« 2015年6月 | トップページ | 2015年8月 »

2015年7月

2015/07/28

今別町・高野崎~袰月/旧奥州街道726

109imabetu33


今別町、高野崎

高野崎からは、北海道松前半島や龍飛崎、
下北半島の眺望の良いところだ。

高野崎には、灯台があり、キャンプ場ができている。

写真は高野崎の広大な駐車場で、
前方の店は、展望レストランである食事処「信光丸」。

ここの海鮮丼や海峡いさりび丼が人気とか。
津軽海峡で取れるマグロ、アワビ、ホタテ、岩ガキ等が
具材となっている。

地名は、今別町袰月(ほろづき)字下村下である。




109imabetu35


高野崎下り坂

高野崎からの坂を下っていく。
前方に袰月の集落のあるところだ。

下り坂の途中右側に、未だ新しい、小さな辻堂あった。




109imabetu36


袰月夫婦地蔵尊

小さな辻堂の中には、晴着を着た夫婦の地蔵尊が並んでいる。
優しい顔の地蔵尊であった。

津軽では、集落の境界ごとに地蔵尊があり、
道祖神の役割も担っているようだ。





詳細リンク:旧奥州街道726「今別町・高野崎~袰月」/街道写真紀行
(今別町 袰月)  1210/1507

2015/07/27

七月大歌舞伎/歌舞伎座

平成27年7月
歌舞伎座

演 目 役 者 観 劇 記
曲亭馬琴原作
今井豊茂補綴

南総里見八犬伝

 芳流閣屋上の場
 円塚 山の場

 二幕
 獅 童

  右 近

  梅 玉

  歌 昇

  松 江



    安房国を治めていた里見家の息女伏姫は、愛犬八房と共に富山山中で暮らしていたが、誤って家臣に銃で撃たれて絶命。すると八つの水晶の珠が空中に飛び散ってしまう。
    この珠を持つ八犬士の一人で、里見家再興を目指す犬塚信乃は、公方に献上した名刀村雨丸が偽物と疑われ、追っ手と死闘を繰り広げるが、実はこの追っても八犬士の一人であった。
    行方知れずとなっていた名刀村雨丸は、八犬士の一人の手に渡り、ひきよせられるように八犬士たちが集まってくる。
    運命に引き寄せられた八犬士の出会いや、屋上の大立ち廻り、だんまりなどが見せ場となっている。

藤川如皐作

予話情浮名横櫛
(よわなさけうきなのよこぐし)
          

 見初め
 源氏店

  二幕


       

 海老蔵

  獅 童

  猿 弥

  玉三郎

  中 車



    江戸の大店伊豆屋の若旦那与三郎が、木更津の浜見物をしていると、この界隈の顔役赤間源左衛門の妾であるお富が通りがかり、互いに一目ぼれしてしまう。
    逢瀬を重ねる二人の関係を知った赤間により瀕死の重傷を負った与三郎。与三郎が死んだと思ったお富は、海へ身投げしてしまう。
    お馴染みの名台詞が折り込まれた世話もの名作ですね。まさに一目惚れから始まった男女の恋の顛末です。

石川耕土補綴
  藤間勘吉郎振付

蜘蛛絲梓弦
(くものいとあずさのゆみはり)
          
市川猿之助六変化
         
常磐津連中
長唄囃子連中

 

 猿之助

  右 近

  門之助

  獅 童

  海老蔵


    物の怪に憑りつかれた源頼光は、病に罹り、館で休んでいる。家臣の坂田金時と薄井貞光が宿直をして、舘の警護をしていると、どこからともなく現れたのは童子であった。
    童子の様子に疑いを抱いた二人に、童は蜘蛛の糸を操出し、忽然と姿を消してしまう。
    さらに薬売り、番頭、座頭が現れるが、二人が遮ると、今度は傾城となって直接頼光に迫ってくる。
    すべて、化身した葛城山に棲む女郎蜘蛛の精であった。
    源頼光主従の土蜘蛛退治を題材にした舞踊劇。様々な役柄を早変わりで、踊り分ける、趣向を凝らした変化舞踊である。

2015/07/21

今別町砂ヶ森・赤根沢~高野崎/旧奥州街道725

109imabetu26


今別町、赤根沢神社

小さな社の赤根沢の山神社。
創建は寛永5年(1628年)、津軽藩が守護神として建立。
祭神は山神とのこと。

この神社の周辺が、赤根沢の赤岩の採掘跡で、
かつては津軽藩の赤根沢番所が設置されていた。

今でも、所々に赤色の岩塊が露出していた。




109imabetu28


一本木漁港砂ケ森地区

今別町、一本木漁港の砂ヶ森地区である。

一本木漁港は、奥平部、砂ヶ森、袰月、大泊地区に分かれているが、
どの港も広々としている。

農村部の立派な村道を思い出した。




109imabetu31

高野崎先端部

高野崎の坂道を上っていくと、
右手崖下に高野崎の先端部が見えてきた。

高野崎の灯台から階段を下りていくと、
岩場を跨ぐように、左から潮騒橋、
そして渚橋と朱色の太鼓橋が架かっているところだ。

岩場で釣りや磯遊びが出来るようになっている。

背後の大きな山並みは北海道の松前半島だ。
すぐ近くという感じである。


松前半島のピークは、大千軒岳(1072m)のようだ。





詳細リンク:旧奥州街道725「今別町砂ヶ森・赤根沢~高野崎」/街道写真紀行
(今別町 砂ヶ森 赤根沢 砂村元 下山崎 袰月)  1210/1507

2015/07/17

今別町・奥平部~砂ヶ森/旧奥州街道724

109imabetu22


奥平部、村元道添入江

前方に弁天崎が見えてきた。
手前は小さな入り江になり、船溜まりができている。

波消しブロックが積まれ、海岸(写真左部)には、
船を曳き上がるスロープができていた。

奥平部村本道添の旧街道沿いには、昆布が干してあった。
今別の昆布は、良質のだし昆布として有名だ。

名僧本覚寺五代貞伝上人が、
漁獲の不安定に苦しむ漁師たちの生活を案じ、
読経と共に、海に紙片を撒いたところ、
それが昆布になったという伝説が残されている。




109imabetu25

今別町砂ヶ森、赤根沢

弁天崎根元の峠道を越えると砂ヶ森地区となる。

弁天崎は、今別町の奥平部と砂ヶ森地区の境界となっており、
弁天様を祀る小さいな社がある。

弁才天は、元来インドの河神であり、
日本でも水辺、島、岬、池、泉など、
水に関係ある場所に祀られることが多い。


今別町の砂ヶ森地区に入ると、
左側に赤根沢の赤岩入口の標識がある。

古くから天然の酸化第二鉄(ベンガラ)の産地として有名である。
藩政時代には顔料として採掘され、役人を置いて管理させていた。

赤根沢に赤色の岩塊を露出している一帯約30aの場所が
青森県の天然記念物に指定されている。




109imabetu27_2


赤根沢の赤岩

見事な朱色をした赤根沢の赤岩である。

酸化第二鉄、又はベンガラで、藩政時代には顔料として採掘。
領内の神社仏閣の赤い塗料や、
日光東照宮、岩木山神社の大堂、山門などの修復にも用いられた。

採掘の跡は、今も洞窟となって残っており、保存状況もよい。

なお、良質な天然の酸化第二鉄の産する所は、
全国でも数少ないとのことだ。





詳細リンク:旧奥州街道724「今別町・奥平部~砂ヶ森」/街道写真紀行
(今別町・奥平部、砂ヶ森)  1210/1507

2015/07/14

映画「マッドマックス/怒りのデス・ロード」

平成27年7月
横浜ムービル




タイトル キャスト コメント

マッドマックス/怒りのデス・ロード


2015年 
    オーストラリア
   
監督
    ジョージ・
     ミラー


 トム・ハーディ

 シャーリーズ・セロン

 ニコラス・ホルト

 ヒュー・
  キース=バーン

 
   
  
荒廃した近未来を舞台に、妻子を暴走族に殺された男の壮絶な復讐を描いたマドマックスシリーズの第4作目。
    資源が底をつき荒廃した世界で、砂漠を牛耳る一団との壮烈な戦い。
    広大な砂漠を改造車と改造バイクが爆走、カー・チェイスが見応え満点。理屈抜きに楽しめる作品となっている。


詳細リンク「映画」/悠々人の日本写真紀行

2015/07/13

今別町奥平部・一本木漁港/旧奥州街道723

109imabetu17

今別、奥平部稲荷神社

今別町奥平部(おくたいらへ)の稲荷神社拝殿である。

現在の拝殿は、明治年間に建てられたものがもとになり、
一部改修されている。

境内には、慶応年間建立の地蔵堂や、
天保7年(1836年)建立の大山神石碑がある。





109imabetu16

一本木漁港奥平部地区

奥平部神社を下りたところの正面は、広い漁港となっている。
正しくは、一本木漁港奥平部地区と言うようだ。

背後は下北半島である。

イカ、昆布、ワカメ等の沿岸漁業が中心で、
ウニの養殖も行われているようだ。

最初は奥平部漁港と思っていたが、
標識には「一本木漁港奥平部地区」と書いてあった。

一本木漁港は、ここの奥平部地区、そして次が大泊地区、
袰月(ほろづき)地区、砂ヶ森地区とに別れている。

なお、一本木は旧村名で、
昭和30年に今別村と一本木村が合併して、
現在の今別町となっている




109imabetu21


奥平部橋

奥平部集落の出口付近の沢に架かる奥平部橋である。
この沢は、土石流危険渓流と標識に書かれてあった。

街道前方のせり出した崖は、山崩れ予防防護壁が施されてあった。
旧奥州街道は、この崖下の波打ち際の細い道であったようだ。





詳細リンク:旧奥州街道723「今別町奥平部・一本木漁港]/街道写真紀行
(今別町・奥平部)   1210/1507

2015/07/06

今別町奥平部/旧奥州街道722

109imabetu12


今別町奥平部海岸

今別町奥平部(おくたいらへ)の街道は、
今は、崖が削られ、車の通れる道となっているが、
かつては海岸べりの細い道であった。

写真は、今別の奥平部の海岸で、
今歩いてきた方を振り返って撮影したものだ。

左の山並みは下北半島である。




109imabetu13


今別町奥平部集落

今別町奥平部の集落である。
海岸沿いの街道に面した細長い集落となっている。




109imabetu14


奥平部稲荷神社

御所塚川左岸、街道左側の崖に上に、奥平部の稲荷神社がある。

宝永元年(1704年)社堂境内記に、
奥平辺村稲荷宮が記載されており、
宮の建立は延宝2年(1674年)とのことだ。

また、安政2年(1855年)の神社書上帖に、
創建不詳としてこの稲荷宮が記載されている。

なお、現在の社殿は、
明治年間に建立されたものが基となっている。
         
境内には、慶応年間建立の地蔵堂、
天保7年(1836年)建立の大山神石碑等がある。





詳細リンク:旧奥州街道722「今別町奥平部」/街道写真紀行
(今別町・奥平部)  1210/1507

2015/07/05

映画「愛を積むひと」

平成27年7月
横浜ブルグ13


タイトル キャスト コメント
愛を積むひと

 2015年 
         日 本
         
  監督
     朝原 雄三



  佐藤 浩市

  樋口 可南子

  北川 景子

  杉本 徹

  柄本 明



  東京の下町で営んでいた工場を閉鎖し、老後を北海道で過ごそうと決意した夫婦。
    かつて外国人が暮らしていた家を手に入れ、暮らし始めたが仕事一筋であったため手持無沙汰となった夫に、家を囲む石塀作りを頼む妻。
    石塀造りを手伝う青年やその恋人、そして自分の娘を交えたヒューマン・ドラマ。
    背景となる北海道の自然、四季の移ろいは見応えあり。



詳細リンク:「映画」/悠々人の日本写真紀行

2015/07/03

今別町・鬼泊川~だるま滝/旧奥州街道721

109imabetu06


今別町鬼泊川河口

鬼泊(おにどまり)トンネルの手前にある鬼泊川の河口である。

旧奥州街道は、この海岸べりを通っていたようであるが、
今はその痕跡はない。

鬼泊川の上流側は、
自然の儘で、深山幽谷と言った感じであった。

なお、鬼泊川は
津軽山地の烏岳(561m)の北麓を源流とする川で、
ここで津軽海峡に流入している。




109imabetu08


今別、津軽海峡

海岸沿いの旧奥州街道は消失しているので、
止むを得ず鬼泊トンネルを潜る。

旧街道歩きでは、通常トンネルは通らず、
その上の山(峠)を通るのが普通であるので、
ここは例外中の例外であった。

鬼泊トンネルを抜けると右前方が開け、
津軽海峡の先に、北海道の松前半島が横たわっている。




109imabetu10


今別町、だるま滝

街道左側にある落差14mの「だるま滝」。

今は水量が少なく、岩肌が露出しているが、
増水時はこの岩一杯に水が流れ落ちるとのことだ。

何となくだるまを連想できる滝である。

この辺は、海岸に沿って崖が続いている。
津軽山地がそのまま津軽海峡に接している感じだ。

海岸沿いの道は、今は広く快適となっているが、
江戸時代は狭い海沿いの道であった。





旧奥州街道721「今別町・鬼泊川~だるま滝」/街道写真紀行
(今別町・奥平部)   1210/1507

2015/07/01

今別町境~鬼泊/旧奥州街道720

109imabetu01


今別町、津軽海峡

外ヶ浜町の旧平舘村から、今別町に入ると右側が大きく開け、
津軽海峡の先には北海道渡島半島が横たわっている。

今別町は、津軽半島北部、津軽海峡に面した町で、
昭和30年に今別村と一本木村が合併して出来た町である。




109imabetu03


今別、岩屋観音

街道を進むと、右側に岩屋観音入口の標識があった。

右の急な狭い階段を下りていくと、
絶壁のところに岩屋観音の鳥居がある。
         
津軽三十三観音の二十一番札所として知られたところだ。

今は立派な国道が出来ているが、
旧奥州街道は、海の荒れた日は通行できないほどの、
崖沿いの狭い道であった。




109imabetu04


今別岩屋観音堂

海岸崖の自然にできた洞窟に、観音堂が安置されてある。

この岩屋観音の草創は定かではないが、貞享3年(1689年)には、
天然の岩洞に小さな祠が建てられ、
観世音菩薩が安置されていると記されてある。

天明6年(1786年)頃の凶作が続いた頃には、
津軽霊場三十三観音の二十一番札所として広く知られていたようだ。





詳細リンク:旧奥州街道720「今別町境~鬼泊」/街道写真紀行
(今別町・奥平部)  1210/1507

« 2015年6月 | トップページ | 2015年8月 »

2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ