小山内旅館、民宿がある。

今でも元宿場らしい面影を感じさせる家並みであった。





詳細リンク:旧奥州街道734「今別町・108今別宿」/街道写真紀行
(今別町 今別)   1210/1509

2015/09/24

松竹新喜劇新秋公演/新橋演舞場

平成27年9月
新橋演舞場

演 目 役 者 観 劇 記
茂林寺文福作
先づ健康


         一幕
 

 曽我廼家八十吉

  大津嶺子

  中川雅夫

  高田次郎

  渋谷天外

  水谷八重子


         


    風呂屋を経営する近所でも評判の親孝行ぶりの長男にホトホト困り果てた父親。そこへ廃品回収業をしている次男が現れ、事情を聞き父親を引き取ることになる。
    兄弟げんかとなり、借用証を書いて父親を引き取る次男。面白い展開です。


茂林寺文福作
一姫二太郎三かぼちゃ
  

        一幕


           

 曽我廼家八十吉

  大津嶺子

  中川雅夫

  高田次郎

  渋谷天外

  水谷八重子

 


    田舎の資産家の家に、母親の還暦祝で、家を出ていた長男、次男、四男夫婦がやってくる。
    ただ、家に残っていた三男だけは兄弟と馬が合わず、還暦祝いの席でも一人のけ者にされてしまう。
    しかし、三男の健気な兄弟愛に兄たちが救われることに・・・
  いい脚本ですね。ほろりとさせられます。


舘直志作
お祭り提灯
          

           一幕


           

  曽我廼家八十吉

  大津嶺子

  中川雅夫

  高田次郎

  渋谷天外

  水谷八重子

 


    近所でひゅお版の善人である提灯屋は、お祭りの寄付金が入った財布を拾う。その様子を、金のためなら何でもする高利貸の女が見ていたからさあ大変。
    財布の行方を巡り、行きつ戻りつの大騒動に発展してしまう。
    無条件で楽しめる展開です。出演者の熱演にも拍手でした。


詳細リンク:「演劇」/悠々人の日本写真紀行

2015/09/17

映画「アンフェア the end」

平成27年9月
横浜ムービル





タイトル キャスト コメント


アンフェア
   the end


2015年 
   日 本    

監督
 佐藤 嗣麻子



  篠原 涼子

  永山 絢斗

  阿部 サダヲ

 吉田 鋼太郎

  寺島 進

  佐藤 浩市


 国家を動かす謎の権力組織に関するデータを手中にした警視庁捜査一課の女性刑事。
 転落死の現場で、10年前に起きた事件の遺留品と同じ奇妙なメッセージが書かれたしおりを発見・・・
 テレビドラマの劇場版第3弾でシリーズ完結篇としているが、本作単品としても、テンポ良く纏められている。


詳細リンク:「映画」/悠々人の日本写真紀行

2015/09/16

今別町・山崎~村元/旧奥州街道733

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今別橋

今別川に架かる今別橋である。
前方の集落が、かつての今別宿である。

この橋を渡って左折したところにJR津軽線の今別駅がある。
津軽線は、青森と終点の三厩を結んでいる。

JRの蟹田駅より鉄道から藩れて、
海岸沿いを歩いてきたので、久しぶりの鉄道の駅である。

鉄道が懐かしい感じであった。




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今別川河口、三厩漁港

今別川に架かる今別橋より河口を見た写真である。

左手は、今別漁港で、背後の山並みは津軽半島先端の龍飛崎だ。
綺麗な砂浜には今別の町鳥に指定されている鴎が羽を休めていた。

今別川は釣りが楽しめるところとして知られている。
アユ、ウグイ、ヤマメ、イワナが狙い目とか。

綺麗な川である。




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今別川上流側

今別橋より上流側を見た写真である。
今別川は、天狗岳(標高218m)の北麓を源流とする川だ。

写真前方の山のピークは、
津軽山地北端の坊主岳(495m)と、尖岳(579m)である。

手前前方の橋が、あすなろ橋で、
以前は、旧奥州街道はこの橋を渡っていた。

左側の建物は、今別中学校である。

今別中学校は、平成5年に袰月中学校と今別中学校の統合により
開校したが開校時の生徒数227名であったが、
今(平成26年)はわずか46名とのことだ。





詳細リンク:旧奥州街道733「今別町・山崎~村元」/街道写真紀行
(今別町 山崎 村元)  1210/1508

2015/09/13

今別町・大泊から山崎/旧奥州街道732

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中宇田川河口

今別町字大泊(おおどまり)から山崎に入る。

中宇田川に架かる橋より河口を見た写真である。
背後は、龍飛崎だ。

中宇田川は、
津軽山地の坊主岳(495m)の西麓を源流とする川だ。

この川の右岸には、町営の山崎放牧場(山崎字山元)が広がっている。




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山崎集落、名残の松

中宇田川を渡ると緩い上り坂となる。

Y字路となっており、旧街道は右側で、左側はバイパスとなっている。

標識には、
  左 竜飛崎 23km、権現崎 53km
  右 今別町役場
と書かれてあった。

右側の細い道を進むと、左側に、
百万遍念仏碑と並んで山崎の辻堂があった。

この辺が山崎集落の入口であったようだ。


今別町の山崎の集落に入ると、左側に、
津軽海峡よりの強烈な風により、
大きく湾曲した名残の松があった(写真)。

冬の季節風の凄さを感じさせる木である。
左側の赤く見える建物は、今別町消防団第八分団支所だ。

享和2年(1802年)の伊能忠敬の「沿海日記」によると、
今別村は家67軒、ここ山崎村は12軒、
そして一本木村は14軒と記録されている。

現在の山崎集落の戸数は、約65戸とのことである。




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山崎宇賀神社

さらに進むと、左側に山崎宇賀神社がある。

文政7年(1824年)の神社書上帳には、
山崎村稲荷宮と記録されており、
これが今の宇賀神社と改称された。

なお遺構はないが、ここに山崎一里塚があったようだ。





詳細リンク:旧奥州街道732「今別町・大泊~山崎」/街道写真紀行
(今別町 大泊 山崎)   1210/1509

2015/09/07

映画「S-最後の警官ー奪還」

平成27年9月
横浜ムービル





タイトル キャスト コメント


S-最後の警官ー奪還 RECOVERY OF OUR FUTURE



 2015年 
      日 本    

  監督
   平野 俊一



       向井 理

       綾野 剛

       新垣 結衣

       吹石 一恵

       近藤 正臣

       オダギリジョー


 
既存のSAT(警視庁特殊部隊)とSST(警視庁特殊班捜査係)双方の特徴を併せ持った、警察庁特殊急襲捜査班NPSが、3番目のSとして、新たに設立される。
  生死を問わずではなく、生かしたまま身柄を確保するというポリシーである。
  そして、大平洋沖にてプルトニウムを積んだ輸送船が乗っ取られる事件が発生。
  原作はコミック。違和感はあるが、面白い設定でテンポよく見られる。

詳細リンク:「映画」/悠々人の日本写真紀行

2015/09/06

熊本城と小倉城/宮本武蔵所縁

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熊本城

宮本武蔵は、57歳の時(寛永17年)藩主細川忠利に招かれ、
熊本城内千葉城に屋敷を与えられ、晩年を過ごしたようです。

写真は熊本城と石垣です。
清正流とも呼ばれた見事な石垣ですね。




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小倉城

そして、
宮本武蔵の養子・宮本伊織は小倉藩の筆頭家老となっています。

掘り起こすと、いろいろと面白いですね。
写真は、その小倉城です。





(熊本市、北九州市 小倉) 6503、0804/1509


2015/09/03

今別町大泊・与茂内/旧奥州街道731

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津軽海峡

今別町大泊(おおどまり)の集落を抜けると、正面が大きく開けてきた。

左に龍飛崎と帯島、
津軽海峡のほぼ中央部に見える渡島小島(おしまこじま)、
そして右側が松前半島の白神岬だ。

竜飛崎と、この白神岬の間の距離は、わずか19.2kmである。

手前の大泊海岸にいる鳥はカモメのようだ。
カモメは、今別町の「町の鳥」に指定されている。





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鋳釜崎

今別町大泊より、後ろを振り返った鋳釜崎の写真である。
旧松前街道の難所で、この崖の波打ち際が、旧街道であった。

嘉永5年、吉田松陰が通ったことから、
「松陰くぐり」と呼ばれるようになったが、それ以前は、
「いんくぐり」と呼ばれていた天然の岩洞門のあるところである。





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三厩湾

三厩湾である。

津軽半島の先端にあり、北側(写真右側)は大きく開け、
津軽海峡に結ばれている。

湾口の幅は約12kmで、西に龍飛崎、東に高野崎となっている。
三厩湾の奥には三厩港があり、今別町には今別漁港がある。

右の山が増川岳(標高714m)で、
その手前の集落が今回の徒歩の旅の終点である三厩だ。

左の山が浜名岳(603m)で、
その麓の集落が今別町の中心部である。
旧奥州街道108番目の宿場のあったところである。

前方の海岸が大泊の与茂内浜だ。
かつては、錦石が採れたことで有名であった。

錦石は、様々な美しい宝玉の総称で、
与茂内浜のものは、「今別錦石」として、
藩政時代から人気が高かったようだ。





詳細リンク:旧奥州街道731「今別町大泊・与茂内」/街道写真紀行
(今別町・大泊 大村元 与茂内)   1210/1509

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