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2013年10月

2013/10/31

十和田市伝法寺・上伝法寺~上ミ沢/旧奥州街道593

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伝法寺・駒形神社

伝法寺字蒼前堂にある光明寺の少し先の台地の上にある駒形神社。

駒形大神は、馬と蚕の守護神だ。
この辺も牧場であったのであろうか。

なお、駒形神社の本社は、奥州市にあり、式内社、陸中国の一ノ宮である。




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伝法寺、国道4号線

駒形神社から、前述の八幡宮の鳥居まで戻り、西へ向かう。

実は、この辺の旧奥州街道は失われ、
現存の道を辿らざるを得ないところだ

国道4号線に出て、ここから北上する。

本来は、この左側に旧街道があるはずであるが、
今は廃道となり、失われている。




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伝法寺上ミ沢

国道4号線で、小さな沢を渡り、
最初の丁字路で、左側の旧街道らしい道に入る。

実は最初、沢の手間側の細い道にも分け入ったが、
どうもおかしいので、国道4号線に戻り、この道に入り直した。

如何にも旧街道らしい道で、手元の地図と、
コンパスで確認すると方向も間違っていない。

意を強くして、この道をどんどん分け入って行くと、
左側が開け、左下に沢筋が見えてきた。

地名は、伝法寺字上ミ沢(かみさわ)と言うところである。

しかし、この先で作業をしている林業関係の人に
聞いてみると、どうも道が違うようだ。





詳細リンク:旧奥州街道593「十和田市伝法寺・上伝法寺~上ミ沢」/街道写真紀行
(十和田市 伝法寺 蒼前田 上伝法寺 上ミ沢) 1205/1310

2013/10/30

映画「おしん」

平成25年10月
横浜ムービル



タイトル キャスト コメント
おしん 
 2013年 
     日本


 監督
  冨樫森

  濱田 ここね

  上戸 彩

  岸本 加代子

  小林 綾子

  泉 ピン子


  明治40年、凶作が原因で口減らしのため7歳で奉公に出された小作人の娘・・・
  真冬の山形で全編撮影された映画。NHKで放映された「おしん」の少女時代に焦点を合わせて映画化したもの。短い時間で、無理なく纏めてある。





詳細リンク:「映画」/悠々人の日本写真紀行

2013/10/28

十和田市・97伝法寺宿(半宿)/旧奥州街道592

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伝法寺宿入口

街道を進むと左の高台に、伝法寺小学校がある。
平成24年度で、全児童数14人、学級数は3とのことだ。

そして、平成25年3月に閉校となり、児童は平成25年4月より
十和田市相坂にある藤坂小学校へ通うことになった。

かつての伝法寺宿に設けられた、
明治10年創立の由緒ある小学校が136年の幕を閉じたことになる。

伝法寺小学校の前を通るとすぐ、この分岐点がある。
旧街道は、この右の細い道で、
旧奥州街道97番目の宿場・伝法寺宿に入る。




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97伝法寺宿家並

旧奥州街道97番目の宿場・伝法寺宿の家並みだ。
宿と言っても、次の藤島宿と半月交代で継立業務を行なったようだ。

この辺に馬立場跡と伝えられる場所があったようで、
つい最近まで「立場っこ」と呼ばれていたとか。




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伝法寺、光明寺

街道右側にある浄土宗摂取山光明寺である。

旧街道はここで左折となっていたようだが、その痕跡は無かった。





詳細リンク:旧奥州街道592「十和田市・97伝法寺宿」/街道写真紀行
(十和田市 伝法寺 盲沼 下伝法寺) 1205/1310

2013/10/26

映画「そして父になる」

平成25年10月
新宿ピカデリー



タイトル キャスト コメント
そして父になる 
 2013年 
     日本


 監督
  是枝 裕和

  福山 雅治

  尾野 真千子

  真木 よう子

  風吹 ジュン

  国村 隼

  樹木 希林

  夏八木 勲


  6年間大切に育ててきた息子が、病院内で他人の子供と取り違えれていたことが判明。血縁か、これまで過ごしてきた時間か。
  病院の対応、そして二組の家族の選択は・・・。実話をベースにした映画。随所に織り込められた問題提起は秀逸。





詳細リンク:「映画」/悠々人の日本写真紀行

2013/10/22

十和田市境~十和田市米田/旧奥州街道591

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十和田市境

十和田市境である。
ここから五戸町大学沢から十和田市米田(まいた)と変るところだ。

この地名、米田は「まいた」とは読めなかった。

左側の標識には、「五千円札のふるさと」と大きく書かれてあった。

調べてみると、
前の五千円札に刷られた肖像・新渡戸稲造(今は樋口一葉)の、
祖父と父が、荒地であった現在の十和田市(三本木原)の開拓に
成功させたことによるそうだ。

なお、十和田市は奥入瀬川上流、中流域を占める都市で、
昭和30年に三本木町、大深内(おおふかない)村、
藤坂(ふじさか)村、四和(しわ)村と合併し、市制を敷いている。




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十和田市米田

十和田市に入ると、左側が大きく開けてきた。
地図によると、この先には牧場があったようだ。

十和田市は「駒の里」であり、
国道の看板には大きく「ようこそ駒の里へ」と書かれてあった。




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十和田市、後藤川上流側

さらに進むと、左側が開けた。
後藤川の上流方向で、左前方は一本松の集落のようだ。

後藤川は、十和田山(1054m)と戸来岳(1159m)の
北東の谷を源流として、十和田市で奥入瀬川に流入している川である。





詳細リンク:旧奥州街道591「五戸町・大学沢~十和田市・米田」/街道写真紀行
(五戸町 大学沢、十和田市 米田) 1205/1310

2013/10/21

演劇「大和三銃士」

平成25年10月
新橋演舞場

演 目 役 者 観 劇 記
アレクサンドル・デュマ
「三銃士」より
斎藤雅文脚色
きだつよし演出

大和三銃士
(やまとさんじゅうし))

   
   中村 獅童

   榎本 孝明

   真琴 つばさ

   藤井 隆

   濱田 崇裕

   早乙女 太一

  関ヶ原合戦から13年後。時代が豊臣から徳川へと傾く中、時代の流れに翻弄されながらも、自らの運命を信じ、駆け抜けていった三人の侍。淀君、秀頼、片桐且元、そして家康を絡めて描く歴史エンタテインメント。
  意欲的な設定と、痛快で面白い展開ではあるが、ミス・キャストが目立ち、学芸会のようなのは残念。熊野や大台ケ原のセットは迫力があった。
  フランスのアレクサンドル・デュマの「三銃士」を、日本の戦国時代に置き換えたものだが、もう一ひねり欲しかった。

詳細リンク

演劇」/悠々人の日本写真紀行

2013/10/18

五戸町・古堂後~根岸/旧奥州街道590

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明治天皇巡幸記念碑

街道を北上すると、
右側に「明治天皇田の草取天覧御聖蹟」と刻まれた記念碑がある。

ここで、明治天皇が田の草取りをご覧になったようだ。
旧街道歩きをしていて、このような草取り天覧記念碑は始めてであった。




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根岸八幡宮一之鳥居

快適な桜並木を通ると、右側に根岸八幡宮の一の鳥居があった。
この鳥居を潜り、少し進むと、この道沿い左側に二の鳥居があり、
急な階段を登ると、根岸八幡宮の社殿がある。

根岸八幡宮の拝殿は、見事な龍の彫刻である。
この拝殿は、昭和9年に再建されたものだ。

この八幡宮は、永正3年(1506年)、
南部家城代木村杢氏により建立された神社だ。
祭神は誉田別命である。




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根岸八幡宮御神木

根岸八幡宮境内にある御神木・イチイの大木lだ。
樹齢300年で、五戸町指定文化財となっている。





詳細リンク:旧奥州街道590「五戸町・古堂後~根岸」/街道写真紀行
(五戸町 油出 古堂後 根岸) 1205/1310

2013/10/15

映画「エリジウム」

平成25年10月
横浜ムービル

タイトル キャスト コメント
エリジウム 
 
 2013年 
     アメリカ

 監督
  ニール・
    プロムカンプ

  マット・
    デイモン

  ジョディ・
    フォスター

  シャールト・
    コプリー

  アリシー・
    ブラガー


  2154年・スペースコロニー「エリジウム」で生活する富裕層はパーフェクトな居住空間で過ごす一方、荒廃した地球に暮らす貧困層は、ひどい搾取に苦しんでいた。
  虐げられた地球の住人の命を懸けた反撃の戦いに挑む。と、何処かで似た様な話ですが、映像、特に荒廃した地球の映像などは見事でした。


詳細リンク:「映画」/悠々人の日本写真紀行

2013/10/11

五戸町・五戸川~川原町/旧奥州街道589

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五戸川、上流側

五戸宿よりの急坂を下って行くと、五戸川に架かる五戸橋を渡る。

写真は、
五戸橋より左側(上流側)を見た写真だ。
左側の丘の上には、五戸宿の代官所があったところである。

五戸川は、十和田湖の外輪山東縁の十和利山(991m)を源流として、
五戸を通り、八戸で太平洋に流入している流路延長50,7kmの河川である。




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菊駒酒造

旧街道は五戸川に架かる五戸橋を渡るとすぐ左折となる。

左折して、少し進むと左側に八戸酒類㈱五戸工場、㈱菊駒酒造がある。
前者の清酒の銘柄は「如空(じょくう」)で、後者は「菊駒」である。

この二つの酒は、どちらも明治43年創業の菊駒酒造が造っている。
五戸川と底を一つとした蔵井戸の湧水を使用し、醸した地酒とのことだ。

戦時下の企業整備令により、
青森県三八地区の酒造会社6社が統合されて「八戸酒類」となり、
その五戸工場が元の菊駒酒造であった。

当初は、八戸酒類はこの菊駒の銘柄をそのまま使っていたが、
戦後になって商標権、製造権で揉め、
八戸酒類では菊駒を如空と名前を変えて、
同じものを販売するようになったとのことだ。




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旧街道、川原町

稲荷社菊駒酒造の前を過ぎると、旧街道は右折して北西に向かう。

その左側に赤い鳥居の小さな祠があった。
川原町の稲荷社のようだ。





詳細リンク:旧奥州街道589「五戸町・五戸川~川原町」/街道写真紀行
(五戸町 沢 川原町 伝兵衛丁) 1205/1310

2013/10/08

五戸宿・新町~沢/旧奥州街道588

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五戸歴史みらいパーク

旅館を朝7:00に出発して、前日中断した新町交差点より旧街道に復帰する。

新町交差点から、少し歩くと丁字路となり、その先が枡形となっている。

その枡形のところにある、五戸町歴史みらいパークである。

平成10年のオープンしたばかりの新しい施設だ。

園内には、YS-11機の生みの親であり、
五戸町名誉町民である木村秀正博士記念コーナー「木村秀政ホール」を
併設した、五戸町立図書館となっている。

歴史みらいパークの住所は、青森県三戸郡五戸町字舘1-1となっている。




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五戸代官所

五戸町歴史みらいパークには、
文久年間(1861~1864年)に建築された代官所の門と、
当時の平面図を基に再現された代官所(上写真)がある。

五戸代官所は、廃止となる明治2年までの約234年間にわたり、
五戸通り(三戸郡13ヶ村)、北郡(15ヶ村)の司法、行政、
警察権を統括し、藩政末期には1万4170石を領していた。




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旧街道、五戸宿出口付近枡形

五戸宿の中を進むと、小さな十字路となる。
判りにくいが、旧街道はここで左折となる。

十字路の電柱の看板には、馬の里五戸らしく、
「馬肉専門店 尾形」と書かれてあった。
自前の牧場で飼育された馬肉を販売し、
馬肉料理のレストランも経営しているようだ。

小さな十字路を左折すると、急な下り坂となる(上写真)。
この細い道が旧奥州街道で、この先で右に大きくカーブしている。





詳細リンク:旧奥州街道588「五戸宿・新町~沢」/街道写真紀行
(五戸町 新町 上大町 下大町 下タノ沢 沢) 1205/1310

2013/10/05

五戸町・神明後~新町/旧奥州街道587

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五戸宿俯瞰、神明宮より

神明宮から、五戸市街を見下ろした写真で、この先が八戸方面である。

五戸町は、五戸川中流域を占め、
八戸市、十和田市、六戸町、南部町、おいらせ町に隣接した町で、
人口は1.8万人(2013年)である。




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新町交差点

神明宮から街道に復帰し、更に坂を下って行くと、新町交差点となる。
この先で街道は枡形となり、右折となる。

今回はこの交差点で旧奥州街道歩きを中断して、
右折し今夜の旅館に向かう。




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五戸、旅館「さ・くら屋」

新町交差点を右折して、約1kmほど坂を登ったところに、
予約してあった旅館さ・くら屋がある。

五戸名物の馬肉料理(馬刺、馬鍋等)が売りの、
未だ新しい旅館であった。





詳細リンク「旧奥州街道587「五戸町・神明後~新町」/街道写真紀行
(五戸町 神明後 新丁 新町) 1205/1310

映画「タイムスクープハンター/安土城最後の一日」

平成25年10月
新宿ピカデリー



タイトル キャスト コメント
タイムスクープハンター/安土城最後の一日 
 
 2013年 
     日本

 監督
  中尾 浩之

  要潤

  夏帆

  杏

  梳任 三郎

  宇津井 健

  嶋田 久作


  タイムワープして歴史の裏側に迫る時空ジャーナリストは、信長が天下統一の拠点とした安土城の消失した謎に挑む。
  意気込みは良いが、どうも中途半端。残念である。その時代を背景とした物語りは退屈しないで観られた。






詳細リンク:「映画」/悠々人の日本写真紀行

2013/10/03

五戸町・二本柳~愛宕丁/旧奥州街道586

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旧奥州街道追分

国道4号線の五戸バイパスを渡ると、旧街道との分岐がある。
どちらの道も五戸町中心部に向かっているが、
旧奥州街道は左側の狭い道である。

この辺の右側の地名が、五戸町追分となっている。




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旧奥州街道、愛宕丁

下りの一本道となっている。

旧街道の左側の地名が、順に五戸町古街道長根、
そして愛宕下夕(あたごした)で、
右側は追分、そして愛宕丁(あたごちょう)となっている。

この坂を下ったところが、旧奥州街道96番目の宿場、五戸宿である。




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五戸神明宮参道入口

坂を下って行くと、五戸宿入口近くの右側に、神明宮の鳥居がある。

この急な階段を登った上に神明宮がある。
当地の開拓者である木村與市が、宝永2年(1705年)に建立した神社で、
南部藩より社領として2石を賜っていたとのこと。

明治17年の五戸大火で消失したため、
現在の社殿は明治41年に再建されたものである。





詳細リンク:旧奥州街道586「五戸町・二本柳~愛宕丁」/街道写真紀行
(五戸町 二本柳 古街道長根 愛宕下夕 追分 愛宕丁) 1205/1310

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