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2013年12月

2013/12/31

映画「武士の献立」

平成25年12月
横浜ムービル



タイトル キャスト コメント
武士の献立

 2013年 
    日本


 監督
 朝原 雄三
  上戸 彩

  高良 健吾

  余 貴美子

  西田 敏彦

  緒形 直人

  鹿賀 丈史

  笹野 高史

  
  
  包丁侍として料理の腕を振るった武家に嫁いだ女性。
  人並み外れた料理の才能と味覚を持っていたが、加賀藩の料理担当武士に腕を見込まれ、剣術ばかりに夢中で、料理が苦手の跡取り息子の嫁となった出戻りの女性。
  加賀藩に実在した料理方の武士・舟木伝内と息子安信が残した「料理無言抄 」を題材にした物語で、面白く纏められてある。




詳細リンク:「映画」/悠々人の日本写真紀行

2013/12/29

十和田市・大沢田~七戸町・太田/旧奥州街道605

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大沢田、北野神明宮

街道右側にある北野神明宮。

境内には、「北野下町開田記念碑」が建っていた。
開拓30年記念と刻まれてあった。




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七戸町境

街道に復帰する。

ここから、十和田市から七戸町と変るところだ。
東京日本橋から673.7kmの標識があった。

雨がますます酷くなってきた。




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南部縦貫鉄道廃線跡

大林川を渡ると、南部縦貫鉄道の廃線跡があった。
正面が、かつての七戸駅構内である。

南部縦貫鉄道は、野辺地駅と七戸駅を結ぶ鉄道で、
昭和37年に開業したが、平成9年に全線休止、
平成14年に廃止となった。

なお、南部縦貫鉄道は現在名前を変え、
南部縦貫㈱としてタクシー業者(略称縦貫タクシー)となっている。





詳細リンク:旧奥州街道605「十和田市・大沢田~七戸町・太田」/街道写真紀行
(十和田市 大沢田、七戸町 太田 笊田) 1205/1312

2013/12/28

映画「利休にたずねよ」

平成25年12月
横浜ムービル



タイトル キャスト コメント
利休にたずねよ

 2013年 
    日本


 監督
 田中 光敏

  市川 海老蔵

  中谷 美紀

  伊勢谷 友介

  クララ

  市川 團十郎

  大谷 直子

  柄本 明

  
  
  戦国時代から安土桃山時代に生きた茶人・ 千利休の若い頃から晩年までを意欲的に描いた映画。
  凝った脚本と、丁寧で重厚な映像、いいですね。一つ一つの映像が、効果的で奥深い輝きを放っております。
  美の原点、そして、エンディングの唄が一寸頂けないですね、折角の雰囲気を壊しているのは惜しまれます。





詳細リンク:「映画」/悠々人の日本写真紀行

2013/12/22

十和田市・洞内~七戸町・太田/旧奥州街道605

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国道4号線バイパス合流点

三本木ラドン温泉を過ぎると、
右側から国道4号線のバイパスとの合流点となる。

洞内(ほらない)入口交差点と言うようだ。

洞内から真登地(まとぢ)に入ると、左側に洒落た小公園がある。
この辺に、真登地の一里塚があるはずだが、
どうやら見過ごしたらしい。




96sanbongi41s  奥州街道道標

真登地の小公園内にある奥州街道道標。

左は「至 江戸日本橋百九拾参里拾八町」とあり、
右は「至 蝦夷地松前 只今測量中ニ付候」と刻まれてあった。

文字を読み、思わず吹き出してしまった。
この只今測量中の蝦夷松前が、旧奥州街道歩きの終点である。

未だ未だ先は長いので気が許せないところだ。




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大沢田、松並木

街道は派な松並木となる。

この松並木は、明治末年に軍馬補充部三本木支部が、
草刈用地の防風林として、土手上に植栽したもので、
江戸時代は雑木林であった。

この先の交差点は、広域農道で、右 牛鍵5km、
左 八郷9kmと書かれてあった。松並木の間に、
「奥州街道」と刻まれた大きな道標があった。

ここで、前方を歩く旧街道ウォーカーと出会う。
やはり、津軽の三厩を目指しているという。

そして、気が付いたのは、前日宿泊したホテルが偶然にも同じで、
おまけに朝食のテーブルが一緒の人であった。

その時は互いに、
まさか旧街道歩きの同好の士とは思いもよらなかった。

東京から、やはり順番に歩いている人で、
今日は新幹線の七戸十和田駅まで歩くという。

暫時、同行する。





詳細リンク:旧奥州街道605「十和田市・大沢田~七戸町・大田」/街道写真紀行
(十和田市 大沢田 七戸町 太田) 1205/1312

2013/12/18

十和田市・元町西~三本木千歳森/旧奥州街道603

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土手山の大ケヤキ

三沢分岐を過ぎると、右側に一際大きな欅が目に飛び込んでくる。
土手山の大ケヤキである。

樹齢320年、高さ26m、幹周5.3m。
松前藩の藩主がここを通ったときに植えたものと伝えられている。

土手山の地名は、相坂から洞内茶屋までの奥州街道沿いで、
風雪の強く当たる箇所に、高さ7尺、根通り8尺、
上幅2尺5寸の土手を築き、その上に松や雑木を植えたことからきている。

荒野であった三本木原は、
冬は八甲田おろしと呼ばれる寒冷な北西風が吹き荒れ、
梅雨時には、太平洋側から冷涼な偏東風(やませ)が吹くことがある。

このやませが発生すると、
夏場にもかかわらず気温が下がり、農作物への被害が発生するとのこと。




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土手山神社

土手山の大欅のあるところは、土手山神社の境内となっている。
土手山神社は、昭和43年から元町老人クラブ千歳会と
土手山町内会により、交通安全の守護神として、
9月15日に祭事を執り行なわれている。

祭神は、なんと、サラブレッドのマーシー号だ。
小岩井牧場で生まれた召雌馬で、
昭和25年のダービー優勝馬クモノハナ号(兄馬)を凌ぐ駿馬であった。

祠の左の石碑は、「明治百年 千歳塔」、そしてその左側には
「明治9年明治天皇御巡幸御休所」と刻まれてあった。




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三本木ラドン温泉

土手山の大欅の前を過ぎると、左側に三本木ラドン温泉がある。
昭和59年に掘削された、46℃のアルカリ性単純温泉とのことだ。
源泉名は地名(三本木字千歳森)を取って、千歳森温泉と言うようだ。

入浴料は350円で、朝の6時から夜の10時まで営業している。





詳細リンク:旧奥州街道603「十和田市元町西~三本木千歳森」/街道写真紀行
(十和田市 元町西 三本木北平 千歳森) 1205/1312

2013/12/14

映画「キャプテン・フィリップス」

平成25年12月
横浜ムービル



タイトル キャスト コメント
キャプテン・
  フィリップス


 2013年 
    アメリカ


 監督
 ポール・
  グリーングラス
  トム・ハンクス

  バーカッド・
    アブディ

  バーカッド・
    アブディラマン

  ファイサル・
    アメッド

  キャサリン・
    キーナー

  
  
  2008年、ソマリア海域を航海中のコンテナ船が、武器を所持した4人の海賊にあっと言う間に占拠されてしまう。
  船員20人の自由の代わりに、自らが海賊の人質となった船長の運命と米国海軍特殊部隊ネイビーシールズによる救出作戦を描く。
  船長としての誇りと拘束された恐怖をリアルで、迫力ある演出で、最後まで緊張感溢れる展開であった。



詳細リンク:「映画」/悠々人の日本写真紀行

2013/12/13

演劇「三婆」/新橋演舞場

平成25年12月
新橋演舞場

演 目 役 者 観 劇 記
有吉佐和子原作
小幡欽治脚本
斎藤雅文演出


三婆
(さんばば)

三幕

   

 波野 九里子

 水谷 八重子

 沢田 雅美

 笹野 高史

 鈴木 章生

 鴫原 桂

 井上 恭太

  昭和28年初夏。金融業者であった夫が、妾の家の風呂場でぽっくり死去。あわてて、通夜の場を本宅へ移し、葬儀を済ます。
  死んで借財だけが残り、その返済のために妹と本宅の裏庭の一部が売却される。
  住むのに困った妹が残された本妻の住む家に転がり込んできて、さらに妾も部屋を貸して欲しいと申し込んできた・・・
  本宅に、本妻と妾と小姑の三婆が同居し、さらに、死んだ夫の会社の専務までが転がり込んでくる。年忘れ公演に相応しい抱腹絶倒の人情味溢れる喜劇であった。


詳細リンク:「演劇」/悠々人の日本写真紀行

2013/12/12

十和田市・稲生町~稲生川/旧奥州街道602

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三本木稲荷神社

旧街道に復帰すると、左側に三本木稲荷神社がある。

安政2年(1855年)から、盛岡藩士新渡戸傳によって開拓が行なわれ、
安政6年(1859年)に上水工事が終わった。
新たに三本木集落の開村にあたり、
もとの集落の産土神であった千歳村稲荷大明神を
現在地に勧請したのが始まり。

現在の社殿は、昭和41年に再建されたもの。
境内社として、馬と蚕の守護神である駒形大神を祭った駒形神社もある。




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十和田市街俯瞰/ホテルより

街道を少し戻り、予約してあったホテルルートイン十和田にチェクインする。
最近は不精になり、ホテルで食事を済ますことが多くなった。

写真は、ホテルの部屋より、旧三本木市街を南西方向を俯瞰したものだ。
写真中央を左から右奥に向かっている道が、
旧国道4号線(旧奥州街道)である。

まさに原野の中に、計画化された街が出来た感じである




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稲生川下流側

翌朝、ホテルで食事を済ませ、7:30に出発。
昨日の快晴とは一転して、雨の中の街道歩きとなった。

写真は稲生橋より、稲生川の下流側を見た写真である。

稲生川は、三本木(現十和田市)開拓の祖、新渡戸傳が
不毛の原野であった三本木原台地に、
奥入瀬川から取水し造った人工の河川だ。

この写真の左手に十和田観光電鉄の十和田市駅があった。
開業は大正11年で、当時は三本木駅であった。

三戸とここを結ぶ鉄道で、平成24年4月に廃止となったばかりで、
その跡地を利用して、
今は十和田元町ショッピングセンターとなっている。

当初の街道歩きの計画では、この十和田市駅より電車で八戸に向かい、
そこから東北新幹線で帰宅する予定であった。

しかし、廃線となり、仕方なくここ十和田市に宿泊し、翌日、
七戸十和田駅まで歩き、東北新幹線で帰宅することに
予定を変更したところである。





詳細リンク:旧奥州街道602「十和田市・稲生町~稲生川」/街道写真紀行
(十和田市 稲生町 元町東) 1205/1312

2013/12/08

十和田市・稲生町~官庁街通り/旧奥州街道601

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稲生町、町並み

旧街道(国道4号線)に復帰する。

次のみちのく銀行と青森銀行のある稲生交差点を左折すると、
日本の道100選に選ばれている官庁街通である。




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十和田市官庁街通り

国道4号線の稲生交差点を左折する。
官庁街通りで、別名駒街道と言う。

この辺は、戦前旧陸軍軍馬補充部があった。
戦後、軍馬補充部用地が開放され、官公庁用地として整備されたところだ。

幅員36m、長さ1100mの桜と松が4列の並木通となっている。
松が165本、桜が156本の並木道で、
桜が咲く頃はライトアップされるとのことだ。

また、この道は平成4年に「新・日本百景」にも選ばれている。




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官庁街通り、アート広場

官庁街通りを進むと左側に、アートの広場がある。

草間弥生作の「愛はとこしえ十和田でうたう」と題した彫刻群だ。
背後の建物は2008年にオープンした十和田現代美術館である。





詳細リンク:旧奥州街道601「十和田市・稲生町~官庁街通り」/街道写真紀行
(十和田市 稲生町 西三番町 西二番町) 1205/1312

2013/12/03

映画「42~世界を変えた男~」

平成25年12月
新宿ピカデリー

タイトル キャスト コメント
42~世界を変えた男~ 

 
2013年 
    米国


 監督
  ブライアン・
    ヘルグランド
  チャドウィック・
    ボーズマン

  ハリソン・
    フォード

  ニコール・
    ベハーリー

  クリストファー・
    メローニ

 
  1947年、ブルックリン・ドジャースのゼネラルマネージャーは、黒人青年ジャッキー・ロビンソンと契約。彼をメジャーリーグ史上初の黒人メジャーリーガーとして迎える。
  黒人初のメジャーリーガー、ジャッキー・ロビンソンの伝記映画。彼のつけた背番号は、アメリカの全球団が永久欠番としている。
  彼の半生を描くのではなく、ゼネラルマネージャーと出会ってからメジャーリーガーになるまでの3年間に焦点を当てて構成されている脚本は見事であった。



詳細リンク:「映画」/悠々人日本写真紀行



2013/12/02

十和田市・東三番町~太素の森/旧奥州街道600

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太素の森、大鳥居

旧街道より右折して、400mほど歩くと、正面に大鳥居が見えてきた。
太素の森の入口で、太素塚と書かれてあった。

太素塚は新渡戸3代の墓所である。

この鳥居は、大正10年旧三本木町民が、
荒野を美田と化して三本木町発展の基を開いた新渡戸傳翁の
遺徳を顕彰するため、永眠する太素塚の入口に建立したものだ。

現在の鳥居は、昭和43年の十勝沖地震で倒壊したため、
再建されたものである。




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新渡戸記念館

太素の森境内に入ると、新渡戸氏三代の銅像が、
新渡戸記念館を背にして建立されている。

右手前の刀を指しているのが、南部藩士新渡戸傳で、
その奥が長男・新渡戸十次郎、
そして左端が孫にあたる新渡戸稲造である。

背後の新渡戸記念館は、昭和40年に完成したものだ。

三本木原の開拓の祖新渡戸傳翁、長男十次郎氏、
十次郎氏の三男であり国際親善に活躍した
農学・法学博士新渡戸稲造氏の
蔵書や遺品を永久に保存する為に建築されたものである。




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太素塚

太素の森にある太素塚だ。
新渡戸氏三代の墓所となっている。

太素塚の「太素」は、
中国・朝鮮各王朝の始祖を称する廟号「太祖」からきているようだ。

あることを始めた人、始祖、元祖の意である。





詳細リンク:旧奥州街道600「十和田市・東三番町~太素の森」/街道写真紀行
(十和田市 東三番町) 1205/1312

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