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2014年6月

2014/06/30

平内町・小豆沢~土屋/旧奥州街道653

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青い森鉄道、西平内駅

浅虫温泉駅7:29発八戸行に乗り、
西平内駅に到着したのが7:34であった。

旧街道歩きの再開である。

今日も日差しは強いが、良い天気であった。




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県道9号線分岐

駅から進み、坂を下ったところで国道4号線に合流する。
この辺の地名は、平内町中野である。


国道4号線と県道9号線の分岐である。
ここが夏泊半島の西側(青森湾側)の入口となっている。

これで、夏泊半島の根元を東側(野辺地湾側)から
西側に横断したことになる。

前方に見える屋敷山(322m)を迂回するような形で、街道を進む。

屋敷山は登山道がないため、冬の積雪期しか登れないとのこと。
頂上からは、浅虫や久栗坂地区の眺望がえられるようだ。




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夏泊半島西海岸

前方が開け、夏泊半島の西海岸が一望出来るところだ。

手前の岬が板の岬で、その先の島が茂浦島である。
茂浦島は無人島で、みちのく銀行所有の島とのことだ。





詳細リンク:旧奥州街道653「平内町・小豆沢~土屋」/街道写真紀行
(平内町 小豆沢 中野 土屋)  1206/1406

2014/06/29

映画「ノア/約束の舟」

平成26年6月
横浜ムービル




タイトル キャスト コメント
ノア 約束の舟

 2014年 
        アメリカ


 監督
     ダーレン・
   アロノフスキー
 

 ラッセル・
   クロウ

 ジェニファー・
   コネリー

 レイ・
   ウィンストン

 エマ・
   ワトソン

 アンソニー・
   ホプキンス


  
      旧約聖書の創世記に記された「ノアの箱舟」の物語を実写化した大作。
  夢の中で世界滅亡を意味するかのような光景を目にしたノア。それが神からのお告げであり、全世界を飲みこむほどの大洪水がやってくると悟ったかれは、その日から家族とともに一心不乱になって巨大な箱舟を造る。
    
映像が綺麗で迫力があり、独自の解釈も入れ、最後まで良いテンポで纏めている。まさに壮大な映像絵巻となっている。




詳細リンク:「映画」/悠々人の日本写真紀行

2014/06/26

青森市・浅虫温泉/旧奥州街道652

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青い森鉄道、浅虫温泉駅

西平内駅から一駅で浅虫温泉駅に到着。

明治24年開業の古い駅、また懐かしい駅だ。
1986年(昭和61年)までは、浅虫駅であった。

夜行急行八甲田、十和田や昼行特急はつかり、つがる、白鳥等の
優等列車が停車した駅だ。

上野よりの夜行列車に乗り、浅虫駅まで来ると、終点の青森が近くなり、
あと一駅という気分になった駅である。




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浅虫温泉跨線橋より

青い森鉄道の線路の上を横断する歩道橋・ゆうやけ橋より
下り青森方面を見た写真である。

線路の左右にホテルや旅館が約30軒営業している。

浅虫温泉は、東北の熱海、青森の奥座敷とも呼ばれた古くからの温泉街だ。
平安時代の876年(貞観18年)に、円仁が発見したとされている。

温泉発見後は、入浴ではなく、麻を蒸すことにのみ利用されていたようだ。
浅虫温泉の名称は、麻を蒸すことに由来し「麻蒸」が「浅虫」となったとのこと。

建久元年(1190年)、法然が温泉への入浴を広めてから、
入浴用途にも使われるようになった。

藩政時代は本陣も置かれ、津軽藩主も入浴した由。




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ホテル萩乃、夕食

青い森鉄道の駅前南側にあるホテル萩乃に宿泊する。
久しぶりに温泉旅館に宿泊し、旅館料理と温泉で疲れを癒した。

昨日まで団体客で忙しかったそうだか、日曜日の夜に宿泊したので、
客は殆どなく、温泉も独り占めであった。

翌朝は、6:30に朝食を取り、浅虫温泉駅に向かう。
浅虫温泉駅発7:29の電車で、
昨日街道歩きを中断した、西平内駅に向かう。





詳細リンク:旧奥州街道652「青森市・浅虫温泉」/街道写真紀行
(青森市 浅虫 蛍谷)  1206/1406

2014/06/23

平内町・山口~小豆沢/旧奥州街道651

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国道4号線、西平内駅入口

山口コミュニティセンターより国道4号線に復帰すると、
すぐ西平内駅の案内標識がある。

ここを右折すると、青い森鉄道の西平内駅のあるところだ。
今回は、ここで街道歩きを中断して、西平内駅に向かう。




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盛田川、西平内駅

 

西平内駅に向かう途中にある盛田川だ。

盛田川に架かる橋より下流側(東側)を見た写真である。
この先で、前述の明神川と合流して、陸奥湾に流入している。

盛田川は、夏泊半島の浪打山(232m)の東麓を源流として、
青い森鉄道と並行している川である。

写真左上の建物が、西平内駅である。




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西平内駅

青い森鉄道の西平内駅である。

開業は昭和14年、東京より715.6kmの駅だ。
駅の住所は、平内町小豆沢字茂浦沢(あずきさわあざもうらさわ)である。

今回はここで16:34発青森行きに乗り、
宿を予約してある浅虫温泉に向かった。





詳細リンク:旧奥州街道651「平内町・山口~小豆沢」/街道写真紀行
(平内町 山口・小沢 小豆沢・茂浦沢)  1206/1406

映画「晴天の霹靂」

平成26年6月
横浜ムービル




タイトル キャスト コメント

晴天の霹靂


  2014年 
           日本


  監督
         劇団ひとり


 

 大泉 洋

 柴咲 コウ

 劇団ひとり

 笹野 高史

 風間 杜夫

 宮内 順子


        
 40年前にタイムスリップした売れないマジシャンが、同じマジシャンであった若き日の父とコンビを組みマジックショーを営む。そして、自分の出生や家族の過去の秘密を知る。
  どこかで似通った映画があるが、これはこれで良くまとまっている。



詳細リンク:「映画」/悠々人の日本写真紀行

2014/06/20

平内町山口・明神~小沢/旧奥州街道650

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土地改良記念碑

街道左側にある、立派な土地改良記念碑だ。

「農魂は国を守る 平内西部土地改良区」と刻んであった。
平内町は、昭和30年に小湊町と西平内村、東平内村が合併して出来た町だ。

この辺は、その西平内村の中心部であったところである。




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明神川上流

明神川に架かる橋を渡る。

明神川は平内町で盛田川、
そして小湊川に合流して陸奥湾に流入している。

写真は少し進んで、左側を撮影したものだ。
丁度、明神川の上流側である。

前方の形の良い山は、明神川沿いにある流山(228.9m)であろうか。
明神川はその先の、高森山(386m)の東麓を源流としている川である。




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青い森鉄道、西平内駅

街道右側に、青い森鉄道の西平内駅が見えてきた。
この駅の背後は、夏泊半島である。

この辺一帯は土地が整備され、実に広々とした田圃が広がっている。




詳細リンク:旧奥州街道650「平内町山口・明神~小沢」/街道写真紀行
(平内町 山口・明神 赤坂、山口、後田、小沢) 1206/1406

2014/06/18

平内町・藤沢~山口/旧奥州街道649

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藤沢上萢

平内町藤沢の集落を抜けると、左側に白い山が点在している。

現代の貝塚で、すべて平内町名産のホタテの貝殻が
野積みされたものである。




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ホタテ、貝塚

貝塚に近づいて撮影した写真だ。
ホタテの貝殻が風化されずにそのまま残されている。

この近くに新和コンクリート工業(株)藤沢工場があるが、
関係あるのであろうか。

調べてみると、廃棄貝殻を骨材としたセメント固体化ブロックの
技術開発が進められているようだ。

なお、ホタテの廃棄貝殻は、北海道と青森県を合わせると、
約25万トン/年もあるとのことであった。




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山口、青い森鉄道


平内町藤沢の字上萢(かみやち)地区で、
旧街道は国道4号線に吸収される。

平名町藤沢から山口地区に入る。
右側が見通せ、丁度2両編成の青い森鉄道の青森行き電車が走っていた。

背後の山は、夏泊半島の笹森山(203m)、水ヶ沢山(323m)だ。





詳細リンク:旧奥州街道649「平内町藤沢~山口」/街道写真紀行
(平内町 藤沢・上萢 中萢 山口・明神) 1206/1406

2014/06/16

平内町・小湊~藤沢/旧奥州街道648

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平内町小湊、外の沢

平内中央病院の角を曲がり、西進すると左側開け、
広々とした田圃となっている。

左手前方に、老人ホーム清風荘のあるところだ。
清風荘の地名は、平内町小湊字薬師堂となっていた。




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小湊、旧街道

平内中央病院を過ぎてからの旧街道は、砂利道であった。

少し行くと平内町大字小湊から大字藤沢となる。
気持ち良い旧街道が続いているところである。




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平内町藤沢集落

藤沢の集落に入る。

手元の地図によると、この辺の左側に緑か丘保育園があるが、
確認できなかった。





詳細リンク:旧奥州街道648「平内町・小湊~藤沢」/街道写真紀行
(平内町 小湊 藤沢)  1206/1406

2014/06/12

6月大歌舞伎/歌舞伎座

平成26年6月
歌舞伎座

演 目 役 者 観 劇 記
長谷川時雨作

お国、山三
春霞歌舞伎草紙
(はるがすみかぶきぞうし)

  長唄囃子連中

         

     出雲阿国
          時 蔵


      名古屋山三
          菊之助


  若集
          亀 寿


     女歌舞伎
          友右衛門


     小野春風
          右 近(尾上)

     桜の花が咲き誇る京都の四条河原では、出雲の阿国が一座の面々と共に歌舞伎踊りを披露していると、そこに今は亡き名古屋山三の幻が現れる・・・
  歌舞伎の始祖として知られる阿国と同時代に実在した、伊達男である山三とは、互いに恋い慕う仲であったという。
     絵巻物を見るような綺麗な幻想的な舞踊であった。
源平布引滝
実盛物語
      (さねもりものがたり)

       一幕

         
      
   斎藤実盛
          菊五郎


      瀬尾十郎
          左團次


   小万
          菊之助


      葵御前
          梅 枝


      九郎助
          家 橘

     平家全盛の時代、琵琶湖の畔にある九郎助夫婦の家に、平家方の斎藤実盛と瀬尾十郎が詮議のために訪れる。
     この家には、源氏再興を目指しながら命を落とした木曽義賢の妻で、臨月の葵御前が匿われており、生まれてくる子供の検分であった・・・
   源氏の白旗を巡って繰り広げられる時代物の名作。木曽義仲の誕生秘話。
真山青果作
真山美保演出

元禄忠臣蔵
大石最後の一日
  (おおいしさいごのいちにち)

       一幕

         
      
   大石内蔵助
          幸四郎


      磯貝十郎左衛門
          錦之助


   おみの
       孝太郎


      荒木十左衛門
          我 當


   堀内伝右衛門
          弥十郎

      吉良邸討ち入り後、大石内蔵助以下赤穂浪士47名の内17名は細川家お預けとなる。内蔵助は、細川家からの手厚いもてなしを受けながら処分を待つ日々を送るが、浪士たちに対して驕りが見えると叱責する。
      内蔵助をはじめとする浪士たちの最期の姿を丹念に描き出した傑作。
お祭り

  清本連中
   鳶頭松吉
          仁左衛門


      若い者
          千之助
      
   江戸、山王祭の日。屋台囃子が賑やかに聞こえる中、町に戻ってきたのはほろ酔い機嫌の鳶頭。上機嫌の鳶頭は、馴染みになった女郎との思い出話を始めるが、そこへ若い者たちが打ってかかってくる・・・・。
      江戸の大祭を題材にした、域で洒脱な華やかな清本の舞踊であった。仁左衛門の舞踊・演技に拍手喝采であった。




詳細リンク:「演劇」/悠々人の日本写真紀行

2014/06/11

平内町小湊・赤明堂~外ノ沢/旧奥州街道647

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小湊峠道、旧奥州街道

旧奥州街道は、天明飢饉供養塔の前を通り西進する。
小湊の集落のはずれで、ここから緩い坂道を登っていく。

この辺の地名は、平内町小湊字赤明堂(あかみょうどう)となっている。




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小湊、旧奥州街道

旧奥州街道は、林間の快適な道となっている。
すれ違いは出来ないが、舗装された道であるので、車も通るのであろう。




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平内中央病院

正面が開け、正面に平内中央病院が目に飛び込んできた。

昭和25年開設した総合病院で、
この建物は平成8年より診療を開始したとのこと。

現在、医師不足のせいか、小児科、産婦人科、麻酔科が休診中とのことだ。
平内中央病院の地名は、平内町小湊字外ノ沢(そとのさわ)である。





詳細リンク:旧奥州街道647「平内町小湊・赤明堂~外ノ沢」/街道写真紀行
(平内町 小湊 字赤明堂 外ノ沢)  1206/1406

2014/06/07

平内町、国道4号線小湊交差点/旧奥州街道646

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平内町役場、豪商竹内家屋敷跡

御家中と呼ばれている武家屋敷跡から、旧街道を南進すると、
右側に平内町役場がある。

ここに江戸時代の豪商竹内与右衛門の屋敷があり、
明治天皇が明治9年の東北巡幸の際、休憩されたところだ。 

平内町役場の正面玄関わきにある明治天皇行在所記念碑が建っている。 




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小湊、旧奥州街道

旧奥州街道は、ここで国道4号線の小湊交差点を渡ると、
旧街道らしい雰囲気の道となった。

平内町小湊字小湊から赤明堂の方へ向い、少し進むと、
旧街道は丁字路を右折となる。

小湊宿のはずれで、枡形となっているところだ。




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小湊、天明飢饉供養塔

枡形を右折すると、左側に天明の飢饉供養塔が建っている。

歴史に残る4大凶作の一つである天明2~5年(1782~85年)の大飢饉で、
平内では半数の375戸が空き家となるほどの餓死者があった。

この供養塔は、天明7年(1787年)に小湊の東福寺11代住職が、
今は人家に囲まれているが、奥州街道沿いの集落のはずれに建てたものだ。

当時は、街道がこの世とあの世の通路と考えられていた。





詳細リンク:旧奥州街道646「平内町・国道4号線小湊交差点」/街道写真紀行
(平内町 小湊 字小湊 家の下 赤明堂)  1206/1406

2014/06/05

平内町・小湊駅/旧奥州街道645

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平内町歴史民俗資料館

小湊代官所跡に建てられた平内町民族資料館。

町内に60ヶ所ある縄文遺跡から発掘された出土品や民具などを展示。
館内には、初代高橋竹山資料展示室が設けられている。





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小湊駅

平内町歴史民俗資料館のすぐ先(北側)にある青い森鉄道の小湊駅だ。
開業は明治24年で、東京から711.8kmである。

いつものことながら、
ここまでよく歩いてきたものだと我ながら感心する。




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御家中の松と欅

小湊駅に立ち寄ったのち、旧奥州街道に復帰する。

写真は「御家中の松と欅」碑のあるところで、
この辺一帯が武家屋敷であったところだ。





詳細リンク:旧奥州街道645「平内町・小湊駅」/街道写真紀行
(平内町 小湊 字小湊) 1206/1406

2014/06/03

平内町、小湊代官所跡/旧奥州街道644

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小湊・浄尊寺、御家中の欅

小湊宿の丁字路を右に曲がると、すぐ左側に浄尊寺がある。

真宗大谷派の寺院だ。
大谷派と言えば、本山は京都の東本願寺である。

境内には「御家中の欅」がある。
平野町指定天然記念物で、樹齢500年、樹高20mの古木だ。

この辺が津軽黒石藩の代官所跡で、武家屋敷があり御家中と呼ばれていた。

山門横には、6月の法話として

  「一番いけないのは 自分なんかだめだと 
   思い込むことだよ ~ のび太」

と達者な筆で書かれてあった。
    
浄尊寺の北側(写真右側)が小湊代官所跡だ。
安永4年(1775年)、津軽黒石藩の代官所として建てられたところだ。

平内郷は、かつては南部領であったが、天生15年(1587年)津軽領となり、
明暦2年(1656年)に津軽信英が平内郷を賜り、黒石領となっている。




101hiranai54  初代高橋竹山顕彰碑

  「平内町名誉町民 初代高橋竹山、
      鳥の声 風の声 川のせせらぎ 自然の音と心の躍動を 
   三味線に託して みちのくの大地を奏でる」

と刻まれてある。

初代高橋竹山(本名高橋定蔵)は、明治43年生まれで平成10年死亡。
津軽三味線名人位となり、平内町名誉町民第2号となっている。

もう一つの石碑には、

  「私がくるしかった生涯のなかで
   考えたことは
   三味線バチに魂をいれることだけだった
                    ~高橋竹山」

と刻まれてあった。
こちらの石碑は高橋竹山の弟子たちが
生誕100年を記念して建立した記念碑である。




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平内代官所跡地標識と畑井新吾司博士顕彰碑

同じく小湊代官所跡地に建立された石碑で、
こちら「平内町名誉町民 畑井新吾司博士顕彰碑」と刻まれてある。

畑井新吾司は、明治9年、小湊に生まれ、
明治32年渡米してシカゴ大学に入り、ペンシルバニア大教授を務めた人だ。

大正10年に帰国して東北帝大教授となり、生物学教室、
浅虫臨界実験所を創設。

シロネズミの研究で大正14年に学士院賞を受けた。
ミミズ博士とも呼ばれていたようだ。

平内町名誉町民第一号に選ばれている。





詳細リンク:旧奥州街道644「平内町・小湊代官所」/街道写真紀行
(平内町 小湊 字小湊)  1206/1405

2014/06/01

映画 「WOOD JOB! ~神去なあなあ日常~」

平成26年5月
横浜ムービル





タイトル キャスト コメント
WOOD JOB!~神去なあなあ日常~

       2014年 
           日本


監督
      矢口 史靖
 


 染谷 翔太

  長澤 まさみ

 伊藤 英明

  優 香

  柄本 明


        
      軽い気持ちで1年間の林業研修プログラムに参加することなった、大学受験に失敗した青年。
     山奥の山村で林業に従事することになった都会育ちの若者のカルチャーショックを受けながら林業の現場で悪戦苦闘しながらも、村人や自然と触れ合い成長していく様を温かく描いている。
     自然と向き合った、こういう映画は、いいですね。オーバー気味な脚本も、また楽しめます。


詳細リンク:「映画」/悠々人の日本写真紀行

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