« 野辺地町・近沢川~100馬門宿/旧奥州街道631 | トップページ | 映画「神様のカルテ2」 »

2014/04/14

野辺地町・馬門~柴崎/旧奥州街道632

100noheji43

馬門交差点、国道4号線合流点

馬門地区は、江戸時代は馬門村で、明治22年の町村制の施行により、
野辺地村、馬門村、有戸村が合併して野辺地村が発足。

そして、明治30年に町制施行している。

旧街道を進むと、ここで国道4号線に吸収される。

写真は、旧道と国道4号線が合流する馬門交差点を
振り返って撮影したもので、左側の道が旧街道である。




100noheji45

平内町境

野辺地町のはずれ柴崎に入る。
正面の標識は平内村と書かれてあり、ここが野辺地町と平内町との境界だ。

その境界の手前右側(写真右端)に、高札場と馬門番所が再現されていた。

東京・日本橋から699.9kmのポストである。
あと100mで丁度700kmの地点である。




100noheji46

馬門御番所、高札場

街道右側に再現されている馬門御番所と高札である。

もっともこの建物は実際の御番所とは異なり、
番所風トイレとなっていた。

馬門番所は南部藩が津軽藩の藩境に設けた施設だ。

復元された高札には、手形がないと武具や火薬、人、染料、
蝋などは持ち出すことを堅く禁じる旨の覚書きが記されてあった。

津軽藩に入るには、馬門番所で許可を得てから坂の下に降り、
南部津軽藩境塚(はんきょうつか)を越えて
むつ湾沿いに伸びていた奥州街道を通り、
津軽領の狩場沢番所でさらに許可を得なければならなかった。





詳細リンク:旧奥州街道632「野辺地町・馬門~柴崎」/街道写真紀行
(野辺地町 馬門 中渡 八ノ木台地 柴崎) 1206/1404

« 野辺地町・近沢川~100馬門宿/旧奥州街道631 | トップページ | 映画「神様のカルテ2」 »

旧奥州街道10(青森)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1201032/55777475

この記事へのトラックバック一覧です: 野辺地町・馬門~柴崎/旧奥州街道632:

« 野辺地町・近沢川~100馬門宿/旧奥州街道631 | トップページ | 映画「神様のカルテ2」 »

2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ