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2014年7月

2014/07/31

青森市浅虫・善知鳥坂/旧奥州街道660

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善知鳥坂

ここから、左側が旧道である。

旧奥州街道は、
難所として知られた右側の善知鳥崎(うとうまい)の先端を
回る海岸沿いの道と、こちらの山越え道の道の二つがあった。

この山越えの道は、上り坂を「善知鳥(うとう)坂」と呼ばれていた。
その先の峠を超えてからの下り坂は「とうまい坂」と呼ばれていた。

なお、善知鳥(うとう)は、北海道や東北の沿岸に生息している海鳥で、
青森県の県の鳥に指定されている。




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陸奥湾(青森湾)俯瞰

善知鳥坂より、後ろを振り返った写真である。

青森湾(陸奥湾)に浮かぶ湯の島、鴎島、裸島、
そして白根崎が良く見えるところであった。

背後の山並みは、
陸奥湾を野辺地湾と青森湾に2分している夏泊半島である。




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善知鳥坂、電波塔

善知鳥坂を上っていくと、無線の中継アンテナ(電波塔)が建っていた。
この辺が、峠の頂上付近なのであろう。





詳細リンク:旧奥州街道660「青森市浅虫・善知鳥坂」/街道写真紀行
(青森市 浅虫 山下)  1206/1407

2014/07/29

青森市浅虫・山下/旧奥州街道659

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国道4号線合流点

浅虫温泉駅通りはここで、国道4号線と合流する。

この左の道が旧道のようであるが、途中で通行止めとなっていたので、
ここから国道4号線を進む。




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湯の島

青森湾(陸奥湾)に浮かぶ湯の島が目の前に見えた。

湯の島は、カタクリの群落があり、
4月には「湯の島カタクリ祭り」が催されている。




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陸奥護国寺前

国道4号線より、山(谷地山)の方に入ったところにある陸奥護国寺。
高野山真言宗の寺院だ。

津軽弘法大師18番札所となっている。

もともとは和歌山県高野山の津軽寺であった。
昭和11年の開山で、
四国八十八ヶ所を模した八十八ヶ所の零場が建立され、
浅虫の高野山として親しまれているという。

陸奥護国寺の山門から国道4号線に復帰する。





詳細リンク:旧奥州街道659「青森市浅虫・山下」/街道写真紀行
(青森市 浅虫 山下)  1206/1407

2014/07/27

映画「渇き」

平成26年7月
横浜ムービル

タイトル キャスト コメント


渇き


  2014年 
           日本
         
    監督
      中島 哲也




  

  役所 広司

    小松 菜奈

    妻夫木 聡

    オダギリジョー

  二階堂 ふみ

  國村 隼

    中谷 美紀


  

 品行方正であった娘が、部屋に何もかも残したまま姿を消したと、元妻から聞かされ、その行方を追いかけることになった元刑事の父親。
 自身の性格や言動で家族をバラバラにした彼は、自分が思い描く家族像を取り戻そうと躍起になって娘の足取りを調べていくと、次々と娘の知られざる素顔が判明・・・・・・
 現在の社会悪のテンコ盛りの上、ハチャメチャな展開で圧倒されます。フラッシュバックの多用は、思わず目を閉じてしまうほどです。


詳細リンク:「映画」/悠々人の日本写真紀行

2014/07/24

青森市・浅虫温泉2/旧奥州街道658

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浅虫温泉駅前通り

駅前通りを進むと、右側に南部屋旅館がある。
こちらは昭和25年開業と比較的新しい温泉旅館である。

街道左側の、南部伝統のみつかけ串もちが旨そうである。
「菊屋 お餅の店」と染め抜かれた暖簾が入口に架かっていた。

岩手県北部から青森県南部にかけて、昔から食べられてきた串もちは、
小麦粉に水を加え、一度茹でてから、
味噌をつけ炉端で焼き上げるのが特徴とか。

また、浅虫温泉名物のくじら(久慈良)餅も販売しているようだ。
こちらは津軽米を製粉して、漉し餡、砂糖を混ぜ合わせて作った蒸し菓子だ。

久慈良餅は、「いく久しく慈しまれる良い餅」の意味とか。




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浅虫温泉、辰巳屋

 

浅虫川を渡ると、浅虫字山下と変わる。

写真は辰巳館の本館で、この海側には鉄筋の新館ができている。
電柱には、左「柳の湯」と書かれてある。

この前を左に入ったところに、
かつて津軽藩直轄の東本陣であった旅館柳の湯がある。




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竹久夢二文学碑

竹久夢二が、浅虫温泉の仙波館に投宿していた。
文通していた津軽少女と逢うためにやってきたという。

当時女学生であった北畠八穂が友人と、
投宿していた夢二とここであったとか。

  「浅虫の 海の渚に しらじらと
   茶碗のかけら ひかる初秋
   いにしへの 津軽少女の  
   まなざしに あおみるひとの
   こころ かなしも

     ~夢二 五月の旅より」

と刻まれてあった。 

 

上記の北畠八穂は、青森県出身の作家で、
名著「日本百名山」で知られた作家深田久弥と結婚している。

ここで、あの深田久弥の名前が出てくるとは、正直驚いた。
また、夢二の恋人であった津軽少女は、
後に小湊に嫁入りしたとのことだ。

浅虫海岸には竹久夢二の上記詩が刻まれた詩碑が建っている。





詳細リンク:旧奥州街道658「青森市・浅虫温泉2」/街道写真紀行
(青森市 浅虫 坂本 蛍谷)  1206/1407

2014/07/22

映画「超高速!参勤交代」

平成26年7月
横浜ブルク13




タイトル キャスト コメント
超高速!
      参勤交代


  2014年 
           日本
         
    監督
     本木 克英
  


  佐々木 蔵之介

     深田 恭子

     伊原 剛志

     寺脇 康文

     市川 猿之助

     石橋 蓮司

     陣内 孝則


        

 

  通常でも8日かかる参勤交代を5日で行うよう幕府から無理難題を押し付けられた、磐城の小藩・湯長谷藩。
    8代将軍治世下、通常でも莫大な費用の掛かる参勤交代を、密偵より報告された金山を狙う老中の策略で押し付けられたのだ。
    資金も人数も無い中、藩と領民を守るため、藩主と家来が大奮闘する・・・。
    第37回城戸賞入選作「鴨川ホルモー」の映画化。脚本が傑作で、最後まで楽しませてくれる映画であった。
    舞台は現在のいわき市湯本から江戸まで浜街道である。旧街道ウォーカーにとっても、見どころ満載の映画となっている。



詳細リンク:「映画」/悠々人の日本写真紀行

2014/07/17

青森市・浅虫温泉駅/旧奥州街道657

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東消防署浅虫分署

旧街道右側にある青森地域広域消防事務組合の東消防署浅虫分署だ。

青森市、今別町、外ヶ浜町、蓬田村、平内町の
東青地域5市町村によって組織された消防組合である。

面白い形をした火の見櫓となっている。


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浅虫・湯ノ島

右側が開け、
目の前に青森湾(陸奥湾)に浮かぶ湯の島が目に飛び込んできた。

湯の島は、カタクリの群落があり、
4月には「湯の島カタクリ祭り」が催されている。

 「湯の島は 海のもなかに 冬さびて 
  磯のなだりに 常磐樹の立つ 鹿児島寿蔵」

と刻まれた歌碑が建っていた。

鹿児島寿蔵(かごしまじゅぞう)は人形作家で歌人である。
1961年に紙塑人形の人間国宝に指定されている。





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浅虫温泉駅前

青い森鉄道の浅虫温泉駅前だ。

浅虫温泉駅は、東京より722km、明治24年開業で
当時は浅虫駅であったが、
1986年に現在の浅虫温泉駅に改称されている。

写真は青い森鉄道を跨ぐ歩道橋で、
跨線橋である「ゆうやけ橋」より、
浅虫温泉駅前l通り(旧街道)を俯瞰した写真である。

現在の浅虫温泉のメイン道路であるが、
藩政時代はこの写真の左手(青い森鉄道の東側)が中心であった。

旧奥州街道は、浅虫温泉を出ると前方の山越えとなる。





詳細リンク:旧奥州街道657「青森市・浅虫温泉駅」/街道写真紀行
(青森市 浅虫 坂本 蛍谷)  1206/1407

2014/07/13

映画「春を背負って」

平成26年7月
横浜ムービル




タイトル キャスト コメント
春を背負って

  2014年 
           日本
         
    監督
     木村 大作
  


  松山 ケンイチ

  蒼井 優

    檀 ふみ

  豊川 悦司

    吉田 栄作

    石橋 蓮司

    井川 比佐志


        
   立山連峰で山小屋を経営する厳しい父親に反発して都会で暮らしていたが、父が亡くなり帰郷する。
     そこで気丈に振る舞う母や、山の仲間たちを知り、これまでの組織の歯車として働く生活を捨て、父が残した山小屋を継ぐ決心をする。
     山小屋の生活や、小屋に集う人々との交流が温かく描かれている。立山連峰のロケは見事。


詳細リンク:「映画」/悠々人の日本写真紀行

2014/07/12

青森市・浅虫温泉入口/旧奥州街道656

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浅虫温泉駅入口

青森市浅虫字坂本で、ここから旧街道はここで分岐し、左側の細い道となる。

浅虫温泉駅のある方向だ。
さらに、この先の浅虫川上流側にある浅虫ダム、浅虫ほたる湖も
ここで左折である。

標識には、ここより2kmと書いてあった。

街道右手の赤い鳥居は八大龍神宮参道入り口である。
この急な階段を上ったところに小さ社があった。

由緒は良くわからないそうだが、地元の人は竜神様と呼んでいる。
龍神は水・漁師の守護神だ。

龍の姿をして水中に住み、水を司る神様である。
日本では、農耕と結びついて雨乞い祈願の対象となり、
また漁師にも信仰されてきたので、位置的にも浅虫に相応しい神様である。

なお、八大龍王も昔から雨乞いの神様として祀られている。
龍神様よりこちらの方が、尤もらしく感じる。

北海道岩見沢に本拠を置く、八大龍王大自然愛信教団とは
関係なさそうである。




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旧街道

 

国道4号線より分岐し浅虫温泉駅方面に向かう。

この道が旧道である。
旧街道右側に、奥州街道と書かれた大きな石塔がある。

旧街道ウォーカーにとっては励みになる嬉しい石塔である。




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旧奥州街道案内図

奥州街道と書かれた石碑の背後には、
奥州街道図(浅虫村付近)の絵図が描かれてあった。

浅虫村にあった本陣や、高札場、旧街道、旧温泉街、
そして一里塚等の位置が記入されてあった。





詳細リンク:旧奥州街道656「青森市・浅虫温泉駅入口」/街道写真紀行
(青森市 浅虫 坂本)  1206/1407

2014/07/09

映画「ポンペイ」

平成26年6月
新宿ピカデリー




タイトル キャスト コメント
ポンペイ

   2014年 
           アメリカ
     カナダ
     ドイツ


  監督
     ポール・W・S・
    アンダーソン
 ホット・
   ハリントン

 キャリー=アン・
   モス

 エミリー・
   ブラウニング

 アドウェール・
   アキノエ=アグバエ

 ジェシカ・
   ルーカス


  
      

  
西暦79年、火山の噴火で埋没した古代都市ポンペイが舞台。
     ローマ軍が滅ぼしたケルト騎馬民族の生き残った少年は奴隷として育てられ、剣闘士とされる。
     前半は復讐と身分違いの恋や剣闘士同士の友情を中心に描かれているが、後半はポンペイのベスビオ火山の大噴火。
     巨大な炎と黒煙が吹き上がり、太陽の光は遮られ、地面が崩壊、港には津波が押し寄せ、空からは灼熱の溶岩が降り注ぎ、すべてを飲みこむ火砕流・・・
   前半の物語が効いており、後半の盛り上がりは見事であった。人間ドラマも含め質が高く、これぞ3D、エンターテイメントと言える映画であった。

詳細リンク:「映画」/悠々人の日本写真紀行

2014/07/07

平内町・土屋~青森市・浅虫/旧奥州街道655

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白根崎、ほたて大橋

青森湾(陸奥湾)に突き出た白根崎の根元付近の写真だ。
右の橋梁は国道4号線土屋バイパスの「ほたて大橋」である。

旧道は、写真左端の山沿いの道である




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白根崎、漁港

 

ほたて大橋の下を潜って、
白根崎の先端に向かう途中にある白根崎東側の小さな漁港。

丁度、浚渫工事をしていた。




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青森市・浅虫

平内町土屋から、青森市浅虫地区に入る。

正面に見えるビルは、浅虫観光ホテルで、
手前右は、かつてワンダーランドASAMUSHIのあったところだ。

ジェットコースターや、大観覧車があり、東北屈指の遊園地であったが、
2005年10月に閉園となっている。

国道4号線の浅虫交差点右側にある廃屋(写真右端)には、
「レストラン マリーナ」と書かれてあった。
ワンダーランドにあったレストランであろうか。





詳細リンク:旧奥州街道655「平内町・土屋~青森市・浅虫」/街道写真紀行
(平内町 土屋、青森市 浅虫)  1206/1407

2014/07/03

平内町土屋・淀川~鍵懸/旧奥州街道654

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陸奥湾(青森湾)、白根崎

正面(写真左端)に青森湾(陸奥湾)に突き出した白根崎が見えてきた。
この白根崎の反対側(西側)が浅虫温泉である。

半島の先端にある岩礁が、裸島で、
右側の島が無人島の鴎島(ごめじま)だ。

この鴎島は読めなかった。




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ほたて広場、土屋御番所跡

 

右側が大きく開け、平内町のほたて広場である。

1階は販売スペースで、レストランやほたてコーナー、
鮮魚コーナー農産品コーナーや、ほたて貝焼きコーナーまである。

2階は、展示スペースで、ほたて漁船再現ゾーン、ホタテガイの生態、
歴史、養殖施設模型等の他、高橋竹山ゾーンまで設けられていた。

ここに津軽黒石藩の土屋御番所があったところだ。

ここの地名は、平内町大字土屋字鍵懸(かぎかけ)となっている。


本館の前にある土屋御番所由来説明板がある。


土屋番所は、明暦2年(1656年)に、
黒石藩初代藩主津軽十郎左衛門信英が領地境界警備のため、
黒石藩平内領の西口に設置した口留番所であった。




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ほたて供養塔、ほたて観音堂

ほたて広場の西端にほたて供養塔(左)とほたて観音堂が建立されている。

ほたて供養塔は、
ほたて養殖発祥の地、平内町のここ平内町漁協土屋地域に、
生産と流通の拠点として「ほたて広場」を建設・完成を記念して
建立されたとある。

ほたて観音像は、ほたて広場の完成を記念して、
豊穣の海、陸奥湾の恵みであるほたて貝を子孫へ守りぬくことを誓い、
ほたて養殖漁業が恒久的に繁栄して、地域漁村が
未来永劫安らかなることを願い奉納されたものと記されてあった。

写真右側の橋梁は、国道4号線の土屋バイパスである。





詳細リンク:旧奥州街道654「平内町土屋・淀川~鍵懸」/街道写真紀行
(平内町 土屋 淀川 鍵懸)  1206/1407

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