« 2014年11月 | トップページ | 2015年1月 »

2014年12月

2014/12/31

青森市・後潟~四戸橋/旧奥州街道692

106yomogida43


後潟漁港漁業協同組合事務所

 

旧奥州街道から右折して、後潟漁港に寄ってみた。

左正面の建物は、後潟漁港漁業協同組合事務所だ。

組合員は55名で、ホタテ養殖、定置網が中心とのことだ。
主要魚種は、ホタテ、カレイ類などであるが、ホタテが水揚げの大半とか。

以前は、イワシが多く獲れたが、今は水揚げは減少している。




106yomogida42_2


後潟漁港埠頭

 

後潟漁港の埠頭である。
数隻の漁船が係留されてあった。

後潟漁港では漁業協同組合事務所周辺で、
毎年6月の第二日曜日にlは「うしろがた漁港祭り」が行われている。

魚の引っかけ釣りゲームや、新鮮な水産物、手作り加工品の直売、
焼きほたてやほたて汁の無料試食などが行われるとのこと。




106yomogida47


後潟、旧奥州街道

 

後潟の旧街道を北上すると
後潟地区から四戸橋(しとばし)地区に入る。

ここで、雨が激しくなったので、旧街道歩きを中断して、
JR津軽線の中沢駅に向かう。

今日は、朝から一日雨の中の街道歩きであった。

なお、中沢駅は青森市四戸橋と蓬田村の境界付近にある駅で、
中沢は蓬田村にある地名である。





詳細リンク:旧奥州街道692「青森市・後潟~四戸橋」/街道写真紀行
(青森市 六枚橋 後潟 四戸橋)  1206/1412

映画「ホビット/決戦のゆくえ」

平成26年12月
横浜ムービル



タイトル キャスト コメント
ホビット/決戦のゆくえ
  
    2014年 
        アメリカ
   
    監督
     ピーター・
    ジャクソン


 イアン・
   マッケラン

 マーティン・
   フリーマン

 リチャード・
   アーミーディッジ

 エヴァンジェリン・
   リリー


  

   
「ロード・オブ・ザ・リング」3部作に続き、その物語の前日譚を映画化。
    ドワーフ王国の奪取を目指して旅をしていたホビット族の人間たちが、怪物たちと死闘を繰り広げ、ついに王国を奪還・・・
  龍の怪物等、強大な敵との壮烈な戦いは見どころ満載でしたが、残念ながら奥の浅い展開でした。

詳細リンク:「映画」/悠々人の日本写真紀行

2014/12/28

青森市・六枚橋~後潟/旧奥州街道691

106yomogida37a


六枚橋熊野宮参道

六枚橋の熊野宮の参道を少し歩いてみた。

右側に墓地と赤い屋根のお堂があり、
その前の民家は茅葺屋根の家であった、

熊野宮はこの先JR津軽線の線路を渡ったところにあった。
写真前方のこんもりとした森のあるところだ。




106yomogida39


JR津軽線、後潟駅

旧街道(国道280号線、松前道)に復帰すると、
左側にJR津軽線の後潟駅口があった。

例によって、駅に立ち寄ってみる。

 

写真は、JR津軽線の後潟駅舎である。
旧後潟村の中心駅だ。

昭和26年開業した駅で、青森から14.7km、
東京からは767kmの駅である。

住所は、青森市大字六枚橋字磯打だ。
無人駅であるが、駅舎があるのには驚いた。




106yomogida40_2


尻八城址自然歩道入口

後潟駅を後にして、旧街道を進むと、
六枚橋市民館の前に「尻八城址自然歩道入口」と書かれた
大きな標識がある。

尻八館(しりはちだて)は、尻八城、霊光城、尻幌チャシとも呼ばれていた。

寛喜2年(1230年)十三湊(とさみなと)を拠点としていた安東一族が、
アイヌのチャシを土台として尻八館を築き、
貞永元年(1232年)安倍三郎成季が納領頭役に任ぜられたという。

その後(205年後)、永亨7年(1435年)、南部義政に攻められ落城した。

尻八館は、本州最北端に本格的な山城であった。
後潟川と六枚橋川に囲まれた標高190mの擂鉢山に築かれていた。

さらに進むと、右側に後潟漁港入口がある。
昔はイワシが中心であったが、
今はホタテ養殖、定置網が中心とのことであった。





詳細リンク:旧奥州街道691「青森市・六枚橋~後潟」/街道写真紀行
(青森市 六枚橋 後潟)   1206/1412

2014/12/24

映画「紙の月」

平成26年12月
横浜ムービル




タイトル キャスト コメント
紙の月
        
  2014年 
        日本
         
  監督
    吉田 大八 


 
 宮沢 りえ

 池松 壮亮

  大島 優子

  小林 聡美

  石橋 蓮司

  中原 ひとみ

  
        
  
銀行勤めの平凡な主婦が引き起こした大金横領事件の顛末。 
    バブルがはじけた1994年、銀行の契約社員として働く平凡な主婦は、仕事への取り組みや周囲への気配りが好意的に評価され上司や顧客から信頼されるようになる。 
  自分に関心の無い夫との関係に虚しさを抱く中、年下の大学生と出会い、不倫関係に陥って行く・・・
  一寸したきっかけから運命を狂わせていく主婦の姿を淡々と描いている。




詳細リンク:「映画」/悠々人の日本写真紀行

2014/12/22

青森市・小橋~六枚橋/旧奥州街道690

 106yomogida33

六枚橋川河口

 

六枚橋川に架かる六枚橋渡ると左岸に「二級河川六枚橋川」の標柱がある。

六枚橋川は眺望山(162m)北麓を源流とする川で、
ここで陸奥湾に流入している。




106yomogida36


昇龍の松

 

六枚橋川を渡ると、青森市六枚橋字不浪知(なみしらず)地区となる。

街道右側にある黒松の古木だ。
青森市の天然記念物に指定されており、「昇龍の松」と呼ばれている。

所有者である赤平家は、
代々松前藩の参勤交代の時に宿泊所を務めた家だ。

藩主より黒松の盆栽を一鉢贈られたのを、ここに移植したところ、
樹勢が強くそのまま成長して現在に至るとのことだ。

樹形が龍が天に昇るような威容と
樹皮が龍のうろこのようなことから「昇龍の松」と呼ばれるようになった。

軒廻 3.14m、樹高 4.4m、推定樹齢500年。




106yomogida37


六枚橋熊野宮

 

左側に、石造の熊野宮の標柱がある。
この先にある赤い屋根の社で、錺の付いた注連縄が印象的であった。





詳細リンク:旧奥州街道690「青森市・小橋~六枚橋」/街道写真紀行
(青森市 小橋 六枚橋)   1206/1412

2014/12/21

演劇「笑う門に福来たる」/新橋演舞場

平成26年12月
新橋演舞場

演 目 役 者 観 劇 記
矢野誠一原作
小畠欣治脚色
佐々木清脚本
浅香哲哉演出

笑う門に福来たる

~女興行師吉本せい

  

  三幕

       
  藤山 直美

    市川 月之助

    あおい輝彦

    林 与一

    石倉 三郎

    仁支川 峰子

      笑いの王国・よしもとの創始者、吉本せいの波乱万丈の人生。
      大阪は船場の荒物問屋に嫁いだ米穀商の娘は、芸事三味の夫に代わり、生まれたばかりの赤子を抱え、店を切り盛りしてきたが、やがて夫が芸人を集めて、興行師の真似事まで始め、店が傾いてしまう・・・
   夫と二人興行師として生きていこうと決心し、様々な苦難を乗り越え、夫が急逝した後も、「笑いの王国」を築いていく様を感動的に描いた舞台。
          

詳細リンク:「演劇」/悠々人の日本写真紀行

2014/12/18

青森市・左堰~小橋/旧奥州街道689

106yomogida29   小橋地蔵尊、百万遍石塔

 

小さな堀に架かる左堰(ひだりせき)橋を渡ると、
青森市左堰から小橋(こばし)に変わる。

小橋の集落入口にも、晴れ着を来た地蔵尊(化粧地蔵)と
百万遍供養塔が小さな祠の中に並んで祀られてあった。

津軽の旧奥州街道を歩いていると、集落の入口付近に、
この地蔵尊と百万遍と刻まれた石塔が置かれている。

輪になって念仏を唱える習俗は、江戸時代から盛んであった。
念仏を百万遍唱えた場所に建てられた百万遍塔は、
集落を災いから守るとされ、今も花や供物が絶えないようだ。




106yomogida31


小橋街並み

 

青森市小橋の集落だ。
左は地元の消防所と小橋集会所である。

この丁字路を左折したところに「小橋の一本杉」があった。
青森市の天然記念物に指定されていたが、
2001年の火災で倒れてしまった。

その杉で丸木舟が作られ、
三内円山遺跡の「三内まほらばパーク縄文時遊館」に展示されている。

倒木前の小橋の一本杉は、
樹齢300年、直径1.6m、高さ4.5mの巨木であった。

かつては、漁民が海に出たときの目印とされ、
また豊作祈願や厄除けの神木として地域の住民から親しまれていた。




106yomogida32


六枚橋

 

六枚橋(ろくまいばし)川に架かる六枚橋だ。

この橋を渡ると、小橋字田川から六枚橋字不浪知地区に変わる。





詳細リンク:旧奥州街道689「青森市左堰~小橋」/街道写真紀行
(青森市 左堰 小橋)  1206/1412

2014/12/17

映画「フューリー」

平成26年12月
横浜ムービル




タイトル キャスト コメント

フューリー
  
  2014年

 アメリカ
   

  監督
     デヴィッド・
      エアー



 ブラッド・
   ビット

 シャイア・
   ラブーフ

 ローガン・
   ラーマン

 マイケル・
   ペーニャ

 ジョン・
   バーンサル

  
 
1945年、ナチスがはびこるドイツに総攻撃を仕掛ける連合軍。
   其の中で自らフューリーと名付けたアメリカ製の中戦車シャーマンM4に乗ったカリスマ性のあるベテラン兵士は4人の兵士と共に敵軍に立ち向かう。
   アメリカとドイツ双方が誇る戦車の激突は見ものであったが、新人兵士を交えた兵士たちのドラマも、戦争の非常さをよく伝えている。





詳細リンク:「映画」/悠々人の日本写真紀行

2014/12/11

青森市・内真部~左堰/旧奥州街道688

106yomogida23a


内真部川河口

 

つがる、五所川原の分岐を過ぎると、
正面に内真部川に架かる内真部橋が見えてくる。

左には、石像の大きな清水天満宮の社標が建っているところだ。

清水天満宮は、創建年月は不詳であるが、
安政2年(1855年)の「神社微細社司由緒調書上帳」に、
寛文13年(1673年)に村中で再建したとの記録があるようだ。

祭神は当然菅原道真であるが、青森市内では珍しい神社である。

 


写真は、内真部川河口である。

青森県の二級水系一覧によると、
内真部川は「うちまっぺがわ」と呼ぶようだ。
なお、地名は「うちまんべ」である。

津軽半島の五所川原市境に近い源八森(353m)東麓を源流とする川で、
流路延長は4600mである。

この内真部川の上流で平野部から山中に入る北側の山麓に、
館(たて)と山城の遺跡がある。
鎌倉時代末期の文保2年(1318年)に始まった
津軽大乱(安藤氏の乱)の中心舞台となったところである。




106yomogida25


地蔵尊と百万遍供養塔

 

街道沿いにの小さな祠の中に、
晴れ着を着た地蔵尊と百萬遍供養塔がある。

津軽に入ると、地蔵尊等の石仏は、
祠の中に納まり、綺麗な晴れ着を着ているものが殆どだ。

津軽の人の信仰心のあらわれのようだ。

百萬遍(ひゃくまんべん)とは、人々が円陣を組んで座り、
大きな数珠を送りながら、念仏を百万遍唱えて、
疫病退散などを祈ることである。




106yomogida26


JR左堰駅口

 

ここを左に曲がるとJR津軽線の左堰(ひだりせき)駅である。
青森駅から13.1km、そして東京からは752.3kmだ。

昭和34年に開業した駅である。
所在地は青森市大字左堰字大科となっている。





詳細リンクk:旧奥州街道688「青森市・内真部~左堰」/街道写真紀行
(青森市 内真部 左堰)  1206/1412

2014/12/09

映画「100歳の華麗なる冒険」

平成26年11月
新宿ピカデリー





タイトル キャスト コメント


100歳の華麗なる冒険

        

2013年 
   スウェーデン
   

監督
    フェリックス・
   ハーングレン

 


 ロバート・
   グスタフソン

 イヴァル・
   ヴィクランデル

 ダーヴィッド・
   ヴィーペリ

 ミア・
   シャーリンゲル


  


 爆弾の専門家として、各国の要人と立ち会ってきた老人は、100歳の誕生日に老人ホームを抜けだす。
   そして、予期せぬ高額の入ったケースを手に入れた彼は、ギャングと警察両方から追跡される羽目となり、成り行き任せの珍道中となる。
   波乱万丈の人生を振り返りながらの展開です。着想も脚本もいいですね。傑作です。

詳細リンク:「映画」/悠々人の日本写真紀行

2014/12/01

青森市・清水~JR奥内駅/旧奥州街道687

106yomogida18


JR津軽線奥内駅

 

JR津軽線の奥内駅である。
昭和26年に開業した駅で、青森駅より11.5kmである。

東京より青森駅までは739.2kmであるから、
合計すると750.7kmである。

ここまで750kmも、
飽くことなく良く歩いてきたものだと、自分ながら感心した。

一歩60cmとすると、何と125万歩にもなる・・・




106yomogida19

JR津軽線、奥内駅

 

奥内駅にJR津軽線の青森駅の電車がホームに入ってきた。
車体の帯びの色(ラインカラー)がなんとも言えず、いい感じがした。

しかし調べてみると、津軽線のラインカラーはスカイブルーだ。
ピンクは石巻線、レッドパープルは田沢湖線となっている。




106yomogida21

つがる・五所川原分岐

 

奥内駅を出ると、つがる、五所川原への分岐がある。
県道2号線(屏風山内真部線、びょうぶざんうちまんぺせん)だ。

旧奥州街道(松前街道)の龍飛、蓬田方面は直進である。





詳細リンク:旧奥州街道687「青森市清水~JR奥内駅」/街道写真紀行
(青森市 清水字浜元)   1206/1412

« 2014年11月 | トップページ | 2015年1月 »

2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ