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2013年5月

2013/05/29

二戸市金田一・小野~姉滝/旧奥州街道548

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無名沢、カモシカ

金田一・小野の坂を上ると、沢の側に出る。
無名沢と云い、姉滝の上流側の沢である。

ここで、驚いたことに、沢の反対側で、カモシカがこちらを見ていた。
カモシカは好奇心が強く、人間を見にくるというが本当だ。

カメラを向け撮影すると、
驚きもせず、沢沿い上流方向(左側)にゆっくりと立去った。




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姉滝神社

沢の右側にある姉滝神社だ。
以前は姉滝大明神と呼ばれていた。

祭神は蛇で、雨乞い神社とのことである




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姉滝

姉滝神社の背後から、姉滝を見下ろした写真である。
結構な落差で、15mあるという。

旧奥州街道沿いの滝としては最大のものだ。
冬は、このまま氷結し、見事な氷瀑が見られるとのことだ。





詳細リンク:旧奥州街道548「二戸市金田一・小野~姉滝」/街道写真紀行
(二戸市金田一字小野) 1205/1305

2013/05/23

二戸市金田一・水梨~小野/旧奥州街道547

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水梨、旧街道鳥居

共同墓地の横を通り、さらに坂を上ると、今にも朽ちそうな鳥居があった。
      
この先の道根山神社のものであろう。



90kindaic32s  道根神社

旧道の急な旧坂を登っていくと、石段がありその上に神社があった。
額柄に「道根山神社」と書かれてあった。

金田一にも、60歳になると山に捨てる風習があった。
      
家の人が、山に行って見ると捨てられた老人が死なないで、
目には沢山の蟻が付いており、目が見えなくなっていた。
      
家に連れて帰ったら、
「私は死んだ身だ」と言って水だけを飲み断食し、死んでいった。
      
それを伝え聞いた近所の人が、
山の一部を切り開き、竹を四方に立て、
縄を張り小さなお堂を作った。
      
そして、自分が神となり村民を貧困から救ってやりたいと、
その中で断食して死んでいった。
      
後に、その息子が、神になった父の願いどおり、
父を埋葬したところに、三間四方のお堂を建て、
「道根山神社」として祭ったということだ。



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願海庵

道根神社の背後の車道を挟んで、反対側にある願海庵(がんかいあん)。
      
寺の由来書によると、永暦元年(1160)、
叡山の僧が打ち続く兵乱の京洛を嫌って遁れ、
金田一村に来て、庵を結んだのが始まりとか。
      
京都知恩院の直来寺で、奥州随一の別格の寺とのことだ。

願海庵の横道が、旧奥州街道だ。
道の右側に二戸市が立てた「奥州街道」と書かれた道標があり、嬉しかった。

街道はこの先、下り道となり、金田一小野の集落に向かう。



         

詳細リンク:旧奥州街道547「二戸市金田一・水梨~小野」/街道写真紀行
(二戸市金田一字水梨、小野) 1205/1305

2013/05/21

二戸市金田一~水梨峠/旧奥州街道546

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倒木、水梨峠旧街道


さらに峠道を登っていくと、倒木が旧道を完全に塞いでいた。

どう通過するか一瞬迷ったが、小枝を手で折って、
リュックを先に通してから、倒木の下を潜って、何とか通過する。

さらに進むと、また、倒木があった。
右側は崖であるので、倒木を乗り越えて通過する。

足元も、木の枝や枯れ草で歩きにくいところであった。

なお、後で確認したところ、これらの倒木は大雪によるもので、
今は除去されているとのことだ。




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旧街道、水梨峠

倒木地帯を過ぎると、崖のそばの道となる。
今にも崩落しそうな道であった。




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馬淵川、東北新幹線

旧道右側の崖下を恐る恐る覗いた写真だ。

馬淵川に架かる東北新幹線の鉄橋と、
その左側は新幹線の金田一トンネルの入口である。

そして、その下を走る道路は国道4号線だ。





詳細リンく:旧奥州街道546「二戸市金田一~水梨」/街道写真紀行
(二戸市金田一字水梨) 1205/1305

2013/05/19

二戸市金田一・IGR踏切~水梨峠/旧奥州街道545

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金田一・IGR踏切


旧街道は、ここで新幹線の高架の下を潜り、
IGRいわて銀河鉄道の踏切を渡る。

ここからは、山道の峠越えである。




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水梨・峠道

IGRいわて銀河鉄道の踏切を渡り、崖の上の細い道を行く。
右下にはIGRいわて銀河鉄道が走っているところだ。

道の左側に、二戸市で建てた「奥州街道」と書かれた道標があり、
心強かった。




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水梨・小野峠道

やがて、右側は開けてきた。

馬淵川が見下ろせ、その先には対岸の段ノ越集落が見えてきた。





詳細リンク:旧奥州街道545「二戸市金田一・IGR踏切~水梨」/街道写真紀行
(二戸市金田一字水梨) 1205/1305

映画「L.A.ギャングストーリー」

平成25年5月
横浜ムービル

タイトル キャスト コメント
L.A.ギャングストーリー
 
 2012年 
     米

 監督
 ルーベン・
   フライシャー

  ジョシュ・
    ブローリン

  ライアン・
    ゴズリング

  ショーン・
    ベン

  エマ・
    ストーン


  1949年ロサンゼルスで、実在したギャング王ミッキー・コーエンは、ドラッグや銃器売買、売春などで得た金で町を牛耳っていた。警察や政治家までも買収し、誰も歯向かえずにいた。
  対して、町の平和を取り戻すべくロサンゼルス市警本部長に選ばれた6人の男達は、身分を隠し闇社会に戦いを挑んでいく。
  第二次大戦後の荒廃したロサンゼルスを舞台に、ギャング顔負けの手段で、ギャング王を追い込んでいく展開は、痛快であった。





詳細リンク:「映画」/悠々人の日本写真紀行

2013/05/17

二戸市・IGR金田一温泉駅/旧奥州街道544

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金田一温泉駅前


金田一宿を抜けたところにあるIGRいわて銀河鉄道の線路を渡る。

写真は、IGRいわて銀河鉄道の金田一温泉駅前である。
駅舎は次の交差点を左折したところだ。

駅名となっている金田一温泉は、
写真右(東)側の馬淵川の畔にある。

以前は湯田温泉と呼ばれていた。
地名は今でも、金田一字湯田となっている。

開湯は寛永3年(1626年)で、湯田の文字通り、
田圃から湯が沸いたことによる。
南部藩の指定湯治場となり、「侍の湯」とも呼ばれていたようだ。

この温泉をモデルにした三浦哲郎の
「ユタとふしぎな仲間たち」、「白夜を旅する人々」、「盆土産」等がある。

なお、言語学者の金田一京助氏は、盛岡の出である。




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IGR金田一温泉駅

街道左側にあるIGRいわて銀河鉄道の金田一温泉駅。
東京より613.7kmだ。

明治42年の開業当時は金田一駅であった。

昭和62年に、現在の金田一温泉駅と改称されている。
いわて銀河鉄道の岩手県北端の駅で、
次の目時駅からは青い森鉄道となる。

金田一温泉駅は、水梨地区(金田一字水梨)である。

この水梨(みずなし)は、地名としてはここだけであるが、
姓名としては岩手県二戸市金田一から青森県の三戸町にかけて、
多い姓となっている。

水無、水梨子となっているところもあるようだ。




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旧街道分岐

金田一温泉駅前の少し先で、旧奥州街道は、
自販機のある店の角の細い道となる。

正面の高架は東北新幹線である。

旧街道に入ると、細い道となる。
この先で、IGRいわて銀河鉄道の線路を渡り、新幹線の高架下を潜っていく。






詳細リンク:旧奥州街道544「二戸市金田一・下平~金田一温泉駅」/街道写真紀行
(二戸市金田一 下平 駒焼場 水梨) 1205/1305

2013/05/15

「柿茸落五月大歌舞伎」/新歌舞伎座

平成25年5月
新歌舞伎座

演 目 役 者 観 劇 記
伽羅先代萩
(めいぼくせんだいはぎ)

  御 殿
  床 下


  一幕二場

   
乳人政岡
      藤十郎

沖の井
      時 蔵

松島
       扇 雀

仁木弾正
       幸四郎

荒獅子男之助
       吉右衛門

  お家横領を企む仁木弾正らは、幼君鶴千代の命を狙おうとするが、乳人政岡が自分の子千松と共に幼君の守護に務めている。
  そこへ、管領の奥方栄御前が来訪し、幼君に毒の入った菓子を勧めると、横から走りよった千松がその菓子を頬張る・・・。 
  仙台藩の伊達騒動を題材にした時代物の大作。二幕目の床下での幸四郎と吉右衛門の絡みは見応えがあった。

夕霧、伊左衛門
廓文章
(くるわぶんしょう)

  吉田屋

  竹本連中
  常磐津連中
藤屋伊左衛門
      仁左衛門

吉田屋女房おきさ
      秀太郎

扇屋夕霧
      玉三郎

吉田屋喜左衛門
      彌十郎

  放蕩の末、勘当された伊左衛門は、紙衣姿に零落しながらも夕霧逢いたさに、新町の吉田屋へやってくる。
  吉田屋の主人喜左衛門夫婦の情により座敷に通され、夕霧に会うことができるが、伊左衛門は素直になれず、夕霧に拗ねて連れなくあたる・・・・
  廓の情趣溢れる上方和事の代表作。男女の機微を演じた仁左衛門、玉三郎は流石であった。

  今回は歌舞伎座新開場の柿茸落とし公演で、新しく建て替えられた歌舞伎座での初観劇であった。

詳細リンク「演劇」/悠々人の日本写真紀行

2013/05/14

二戸市・金田一宿・野月~IGR踏切/旧奥州街道543

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延命地蔵尊

街道左側にある延命地蔵尊。

説明板に書かれた由緒によると、
今から約260年前の天文年間に大坂で造られ
八戸から大八車で一戸まで運ばれる途中の金田一で動かなくなり、
イタコに口寄せさせたところ、
「金田一の人達から拝んでもらいたい」と言ったので、
この地に奉られたと伝わっている。

明治24年、東北本線工事の時、線路用地にかかり、
このお堂に安置された。

延命地蔵は、短命・夭折から赤子を護るとされ、
今でも地元の信仰を集めている。




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金田一石塔群

延命地蔵尊の境内に集められた石塔群。

右より、「大乗妙曲一字一石」、「十和田山」、「百萬遍供養」、「山神」、
「二十三夜塔」、「庚申」等々、金田一宿の多彩な民間信仰が
偲ばれる石塔群だ。




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金田一IGR踏切

金田一宿の大釜に入ると、旧街道はいわて銀河鉄道と重なり消滅する。

ここで、IGRいわて銀河鉄道の踏切を渡り、線路の右側となる。






詳細リンク:旧奥州街道543「二戸市金田一・野月~IGR踏切」/街道写真紀行
(二戸市金田一 野月 大釜 駒焼場) 1205/1305




2013/05/10

二戸市・堀野~金田一宿/旧奥州街道542

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94金田一宿


堀野から金田一(きんたいち)までの旧道は途中で失われているので、
迂回して、馬淵川に架かる長瀬橋を渡り金田一集落に入る。

金田一集落は、旧奥州街道94番目の宿場のあったところだ。
遺跡、遺構は残されていないが、この辺あたりから宿場であったようだ。

金田一宿は、岩手県最北の宿場である。
地名の由来は諸説あるが、南部氏の祖光行の第4子が四戸氏を名乗り、
そこから金田一氏が出た説と、アイヌ語源説もあるようだ。




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金田一宿・仲町

金田一宿の仲町の家並みである。
地名からして、この辺が金田一宿の中心部であったのであろう。




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金田一宿・野月

金田一宿の仲町から野月地区に入る。
この先の横断歩道のある道を左折した所に、
金田一中学校のあるところだ。 

金田一中学は船越山(324.7m)の東山麓にる。

地名としての四戸は残されていないが、
船越山東麓に四戸城(金田一城)があったようだ。

築城時期等の仔細は不明であるが、城主は鎌倉初期、
陸奥国糠部郡の地頭職として下向した南部光行の
四男宗朝を祖とする四戸氏と伝えられている。

四戸城は、天正19年(1591年)の九戸政実の乱後に廃城となった。



詳細リンク:旧奥州街道542「二戸市・堀野~金田一宿」/街道写真紀行
(二戸市金田一 上田面 荒田 八ッ長 野月) 1205/1305

2013/05/08

二戸市・IGR二戸駅~斗米駅口/旧奥州街道541

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IGR二戸駅


雪解けを待っての、旧奥州街道徒歩の旅の再開である。

前回は雪の積もった一戸小繋のヨノ坂峠を越えたが、
今回は、5月の新緑が眩いくらいであった。

東京発6:28のはやて11号で、二戸駅に着いたのが9:20。
ここで、いわて銀河鉄道に乗換え前回街道歩きを中断した斗米駅に向かう。

待ち時間があったので、駅前を少し散歩した。




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IGR斗米駅口

二戸発9:51のIGRいわて銀河鉄道の八戸行に乗り、
斗米駅に着いたのは9:53であった。

斗米駅で下車する人は、誰もいなかった。

IGR斗米駅を下車して、旧奥州街道に復帰する。
今回も、今にも雨が降りそうな天気であった。

今回の旧街道歩きの計画は、3泊4日の歩行で、
東北新幹線の停車駅である七戸十和田駅までを予定している。




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馬淵川下流側


馬淵(まべち)川の下流側を見た写真だ。

今までの旧街道は、馬淵川の右(東)側であったが、
この先で馬淵川の左側(西)となる。





詳細リンク:旧奥州街道「二戸市・IGR二戸駅~斗米駅口」/街道写真紀行
(二戸市 石切所 米沢 堀野) 1205/1305


2013/05/07

映画「リンカーン」

平成25年5月
新宿ピカデリー




タイトル キャスト コメント
リンカーン
 
 2012年 
     米

 監督
  スティーヴン・    スピルバーグ

  ダニエル・
    デイ=ルイス

  サリー・
    フィールド

  デヴィッド・
    ストラザーン

  ジョセフ・ゴードン
    =レヴィッド

  ロミー・リー
    ジョーンズ


  奴隷制の廃止と禁止を強固なものにし、泥沼化した南北戦争を終結させるために、憲法の改正に挑む、第16代アメリカ合衆国大統領エイブラハム・リーンカーン。
  伝記映画というより、重厚な政治ドラマ。脚本が良く、実に見応えのある映画となっている。主役のダニエル・デイ=ルイスが、アカデミー賞の主演男優賞を獲得した映画。





詳細リンク:「映画」/悠々人の日本写真紀行

2013/05/05

二戸・掘野~IGR斗米駅/旧奥州街道540

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馬淵川畔


旧奥州街道より別れ、いわて銀河鉄道IGRの斗米駅に向かう。

その途中右側の馬淵川畔に、
「宝の案内板(堀野・米沢)」と書かれたモニュメントがある。

地元二戸市堀野、米沢(まいさわ)地区の
「楽しく美しいまちづくり」事業の一環で、
地元の「宝さがし」を進めているようだ。




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堀野・米沢地区宝マップ

説明板によると、堀野・米沢地区は、
市街地の真ん中に縄文遺跡があり、
その他にも、二戸の歴史的拠点となりうる遺跡や、館跡などがある。

また馬淵川、沢内川、佐々木ヶ池など、縄文以来数千年の間、
人々に親しまれてきた水と緑の豊かな自然も備わっている。

縄文古来の歴史と、身近な自然のふれあいの中で、
生活を営んできた先人たちの心を受け継ぎ、町づくりを進めるている。

そして、堀野・米沢地区を「縄文の心を伝えるまちづくりゾーン」と
命名したとのことだ。




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IGR斗米駅

国道4号線を渡ると、目の前にいわて銀河鉄道IGRの斗米駅が見えてきた。
駅と言っても、駅舎の無い無人駅であった。

昭和41年の開業で、東京より609kmの駅で、
元斗米信号所のあったところだ。
上りホームにのみ、小さな待合室(写真右)があり、
ここで雨露が凌げるのは助かった。

写真中央の小さな建物は、トイレである。

駅で電車を待っていると、駅前のスーパーで買い物をして、
二戸に戻る年配の婦人がやってきた。
二戸から電車に乗り、わざわざ買い物に来るという。

いろいろと地元の近況を伺う。
この駅からの乗客は私と、その婦人だけであった。


今回は、ここで14:43発の電車に乗り、二戸駅に向かう。

二戸で、15:09発の東北新幹線「はやて30号」に乗り、
東京に着いたのが18:08であった。





詳細リンク:旧奥州街道「二戸市・堀野~IGR斗米駅」/街道写真紀行
(二戸市 堀野・三十刈、米沢・荒谷、家ノ上、沢内) 1111/1305

2013/05/02

二戸市福岡宿・中町~長嶺/旧奥州街道539

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福岡宿中町

白鳥川に架かる岩谷橋を渡ると、福岡宿の中町に入る。
この辺が、福岡宿の中心部であったようだ。

写真は、老舗の村田旅館だ。
昨夜は、日程の関係で、福岡八幡下の二戸パークホテルに泊まったが、
街道沿いのこの旅館の方が便利そうだ。

宿泊費も、2食付きで6000円とリーズナブルである。




88kunohej43s  善導寺

街道右側にある善導寺。
文亀元年(1501年)、京都の僧が、ここに草庵を結んだのが起源とか。

街道を挟んで左側(西側)にある龍岩寺は、
万治元年(1658年)開基で、相馬大作事件で知られた、
相馬大作(下斗米秀之進将真)の墓があることで知られている。


文政4年(1821年)、南部藩士であった相馬大作が仲間と、
参勤交代で江戸から帰国途中の津軽藩主・津軽寧親を襲ったが
未遂に終わった。

大作は南部藩を出奔したが、幕府に捕えられ、獄門の刑を受けた。

この相馬大作を祀る大作神社が、
前述の九戸城松ノ丸の呑香稲荷神社の隣に建っている。

戦国時代末期からの確執で、
南部藩は津軽藩を敵視していたので、地元の英雄扱いであった。

また、当時の江戸市民はこの事件を赤穂浪士の再来と騒ぎ立てた。
講談や小説・映画・漫画の題材としても採り上げられ、
この事件は「みちのく忠臣蔵」などとも呼ばれるようになった。




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斗米駅口

福岡長嶺地区に入ると、街道右側に二戸の歴史民族資料館がある。

九戸政実が活躍した二戸は、南部藩発祥の地である。

歴史民族資料館には、歴史コーナー、民族コーナーの他、
先人コーナーで、相馬大作の遺品や、
前述の田中舘愛橘等の資料が展示されている。

前方に、IGR斗米駅入口の案内標識が見えてきた。
二戸市福岡を抜け、堀野・三十刈地区に入る。

今回は、ここで旧街道歩きを中断して、次の信号で左折、
いわて銀河鉄道の斗米駅に向かう。





詳細リンク:旧奥州街道539「二戸市福岡宿・中町~長嶺」/街道写真紀行
(二戸市 福岡・中町 下中町、下町、田町、長嶺、堀野・三十刈) 1111/1304

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