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2014年9月

2014/09/30

青森市・安方~青森駅/旧奥州街道676

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ねぶたの家ワ・ラッセ

 

右側にある「ねぶたの家ワ・ラッセ」。
青森市安方にある青森市の大きな文化観光交流施設だ

市が管理するねぶた関連の博物館は初めてである。

中には、中型大型のねぶたの大きなパーツが展示され、
ねぶたの歴史や情報が閲覧できるようになっている。





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八甲田丸

 

青森港の岸壁にある青函連絡船八甲田丸である。
現在は、メモリアルシップとして、
博物館船となっており、中を見学することができる。

青函連絡船終航の昭和63年まで、23年間運航された船である。

私が最初に北海道に渡った時に利用したも青函連絡船であった。
東京を出発して、夜中に青森駅に着き、
そこから長いホームを駆け足で、
船着き場のここまで来て乗船したものだ。

夜中に青森港を出航して、函館に着いたのは早朝であった。

船室が満室で、連れの友人と函館に着くまで、
甲板のベンチで海を眺めながら過ごしたことを思い出した。





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青森駅

 

JR、青い森鉄道の青森駅である。
現在は奥羽本線、津軽線(津軽海峡線)、
そして青い森鉄道の駅となっている。

明治24年開業、東京から739.2kmである。

東京の日本橋を歩き出して、とうとう、
かつての東北本線と奥羽本線の終着駅まで歩いてきたことになる。

自分を褒めてあげたい気分であった。





詳細リンク:旧奥州街道676「青森市・安方~青森駅」/街道写真紀行
(青森市 安方 柳川) 1206/1409

2014/09/29

映画「舞妓はレディ」

平成26年9月
横浜ムービル




タイトル キャスト コメント
舞妓はレディ

  2014年 
           日本
         
     監督
      周防 正行


 


  上白石 萌音

    長谷川 博己

    富司 純子

    田畑 智子

    草刈 民代

    竹中 直人

    津川 雅彦


        


    
京都花街の茶屋に少女が来て、舞妓になりたいと必死に頼み込むが、誰からも相手にされない。
     偶然その様子を見た言語学者が鹿児島弁と津軽弁が混ざった少女に関心を寄せたことから、住み込み(見習い)になることができる。
     立派な舞妓を目指して成長していく様を、歌や踊りを交えながら描かれている。
     脚本と演出がしっかりしていて、見事なエンターティメントとなっている。




詳細リンク:「映画」/悠々人の日本写真紀行

2014/09/26

青森市:善知鳥神社/旧奥州街道675

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善知鳥神社拝殿

 

善知鳥(うとう)神社の拝殿。

由来によると、
善知鳥神社は、青森市が善知鳥村と呼ばれていたころ、
陸奥之国外ヶ浜鎮護の神として、
第十九代允恭(いんぎょう)天皇の御世に、
日本の国の総主祭神である
天照坐皇大御神(あまてらすすめおおみかみ)の
御子の三女神を、善知鳥中納言安方が祀ったことに始まる。

その後、坂上田村麻呂の東北遠征の大同2年(807年)に再建された由。




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善知鳥神社狛犬

 

善知鳥神社の立派な狛犬。
その左には、「善知鳥神社建築記念碑」が建っていた。

左の看板には、
「中世へのいざない 能楽「善知鳥」の里」
と大きく書かれてある。

「善知鳥」は、諸国を巡る僧が、陸奥国外の浜(外ヶ浜)へ行く途中、
越中立山に立ち寄る。

その時、一人の老人が現れ、外の浜に着いたら、
自分の妻と子の家に行き、
簑笠を手向けて、弔って欲しいと僧に頼みごとをする。

僧は、いい加減のことは出来ないと言うと、
着ていた着物の半そでをほどいて渡し、消えていった・・・

その老人は、一年前に亡くなった外の浜の猟師の亡霊であった。

善知鳥を殺して生計を立てていた猟師が、死後亡霊となり、
生前の殺生を悔い、そうしなくては
生きていけなかったわが身の悲しさを嘆く物語となったいる。





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善知鳥沼

 

善知鳥神社境内にある善知鳥沼。

善知鳥沼は、かつては安潟と呼ばれ、荒川、入内川が流れ込み、
周囲は5~6里もある潟(ラグーン)であった。

横内城主の堤氏が外敵を防ぐため、荒川の流れを変え、

堤川(前述)に流したことにより、次第に安潟は干上がり、干拓された。
善知鳥神社内にあるこの沼は、その最後の名残とされている。





詳細リンク:旧奥州街道675「青森市・善知鳥神社」/街道写真紀行
(青森市 安方)  1206/1409

2014/09/23

秀山祭九月大歌舞伎/歌舞伎座

平成26年9月
歌舞伎座

演 目 役 者 観 劇 記
鬼一法眼三略巻、菊畠
  (きいちほうがんさんりゃくのまき)

    一幕


       
        吉岡鬼一法眼
            歌 六

        知恵内
        吉岡鬼三太
            松 緑

    虎蔵
        源義経
            染五郎

        皆鶴姫
            米 吉


        笠原湛海
            歌 昇



      菊が咲き誇る兵法学者お吉岡鬼一法眼の館の庭先。かつて源氏に仕えていた吉岡3兄弟の長兄である鬼一は、今は平家に仕えている。
      その鬼一の館に奉公している奴の知恵内は、実は秘蔵の虎の巻を手に入れるために姿を変えた鬼一の弟の鬼三太で、平家に与する兄の真意を探っている。
      主君である牛若丸もまた、平家討伐の大望を抱きながら、虎蔵という奴に身をやつし奉公している。
      そんな二人の素性を知った鬼一の娘皆鶴姫は・・
   満開の菊畠を背景に繰り広げられる華やかな時代物絵巻であった。

奈河七五三作

隅田川続俤、法界坊
        (すみだがわごにちのおもかげ)

        三幕


         
        聖天町法界坊
            吉右衛門

        道具屋甚三
            仁左衛門

    おくみ
        芝 雀


    おらく
        秀太郎


    手代要助
            錦之助



     浅草聖天町に住む願人坊主の法界坊は、釣鐘建立の勧進をして歩いているが、実は集めた金を道楽や飲み食いに使ってしまう生臭坊主。
     京都の公家吉田家の嫡男要助、没落した御家の再興を目指して、姿を変え機会を伺っていた。
     その要助を陥れようと画策するが失敗で、怒りの治まらない法界坊は、要助の婚約者である野分姫を無理やり口説こうとして・・・
   色と欲に溺れた破戒僧の執念を描いた狂言。

浄瑠璃
双面水照月
(ふたおもてみずにてるつき)

     常磐津連中
     竹本連中


         
   法界坊の霊
   野分姫の霊
          吉右衛門

   おくみ
       芝 雀

   渡し守おしづ
       又五郎


   手代要助
   松若丸
          錦之助



     お組と要助は荵売りに変装して逃れる途中、隅田川の土手で法界坊と野分姫の合体した怨霊にとりつかれ、さらに常陸の大掾の追手に囲まれるが・・・
  醜悪な破戒僧と可憐な野分姫を一人で踊り分ける吉右衛門は見事であった。
    まさに、世話物の人気狂言と言える舞台である。



詳細リンク:「演劇」/悠々人の日本写真紀行

2014/09/18

青森市・本町~西方/旧奥州街道674

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アルファホテル青森

 

青森宿の中心部である本町五丁目の交差点を
左折したところにある      アルファホテル青森である。

今夜は、ここで宿泊する。
夕食は、青森港に面した青い海公園内にある観光物産館アスパムである。

ここで、ネットで知り合った横浜の旧街道ウォーカーS氏と合流。
物産館の中にある「みちのく料理、西むら」で、飲食する。

まずはビールで道中の無事を感謝して乾杯。
街道仲間では、いつのころからか「完歩ーイ!」と称するようになった。

S氏は、明日旧奥州街道の終点である津軽・三厩に到着とのことであった。
今夜は、その前夜に当たるため、氏の旧奥州街道完全踏破を祈念して、
地酒で再度乾杯である。

疲れた体に、郷土料理と地酒が旨かった・・・・。




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青森市本町、旧街道

 

翌朝、ホテルで朝食を取り、朝7:20に出発。

本町5丁目の交差点より旧街道に復帰である。
未だ、車も人通りも殆どなかった。

昨日までと異なり、朝から雨模様の天気であった。

右側に青森県立郷土館。
明治百年を記念して計画が練られ、1973年に開館した。

重要文化財に指定された、青森市三内の円山遺跡の出土品や、
つがる市亀ヶ岡遺跡、八戸市是川遺跡等の資料の他、
世界遺産に登録された白神山地等の自然分野、歴史、民俗、
産業等の資料が展示されている。




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青森宿出口付近

 

ここで、旧街道は枡形になっている。
この辺が、青森宿の出口付近であろうか。

地名は、安方(やすかた)となり、
この左後方に善知鳥(うとう)神社があるところだ。





詳細リンク:旧奥州街道674「青森市・本町~安方」/街道写真紀行
(青森市 本町 安方)  1206/1409

2014/09/14

青森市・103青森宿/旧奥州街道673

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並木通り、莨町小学校前

 

堤川に架かる旭橋を渡って右斜めの道に入る。
青柳2丁目の並木通りだ。

この辺が、旧奥州街道103番目の宿場・青森宿の入口付近であった。
この先は、本町(旧大町)となるところだ。

如何にも街道筋と言える快適な道となっている。

街道右側にある莨町小学校は、創立は大正11年で、
現在の建物は昭和56年に建立されたもの。

なお、「莨(たばこ)町」の町名は、今は残されていない。
この辺は青柳二丁目となっている。

莨町は「多葉粉町」、「多葉香町」とも表記され、
煙草の商売が許可されたため、町名を莨町としたとのことであった。




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伊能忠敬顕彰碑

 

右側に屋根に十字架を付けた、レンガ造りの立派な建物がある。
イマジン・ウエディング・グループの
モルトン迎賓館青森のチャペルである。

その建物の前に、二つの顕彰碑があった。
副士幸次郎、寺山修司両氏である。

説明によると
     副士幸次郎は、明治22年、莨町尋常小学校入学、
     県立第三中学校中退し上京、詩人となる。
     大正3年、詩集「l太陽の子」を出版。
     民俗学の「原日本考」も著した。

     寺山修司は昭和10年、弘前生まれ、野脇中学(現青森市文化会館)、
     県立青森高、早稲田大孚入学。
     「チェホフ祭」で短歌研究所新人賞受賞。
      歌人、劇作家として活躍。

さらに進むと、今度は伊能忠敬の顕彰碑が、
シャトー本町マンションの前に設置されてあった(上写真)。

説明板によると、蝦夷地へ向う途中、
大町(現青森市本町5丁目)の西沢善兵衛宅に止宿。

忠敬の日記に、
    「5月9日、朝六ツ、後より曇天、時々五ツ半より晴れて暮より曇る。
      青森朝六ツに出立。一里十三町油川・・・・・」
と記している由。

油川は、
旧奥州街道104番目の宿場・油川宿のあったところである。




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本町5丁目交差点

 

本町5丁目の交差点だ。

この辺は、江戸時代後期は大町と呼ばれ、
有力者たちが住んでいた青森宿の中心部であった。

幕末の青森宿は、
商人や港湾関係者、漁民、職人、農民などを含めて、
約3000戸までに発展していた。

今回はここで旧街道歩きを中断して、
この信号を左折したところにあるアルファホテル青森に投宿する。





詳細リンク:旧奥州街道673「青森市・103青森宿」/街道写真紀行
(青森市 青柳 本町)  1206/1409

2014/09/10

青森市・合浦~堤川/旧奥州街道672

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合浦公園、蒸気機関車

合浦公園にある、C11型167号機関車だ。

この形式の蒸気機関車は、3動輪をもつタンク機関車で、
昭和7年に第一号車が誕生した。
その後、全国で381両製造され、その内167番目の機関車だ。

昭和15年に製造され、昭和49年に廃車になるまで、
大湊機関区に配属となり、野辺地~大湊~大畑間を実際に走った。

東北本線全通90周年を記念して、
昭和56年、国鉄より貸与された機関車である。




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堤川、旭橋

合浦公園を抜け、旧街道を進むと、茶屋町の分岐となり、
左側の道を進むと、正面に堤川に架かる旭橋が見えてきた。

江戸時代は、寛文11年(1671年)に橋が架けられていた。
それ以前は舟渡しであった。




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堤川河口側

旭橋より堤川下流を見た写真である。
前方の橋は青柳橋である。

上流側は、八甲田山系が良く見えるところだ。

堤川は、八甲田山系の櫛ヶ峰(1517m)、
駒ヶ嶺(1416m)の北鹿を源流とした川だ。
酸ヶ湯温泉の近くである。

上流側は荒川と呼ばれており、下湯ダムができている。

荒川は、八甲田山火山群の影響で、強い酸性の川で、
上流では魚は棲めず、また飲料水に利用する際は、
PHを調整する必要があるとのことだ。





詳細リンク:旧奥州街道「青森市・合浦~堤川」/街道写真紀行
(青森市 合浦 茶屋町 港町)  1206/1409

2014/09/07

映画「イントォ・ザ・ストーム」

平成26年9月
新宿ピカデリー



タイトル キャスト コメント
イントォ・
 ザ・ストーム


  2014年 
           アメリカ
   
    監督
      スティーヴン・
     クエイル
 


 リチャード・
  アーミティッジ

 サラ・ウェイン・
  キャリーズ

 マット・
  ウォルシュ

 アリシア・
  デブナム=ケアリー


  
  
  史上
最も大きい竜巻に襲われた人々の死闘。
  直径3200m、秒速135mというこれまでにない巨大竜巻が襲来。炎に包まれた巨大竜巻が猛威を振るい、ジャンボジェット機すら飲みこむ威力を前に、逃げ惑う住民たち、そして竜巻を追跡する観測者たち・・・
  凄い迫力で迫ってくるディザスター・パニックです。災害大国日本を思いながらの鑑賞でした。



詳細リンク:「映画」/悠々人の日本写真紀行

2014/09/05

青森市・合浦公園/旧奥州街道671

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青森市市立合浦公園

 

青森市市立総合公園・合浦(がっぽ)公園である。

この公園の中央を、
まっすぐ一直線に旧街道が走っている。

というより、この旧街道を挟んで公園化されたというのが正しいだろう。
公園が開園されたのは、明治27年である。

公園内には市営球場、庭球場、茶室「合浦亭」、屋外ステージ等も整備され、
青森市を代表する公園となっている。

合浦公園の敷地は17ヘクタール。
桜の本数は670本、黒松の本数は700本。

公園内には、石川啄木の歌碑、棟方志功の記念碑、工藤卓彌の碑もある。

桜の名所として知られ、青森春祭りの会場となる。
公園北側(写真前方)は海浜になっており、夏は海水浴場として賑わうとか。




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三誉の松

 

公園中央部、旧奥州街道沿いにある「三誉の松(みよのまつ)」。
樹齢400年と言われる傘型の黒松で、市の天然記念物に指定されている。

歴代の弘前藩主が地方巡検の際に、
この松の下で酒宴を催したと伝えられている。

平成3年の台風19号(りんご台風)の時、大枝が損傷し切除したため、
往時に比べると容姿は大分損なわれているが、
それでも公園を代表する老松となっている。




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水原、柿崎氏銅像

 

さらに進むと、右側に池があり、日本庭園ができている。

合浦公園は、日本の都市公園100選に選出されている。
池の畔には、公園の完成百周年を記念して、
平成6年に、合浦公園創設者である水原衛作、
柿崎巳十郎のブロンズ像が建立された。

説明によると、
明治13年津軽藩お抱え庭師であった水原衛作(旧姓柿崎)が、
狐狸の棲む原野の公園化を計画し、明治15年に工事に着手した。

当初は、時の県令山田秀典の応援で、寄付も大分集まったが、
明治15年、県令の急死により、募金活動も思うように伸びず、
私財を投入しての造園となったが、
明治18年に志半ばで過労により死去。
44歳であった。

その後、母の説得で兄の遺業を継いだ弟の柿崎巳十郎が、
明治27年に何とか完成させ、青森町に寄付をしたものだ。





詳細リンク:旧奥州街道671「青森市・合浦公園」/街道写真紀行
(青森市 合浦)  1206/1409

2014/09/02

青森市・造道~合浦/旧奥州街道670

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フラワー温泉やえだ

 

造道の旧街道を進むと、右側に未だ新しい温泉があった。
「フラワー温泉やえだ」だ。

日帰り湯温泉で、源泉名は「造道温泉」である。

入浴料400円とのこと。
営業時間は5:00~22:30となっていた。

時間があれば、入浴したいところであった。




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旧街道、造道

 

造道(つくりみち)の旧街道を進むと、
正面にこんもりとした森が見えてきた。

青森市立の合浦(がっぽ)公園である。

街道右側に塗装の禿げた赤い鳥居と、小さな社があった。

社の中には石像が祀ってあった。
文化年間((1804~1818年)に造られた石像で、
猿田彦大神と刻まれてあった。
庚申塔である。

文化の下に「戊」の字が判別できた。
戊のつく文化年間というと、「戊辰」と「甲戊」である。
前者なら文化5年、後者なら文化11年となる。




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合浦公園入口

 

旧街道は、ここから合浦(がっぽ)公園内を直進する。
旧街道が、公園の真ん中を通っているのも珍しいところだ。

合浦公園は、青森市立の総合公園で、
敷地面積は17ヘクタールもある大きな公園だ。

1880年ごろ、弘前藩の庭師であった水原衛作が、
自らの手で公園の造成を開始するが、1885年公園建設の過労で死亡。

衛作の死後は、弟の柿崎巳十郎が引き継ぎ、
1894年(明治27年)に完成させ、
青森町(現青森市)に寄付されたのが合浦公園の前身である。





詳細リンク:旧奥州街道670「青森市・造道~合浦」/街道写真紀行
(青森市 造道 合浦)  1206/1409

2014/09/01

映画「GODZILLA ゴジラ」

平成26年8月
横浜ムービル




タイトル キャスト コメント
GODZILLA/ゴジラ

 2014年 
     アメリカ
 
 監督
    ギャレス・
    エドワーズ

  アーロン・
  テイラー=ジョンソン

  渡辺 謙

    エリザベス・
    オルセン

  ジュリエット・
    ピノシュ

  サリー・
    ホーキンス

  
 1999年日本。原子力発電所で突如として発生した異様な振動に危険を感じ運転停止。しかし、振動は激しさを増し発電所はl崩壊・・
  それから15年後、原発崩壊事故の原因を調べようと、アメリカ軍爆発物処理班の隊員が侵入禁止区域に入ると、そこで思いもよらぬ光景を目にする。
   突如として出現した怪獣ゴジラの討伐に挑む人類・・・。ハリウッドが再リメイクした大作、迫力ある怪獣映画でした。

詳細リンク:「映画」/悠々人の日本写真紀行

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