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2015年1月

2015/01/30

外ヶ浜町・蟹田~106蟹田宿/旧奥州街道698

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蟹田、風の広場

 

蓬田村から外ヶ浜町蟹田(かにた)に入る。
外ヶ浜町は、平成17年に、
蟹田町、平舘村、三厩村が合併して誕生した町だ。

旧奥州街道の終点・三厩宿のあった三厩村の地名が出てきた。
いよいよ、長かった旧奥州街道の徒歩の旅も先が見えてきた感じである。

旧蟹田町に入ると、左側にJR津軽線の蟹田駅がある。


蟹田駅に向かい左折すると、左側に風の広場がある。
風の広場の「風」は、太宰治の「津軽」に記されている

「蟹田ってのは、風の町だね」からきている。

写真正面の建物は、蟹田駅前市場「ウェル蟹」である。

旧三厩村のスキー場に建っていた山小屋を移築したもので、
「ようこそ(ウェルカム)外ヶ浜町蟹田」という、
来訪者を歓迎する気持ちからのネーミングとのことだ。

店内には、地元産の農水産物が展示・販売され、食堂も併設されている。




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JR津軽線蟹田駅

 

蟹田駅前休憩所の入口には
「観光カニマス駅長室」と書かれてあった。

観光カニスマ駅長の名前は津軽蟹夫だ。

陸奥湾の毛ガニと言われる「トゲクリガニ」が、
観光駅長に就任して、水槽の駅長室で、
元気にハサミを振りかざす姿が人気とか。

カニスマはこのトゲクリガニに因むネーミングのようだ。

写真は、JR津軽線、津軽海峡線の蟹田駅舎である。
写真左手灯台の形をした時計台がユニークだ。

蟹田駅は、昭和26年開業で、
東京より766.2km(青森駅より27km)の駅だ。

津軽線と津軽海峡線の実質的な分岐点で、
すべての特急(白鳥、スーパー白鳥等)が停車する。

なお、正しくは次の津軽線の「中小国駅」が分岐点であるが、
海峡線はすべて停車せず通過駅となっている。




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106蟹田宿

 

旧街道(国道280号線、松前街道)に復帰する。

蟹田郵便局のあるところで、この辺が蟹田宿の中心であったようだ。
この先のバス停留所の名前も「蟹田・中町」となっている。

藩政時代の蟹田は、上磯地方の中心地で、
蟹田湊は代表的な木材積出港であった。
ここに集められたヒバは、廻船で、江戸や大坂、北陸に送られ、
その重要性から、津軽藩の蟹田奉行所が置かれた。

その跡地や、今の蟹田町商工会館一帯に当たる由。





詳細リンク:旧奥州街道698「外ヶ浜町・蟹田~106蟹田宿」/街道写真紀行
(外ヶ浜町 蟹田・丑ヶ沢 田ノ沢 蟹田)  1210/1501

2015/01/27

映画「王の涙/イ・サンの決断」

平成27年1月
横浜ムービル



タイトル キャスト コメント
王の涙
イ・サンの決断

       
    2014年 
         韓国
         
   監督
     イ・ジェギュ
 ヒョンビン

 チョン・ジェヨン

 チョ・ジョンソク

 ハン・ジミン

 パク・ソンウン

  


   1777年、即位から1年目を迎えた李王朝第22代国王イ・サンは、常に暗殺の脅威にさらされていた。
   王は、書庫と寝殿を兼ねる部屋で不測の事態に備えて密かに体を鍛え、傍には書庫を管理する宦官が常に控えていた・・・・
  刺客と対峙し、真の王として目覚めるまでの24時間をスリリングにまとめ、緊迫感ある展開となっている。脚本もしっかりしており、見応えのある映画となっている。


詳細リンク:「映画」/悠々人の日本写真紀行

2015/01/25

蓬田村・郷沢駅~瀬辺地/旧奥州街道697

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蓬田漁港整備事業案内板

 

蓬田漁港の大きな案内板だ。

蓬田地区(蓬田漁港)地域水産物供給基盤整備事業についての
案内板である。
建立したのは東地方農林水産事務所、
東青地方漁港漁場整備事務所となっている。

この説明板によると、地名の由来として、
天正年間に当地北部の蓬田大館(現蓬田八幡宮)に居を構えた、
蓬田越前(相馬氏)の性に由来するといわれるが、
逆に地名を姓にしたしたとの説もある。

当村で漁獲されるナマコから作られるイリコは、
名産品で藩に上納された。

また、イリコ製造のために、藩では「イリコ仕立方」の役を任命して、
これを担当させた、と記されてあった。




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JR津軽線郷沢駅

 

蓬田漁港より旧街道に復帰し、
しばらく歩くと左側にJR津軽線の郷沢駅入口があった。

 

JR津軽線の郷沢駅だ。
ここの地名は蓬田村大字郷沢字浜田である。

郷沢駅は、昭和34年に開業した駅で、
東京より760.2kmにある駅舎のない無人駅だ。

例によって、よくぞここまで歩いてきたものだと、一人悦に入っている。




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蓬田村、旧奥州街道(松前街道)

 

旧街道(国道280号線、松前街道)に復帰する。

蓬田村の瀬辺地(せへじ)から広瀬と変わる。
広瀬は蓬田村の北端で、北側は外ヶ浜町(旧蟹田町)蟹田と接している。

蟹田は、旧奥州街道106場目となる蟹田宿のあったところである。




詳細リンク:旧奥州街道697「蓬田村・郷沢駅~瀬辺地」/街道写真紀行
(蓬田村・郷沢 瀬辺地 広瀬)   1210/1501

2015/01/21

映画「ゴーン・ガール」

平成27年1月
新宿ピカデリー





タイトル キャスト コメント


ゴーン・ガール

 
  2014年 
     アメリカ 
 
 監督

    デヴィッド・
    フィンチャー


 ベン・
    アフレック

 ロザムンド・
    パイク

 ニール・パトリック・
    ハリス

 タイラー・
    ペリー

  
   
  結婚5周年の日に突然姿を消した妻を捜す男が、警察やメディア報道に追い込まれ、さらには妻殺害の疑いを掛けられてしまう。
   理想な夫婦とみられていたが、妻の周到な計画に翻弄されていく夫・・・。
   怖いですね、女性は。いや、怖い女性のお話です。ギリアン・フリンの大ヒットしたミステリーの映画化で、脚本もフリンが担当。


詳細リンク:「映画」/悠々人の日本写真紀行

2015/01/20

蓬田村・蓬田川~蓬田漁港/旧奥州街道696

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蓬田川河口

 

かっての蓬田(よもぎた)城跡にある蓬田八幡宮口を過ぎると、
正面に蓬田川に架かる蓬田橋が見えてきた。

川の畔には、小さなお堂があり、
中には着物を来た地蔵尊が祀られてあった。

 

蓬田橋より蓬田川河口を見た写真である。

蓬田川は、津軽山地の赤倉岳(563m)の北麓を源流とする川で、
ここで陸奥湾に流入している。




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蓬田漁港入口

 

旧街道に復帰し少し歩くと蓬田漁港入口だ。

右手の木造のお堂には、着物を来た地蔵尊が祀られてあった。
津軽に入ると、集落の出入り口には、
必ずこのような堂が設けられているようだ。




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蓬田漁港

 

蓬田漁港に立ち寄ってみる。
正面の建物は、蓬田漁港荷捌き所だ。

蓬田漁業協同組合の登録漁船数は98隻、組合員は82名とのこと。

主な漁業種類は、ほたて貝養殖、定置網、小型底引き網、潜水器漁業だ。
魚種は、ホタテ貝、カレイ類、ナマコ類、イワシ類、イカ類とのこと。

蓬田沿岸は、遠浅の砂泥地になっていて、
ヒラメやナマコ等の絶好の漁場である。

藩政時代は、蓬田の煎り海鼠は幕府への献上品であった。
蓬田の海鼠は、品質が堅く、容易に柔らかくならずに長持ちしたという。





旧奥州街道696「蓬田村・蓬田川~蓬田漁港」/街道写真紀行
(蓬田村・郷沢 宮本 浜田)   1210/1501

2015/01/13

津軽半島蓬田村・蓬田~郷沢/旧奥州街道695

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蓬田・陸奥湾

 

防波堤を超えて、海岸線に出てみた。

波浪の浸食を防ぐ護岸工事(緩傾斜堤)が延々と施されていた。

もとよりその痕跡は無いが、
かつての奥州街道は、この海岸線であった。

今まで夏泊半島に遮られて見えなかった下北半島が、
右前方に見えてきた。

下北半島の先端部の恐山山地である。




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蓬田、旧街道

 

旧街道に復帰する。
赤いトタン屋根の家並みである。




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蓬田八幡宮/蓬田城址

 

左側に蓬田八幡宮の大きな石像の社標がある。

この蓬田八幡宮は、
南北朝時代の安東氏一族である潮田四郎の居城跡と言われ、
その後、蓬田越前則正が移り、
天正13年(1585年)、津軽為信に敗れるまでここを治めていた。





詳細リンク/旧奥州街道695「蓬田村・蓬田~郷沢」/街道写真紀行
(蓬田村 蓬田 郷沢)  1210/1501

2015/01/12

映画「バンクーバーの朝日」

平成27年1月
横浜ムービル



タイトル キャスト コメント
バンクーバーの朝日

  2014年 
        日本
         
  監督
     石井 裕也

 

 妻夫木 聡

  亀梨 和也

  勝地 涼

  宮崎 あおい

 石田 えり

 佐藤 浩市

     
        
  1990年始めのカナダ・バンクーバー。貧しい日本から新天地を目指してカナダにやってきた日本人たちは、想像を絶する激しい肉体労働や貧しさ、差別にも苦しんでいた。
    そんな中、製材所で働く日本人は、野球チームを作り、体力に勝る現地の白人チームに力ではなく技術で立ち向かっていく。
   
実話ベースの映画で、それぞれの登場人物の背景や家族のドラマを丁寧に描き、深みのある映画となっている。


詳細リンク:「映画」/悠々人の日本写真紀行

2015/01/10

蓬田村・105蓬田宿/旧奥州街道694

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蓬田稲荷神社

 

蓬田村の阿弥陀川にある稲荷神社。

地名は、阿弥陀川字汐干。
本殿・拝殿は明治23年に改築されたものだ。

境内には老松林が立しているが創立年月は不詳とのこと
祭神は宇迦廼御魂命 猿田彦命 大宮能女命である。




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蓬田村役場

 

阿弥陀川に架かる阿弥陀橋を渡ると、
旧奥州街道105番目にあたる蓬田宿に入る。

左の建物は、蓬田村役場である。

現在の蓬田村は、
明治22年に蓬田、長科、中沢、阿弥陀川、郷沢、
瀬辺地、広瀬村が合併して村制施行された。

村の木は黒松、村の花ははまなす、
そして村の鳥はオオハクチョウとなっている。




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蓬田村汐越海岸通り

 

国道(松前街道)から一本海岸沿いの道に入る。

こちらが旧道であるようだ。
今は防波堤が出来ているが、明治以前は、
より海岸線よりの道(波打ち際)であった。

浜辺の波打ち際は、細かい砂が固く締まり、雨でもどろどろにならず、
雪も積もらず結構歩きやすい道であったとのことだ。





詳細リンク:」旧奥州街道694「蓬田村・105蓬田宿」/街道写真紀行
(蓬田村 阿弥陀川 蓬田)  1210/1412

2015/01/06

仕事始め/横浜・本牧埠頭

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今日は仕事始めですね。
横浜は本牧ふ頭での写真です。

正月休みで、洗車して行儀よく並んで駐車していたトラックも、
一斉に行動開始でした・・・

津軽半島・蓬田村・中沢~阿弥陀川/旧奥州街道693

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蓬田村、旧中山道

前回、雨で中断した蓬田(よもぎた)村入口から、
旧街道に復帰する。
今回は、暑いぐらいのいい天気であった。

写真は、蓬田村のJA青森蓬田支店の前である。
この先に、JR津軽線の蓬田駅のあるところである。




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JR津軽線蓬田駅

JR津軽線の蓬田駅は、昭和6年の開業で、
青森駅より19.1km、東京より758.8kmの駅だ。

駅舎は、平成20年に竣工した新しい駅舎であった。
無人駅で、待合室のみの駅舎である。




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阿弥陀川

阿弥陀川に架かる阿弥陀橋で、この橋を渡ると、
蓬田村字阿弥陀川地区から蓬田となり、
蓬田宿の中心であったところだ。

この川で、夜な夜な光を発するものがあり、
村人たちは恐れて誰も近づかなかった。

阿弥陀如来が夢に現れ、
そのお告げを受けてこの地にやってきた
浄土宗の開祖・法然上人の弟子金光上人が、
川を掘り起し捜したところ立派な筥が見つかり、
開けてみると中に金色に輝く阿弥陀如来像があった。

以来、この川を阿弥陀川という。
なお、この阿弥陀如来像は、現在弘前市の西光寺に祀られている由。





詳細リンク:旧奥州街道693「津軽半島・蓬田村・中沢~阿弥陀川」/街道写真紀行
(蓬田村 中沢 長科 阿弥陀川)、  1210/1501

2015/01/01

謹賀新年

本年もよろしくお願いします




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