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2013年2月

2013/02/28

二戸市・馬淵川~一戸町・小鳥谷駅/旧奥州街道514

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馬淵川

馬仙境より戻り、馬淵川に架かる川原橋より下流側を見た写真である。

馬淵川は、前述の平糠川、小繋川が合流して、
この先八戸市から太平洋に流入している河川である。




86ninohe04s  二戸パークホテル

二戸駅から約1.3km離れた二戸の市街地入口付近にある
二戸パークホテルに宿泊する。

二戸の中心部で、かつての九戸城下町、奥州街道の宿場・福岡宿は、
ここからさらに先(北東部)である。  

近くに手ごろな店も無いので、ホテルのレストランで夜食をとる。
値段もリーズナブルで、味も良かった。




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朝のIGR小鳥谷駅

翌朝は、昨日二戸のスーパーで購入したカップめんと
牛乳、パンで朝食を取り、未だ夜の明けない朝の6時にホテルを出た。

二戸駅発6:35のいわて銀河鉄道に乗り、
前回中断した小鳥谷駅に着いたのは、6:45であった。

冬の朝は未だ、薄暗かった。
雨の中、ここから旧奥州街道の徒歩の旅の再開である。





詳細リンク:旧奥州街道514「二戸市・馬淵川~一戸町・小鳥谷駅」/街道写真紀行
(二戸市川原、福岡l八幡下、一戸町小鳥谷、野里)) 1111/1303






2013/02/26

一戸町・小鳥谷駅~二戸市・馬仙峡/旧奥州街道513

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小鳥谷駅入口、丁字路

小鳥谷の中屋敷の集落の外れまでくると、
いわて銀河鉄道IGRの小鳥谷駅入口がある。

この丁字路を右に曲がり、130mほど進むと小鳥谷駅となるところだ。

写真は国道4号線と、小鳥谷駅前通の丁字路にある米屋だ。
水晶米の店、佐藤商店と書かれた看板がたっている。

「水晶米いわて」は、今は「純情米いわて」と言うようだ。

JAグループが集荷・仕入れ・販売している米の
ブランド名パールライスの1グループのようだ。




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IGR小鳥谷駅

丁字路を右折して150m程で、IGRいわて銀河鉄道小鳥谷駅に着く。
明治24年に開業した、東京より595.1kmにある駅である。

駅の壁面には、「祝、小鳥谷駅開業120周年」と書かれた
大きな横断幕が張られてあった。

駅舎の中に、「ニコニコ駅こずや」があり、
地元の農産物などが販売されている。

ここの、一本70円の「くしもち」は、小麦粉の饅頭を茹であげ、
特製の味噌をからめて炭火で焼いたものとのことであった。

今回は、旧街道歩きを中断して、電車で二戸駅に向かう。
小鳥谷駅近辺には宿泊するところが無いので、
二戸のホテルに宿泊するためである。




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馬淵川、馬仙峡

小鳥谷駅15:03発の電車で、二戸駅に着いたのは15:15であった。
初冬の日の入りは早く、もう薄暗かった。

宿泊予定のホテルは、二戸駅から1.3km離れている。

写真は、ホテルへ向かう途中の馬淵川に架かる川原橋から、
上流側に少し歩いたところだ。

馬仙峡(ばせんきょう)は、
馬淵川中流に位置する岩手県県北有数の渓谷で、
馬淵川にある仙境と言う意味合いで命名された。

男神岩(比高180m)、女神岩(比高160m)、
大崩崖(おおほうがけ)、明神ヶ淵などの名所がある。





詳細リンク:旧奥州街道513「一戸町・小鳥谷駅~二戸市・馬仙峡」/街道写真紀行
(一戸町小鳥谷字中屋敷、二戸市石切場、川原) 1111/1302

2013/02/24

一戸町小鳥谷・仁昌寺~中屋敷/旧奥州街道512

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小鳥谷旧家、明治天皇御小休所跡

小鳥谷の集落に入るとすぐ左側に由緒ありそうな大きな家がある。

その前の植木の所に、明治天皇小休所跡と書かれた標識が立っていた。
背後の旧家は、旧小鳥谷村の村長をされていた元庄屋の家とのことであった。




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小鳥谷、国道4号線合流点

ここで、旧奥州街道は、現国道4号線に吸収されている。



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藤島のフジ、国天然記念物

国道4号線に合流してすぐ左の道に入ったところにあるのが、
写真の藤島のフジである。

このフジは、別名ノダフジとも呼ばれ、春から初夏にかけ紫色の花をつける。

もともとこのフジは、すぐ隣のカツラに纏わりついていたが、
その重みでカツラの枝が折れたため、今は鉄骨の櫓と支柱で支えられている。

樹齢数百年と言われ、高さは20m、日本一大きいフジとして知られ、
昭和13年に国の天然記念物に指定された。

当時は根回りが3.3mあったが、
今は老木のため今のような状態になっている。

この地は、古くから仁昌寺の境内で、
天正19年(1591年)九戸政実が起こした闘いの際には、
秀吉軍の蒲生氏郷が、姉帯城攻略のため陣を張った場所と伝えられている。

当時、フジのあるところは、周囲三方に堀が巡り、
あたかも島のように見えたことから藤島の名がおこったようだ。

今はこの堀もなくなり、
フジの根元近くには弁財天を祭る小さな祠が建てられていた。


同じ敷地内には、観音堂のフジがある。

こちらは樹齢約150年で、平成4年に
一戸町の天然記念物に指定されたものだ。





詳細リンク:旧奥州街道512「一戸町小鳥谷・仁昌寺~中屋敷」/街道写真紀行
(一戸町小鳥谷 仁昌寺 中屋敷) 1111/1302



2013/02/23

映画「王になった男」

平成25年2月
渋谷東急



タイトル キャスト コメント
王になった男
 
2012年 
     韓国

 監督
  チェ・チャンミン

  イ・ビョンホン

  リュ・スンリョン

  ハン・ヒョジュ

  キム・イングォン

  シム・ウンギョン


  1616年、暴君の悪名高い朝鮮第15代王の光海君は、権力争いの渦中にあり、常に暗殺の危機にさされていた。そんな折、王とそっくりの容姿を持つ平民の道化師が王の影武者として宮中に上がることになる・・・
  御馴染みの替え玉物語であるが、面白く纏めてある。





詳細リンク:「映画」/街道写真紀行

2013/02/22

一戸町小鳥谷・上里~八幡神社/旧奥州街道511

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旧街道、小鳥谷

街道の峠道の頂上付近にある五月舘の追分石からは、
気持ちの良い下り坂となる。




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小鳥谷バイパス

正面が開け、前方に小鳥谷の集落が見えてきた。

手前の道路は、未だ新しい国道4号線の小鳥谷バイパスで、
旧街道はその下のトンネルを潜るようになっている。

このバイパスが出来たおかげで、
小鳥谷の集落を通る国道4号線を利用して、
小鳥谷まつりの山車運行が、平成20年に約40年ぶりに復活した。




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小鳥谷八幡神社

小鳥谷バイパスの下を潜ると、
右側岡の上に、小鳥谷八幡神社が鎮座している。

この神社の例大祭である小鳥谷まつりでは、
神輿や、七つ物踊り、高屋敷神楽などが
ここから一里塚のある野中まで旧街道を渡御するようだ。

七つ物踊りは、
複数の舞手が7種類の宝物を繰り回しながら踊るとのこと。





詳細リンク:旧奥州街道511「一戸町小鳥谷・上里~八幡神社」/街道写真紀行
(一戸町小鳥谷 五月舘 上里) 1111/1301


2013/02/20

一戸町・高屋敷~五月舘/旧奥州街道510

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高屋敷丁字路

高屋敷の集落より緩い坂を登っていくと、丁字路となる。
旧街道は右側の道だ。

一戸町の建てた奥州街道の道標が嬉しかった。
「右 五月舘の追分石、左下 川底一里塚」と記されてあった。

この丁字路を左に行くと、若子内方面の沢沿いの道である。

丁字路を右に進む。
如何にも旧街道らしい、快適な登り道である。




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五月舘峠

坂を登ってくると、峠の頂上付近となる。
右側の案内標識によると、ここが五月舘である。

そして、直進すると
「小鳥谷駅 1.4km、野中一里塚 1.7km、
藤島のフジ 1.5km」と記されてあった。




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五月舘追分

五月舘の追分である。

写真は峠の頂上から今来た道を振り返って撮影したものだ。
左側が旧奥州街道で、右は山道(尾根に出る道)だ。

写真中央の黒い石が、五月舘の追分石である。

五月舘の追分石には、「右ハ山道、左ハもり岡」と刻まれてあった。
文久元年(1861年)に建立されたものである。





詳細リンク:旧奥州街道510「一戸町・高屋敷~五月舘」/街道写真紀行
(一戸町小鳥谷 高屋敷 五月舘) 1111/1302

2013/02/18

一戸町小鳥谷・高屋敷集落/旧奥州街道509

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高屋敷追分

高屋敷集落のほぼ中央にある追分だ。
旧奥州街道は直進で、左に曲がると上女鹿沢(かみめがぐち)方面である。

写真右に、一戸町で立てた奥州街道案内標識がある。

このまま直進すると、
五月舘の追分石1.3km、藤島のフジ2.2kmと記されてあった。

高屋敷は、東に流れる平糠川に沿った高台にある集落だ。
歴史は古く、江戸時代以前にも街道沿いの集落として発展していた。

江戸時代は、南北に走る奥州街道の他、
ここから現在の八幡平市の中佐井との馬継所でもあったようだ。




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高屋敷集落出口、下の井戸

旧奥州街道を北上すると、高屋敷の北の出口付近に、下井戸がある。

往時は、この井戸を15戸で利用していた。
今でも両隣の2戸が、ポンプにより汲み上げ利用しているとのことだ。




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高屋敷、旧街道

高屋敷の集落を抜けると、旧奥州街道は未舗装の道となる。

この先右側は、姉帯小鳥谷根反(あねたい・こずや・ねそり)の
珪化木地帯として、国の天然記念物に指定されているところである。

馬淵川と平糠川の合流地点から根反方面の川床や川岸に
珪化木が多く露出しているようだ。





詳細リンク:旧奥州街道「一戸町小鳥谷・高屋敷集落」/街道写真紀行
(一戸町小鳥谷 高屋敷) 1111/1301

2013/02/17

映画「アウトロー」

平成25年2月
横浜ムービル



                                                             
タイトル キャスト コメント
  アウトロー
       
      2012年 
           アメリカ
      
   監督
     クリストファー・
          マッカリー

      
      
      トム・
        クルーズ
      
      ロザム・
        パイク
      
      リチャード・
        ジェンキンス
      
      ロバート・
        デュヴァル
      
      

      昼のピッツバーグ郊外で無差別に6発の銃弾が撃ち込まれ、5名が命を落とす。警察は、事件発生後1時間で、元軍人でスナイパーだった男を逮捕するが、彼は容疑を全面否認し、元軍の秘密捜査官への連絡を求める・・・。
      これは、無条件で面白い。リズム感も展開も、そして伏線の張り方もGoodでした。
      

      




詳細リンク:「映画」/悠々人の日本写真紀行

2013/02/15

一戸町小鳥谷・川底の道~高屋敷集落/旧奥州街道508

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旧奥州街道・川底の道

手書きで書かれた「奥州街道、川底一里塚入口」の案内標識に従い、
川底の道を南に進んでみる。
      
急な坂を登ると、巾の狭い落ち葉に蔽われた、
如何にも旧街道らしい道が続いていた。




  85ichinohe96s 庚申塔、十三夜

旧街道が山の峰に沿って右に曲がるところに庚申塔と
二十三夜塔が寄り添うように、一体の石で造られてあった。
      
説明板には、「むらの氏神さま、庚申塚(二十三夜)と書かれてある。
ここの住所は高屋敷158-1で、所有者(別当)平野忠雄と書いてあった。

川底の道をUターンし、元来た道に戻り、高屋敷集落の方へ向かうと、
左側に奥州街道の案内標識が建てられてあった。
      
「国指定史跡奥州街道、一戸町。左 川底一里塚、
右 五月舘(さつきだて)の追分石」と記されてあった。




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高屋敷集落


高屋敷の集落に入ると言っても、
街道沿いの家は、現代風の家並みであった。
      
この高屋敷集落の左側(西側)には、古屋敷がある。
そして、この道を北上すると、IGR小鳥谷駅付近が中屋敷となっている。
      
古屋敷(ふるやしき)は、古い屋敷跡ではなく、アイヌ語が語源で、
川沿いの谷間、又は緩やかな傾斜地にある丘の意味のようだ。
      
ここに湧き水があれば、集落が出来るのは当然ということのようだ。
因みに、この辺の標高は206mであった。
      


            

詳細リンク:旧奥州街道508「一戸町小鳥谷・川底の道~高屋敷」/街道写真紀行
(一戸町小鳥谷 川底 高屋敷) 1111/1301

2013/02/14

一戸町・川底~高屋敷/旧奥州街道507

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道地下橋、小繋川

小繋川に架かる、道地(どうち)下橋である。
この橋を渡り、旧奥州街道に復帰する。
      
三角形の2辺を通る、遠回りの道であった。



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小繋川下流

道池下橋より小繋川下流を見た写真である。
      
ここで小繋川は、右から流れてくる平糠川に合流している。
      
平糠川は、この先で馬淵川に合流し、八戸から太平洋に注いでいる。
旧奥州街道は、当分はこの川沿いの道を北に進むことになる。



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川底の道分岐、案内板


小繋川に架かる道地下橋を渡り、坂を登りきったところ左側に、
「旧奥州街道、川底(かわぞこ)の道」の案内標識があった。
      
笹目子とここ高屋敷を結ぶ川底の道は、奥州街道で最も険しい道であった。
      
街道は、小繋川を見下ろす左岸にあり、
急峻な斜面に沿って進む上り下りの厳しい難所となっていた。
      
明治24年盛岡~青森間で運行を開始した東北本線の開設工事によって
分断され、区間を通して通行することは出来なくなっている。
      
しかし現在まで、大規模な道路工事が行なわれなかったため、
今となっては貴重な区間となっていると記されてあった。
      
左下の木片には、手書き文字で、左川底一里塚600mと書かれてあった。
先程危険を感じ中断した山道は、
どうやら歩こうと思えば、歩ける道であったようだ。
      
図らずも、奥州街道随一の難所を体験した感じである。
この山道を少し戻って見ることにする。


      

詳細リンク:旧奥州街道507「一戸町・川底~高屋敷」/街道写真紀行
(一戸町小鳥谷 笹目子 川底、道地) 1111/1301

2013/02/12

一戸町・笹目子~川底/旧奥州街道506

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トンネル内は両側に幅広の歩道があるが、
それでも側を大型車が通ると轟音と風圧で身が竦む思いであった。

考えてみれば、旧街道歩きでトンネル内を通ることは、
今までに殆ど無かった。

近世以前はトンネルなど無く、すべて峠越えであったから。





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笹目子トンネル出口、旧街道

笹目子トンネルを出て、
右側に笹目子トンネルと書かれた記念碑が建っていた。

その右脇に木片に手書きで書かれた標識があり、
川底一里塚入口と書かれてあった。

しかし、事前に調べた資料では、この先は道が無くなり、
通行できなくなっている。

途中まで巾の狭い道をのぼって見たが、
道幅が30cm位の急坂となったので、
先を急ぐ身、諦めて国道に戻る。




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旧奥州街道


国道4号線に入ると、今度は左側に山道がある。
案内標識は無いが、これが旧奥州街道なのであろう。

巾の狭い坂道を途中まで登ったが、道幅さらに狭くなり、
厚く落ち葉が積もり、おまけに道は谷側に傾斜し、
如何にも滑りやすそうな道であった。

危険を感じて、ここで諦め国道4号線に戻る。





詳細リンク:l旧奥州街道506「一戸町・笹目子~川底」/街道写真紀行
(一戸町小鳥谷 笹目子 川底) 1111/1301

2013/02/10

一戸町・小繋~小鳥谷/旧奥州街道505

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国道4号線、小繋

IGRの下平踏切を渡ると、この国道4号線と合流する。
      
この写真の右側は小繋川が流れ、
さらにその右側をIGRいわて銀河鉄道が走っているところだ。
      
ここから笹目子までは、平坦な道の続くところである。
この先街道右側に一本の松ノ木があり、風情を醸し出していた。




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笹目子、旧奥州街道

やがて、小繋川の蛇行に沿い、国道4号線より左側の細い道に入る。
かつての旧奥州街道である
      
ここから、地名は一戸町小繋から旧小鳥谷村で、
一戸町小鳥谷(こずや)字笹目子(ささめこ)と変わる。
      
写真は後を振り返って撮ったものだ。
      
この写真奥右に小道があり、ここが旧街道であったが、
途中で道は失われているため、再び国道4号線に入る。




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国道4号線、笹目子切通

国道4号線に入ると、やがて道は切通しの山裾の道となる。
      
今は切り通しとなっているが、
かつては小繋川沿いは岸壁が迫っていて通れず、
屈曲と上り下りを繰り返す険しい山道であったようだ。
      
今は廃道となり、正確なルートは分らなくなっている。
写真右側の小繋川は、すっかり谷川となっていた。

この先は笹目子トンネルとなる。
旧街道歩きでは、トンネルを潜らず、
その上の山道を歩くのが普通であるが、
ここは全く道が失われているため、已む無くトンネルを潜る。      





詳細リンク:旧奥州街道505「一戸町・小繋~小鳥谷」/街道写真紀行
(一戸町小繋、小鳥谷・笹目子) 1111/1301

2013/02/07

二月大歌舞伎/日生劇場

平成25年2月
日生劇場




                                                                                      
演 目 役 者 観 劇 記
義経千本桜
吉野山
(よしのやま)
      
      
      清元連中
      竹本連中
      
         
佐藤忠信実は源九郎狐
            染五郎
      

逸見藤太
            亀 鶴
      
静御前
             福 助
      
      

      桜が咲き誇る吉野山に、源義経の後を追ってきたのは、静御前と家臣の佐藤忠信。義経一行を探す二人は、初音の鼓を義経に見立て、屋島の合戦の様子や忠信の兄が犠牲になった戦話を語る。
      しかし、忠信の様子がどこかおかしい。実は初音の鼓の皮に張られた狐の子が、忠信に姿を変えていたのだ。
      義経のことを思う静御前と、鼓に張られた狐の親を慕う子狐、夫々の思いが重なる舞踊となっている。
      今回は、冒頭に幸四郎の口上があり、染五郎舞台復帰の挨拶があった。花道の競りあがりで、染五郎が登場すると、万来の拍手であった。亀鶴が軽妙な言い回しで舞台を引き立てていた。
      
      
河竹黙阿弥作
遠し狂言 
新皿屋舗月雨暈
(しんさらやしきつきのあまがさ)
      
       弁天堂
       お蔦部屋
       お蔦殺し
       魚屋宗五郎
      
       4幕5場
      
      
愛妾お蔦
            福 助
      

磯部主計之助
            染五郎
      
召使おなぎ
            高麗蔵
      
小奴三吉
            亀 鶴
      
岩上典蔵
            桂 三
      
瀬戸十左衛門
            左團次
      
萬屋宗五郎
            幸四郎
      

小奴三吉
            亀 鶴
      
      

      旗本磯辺主計之助に見染められたお蔦は、磯部家に奉公していたが、彼女に横恋慕した岩上典蔵の悪事を知った為無実の罪を着せられ、主計之助によって手打ちにされてしまう。
      妹の死を知った宗五郎は、酒を飲んで泥酔し、磯辺に乗込む。
      前半は、怪談「播州皿屋敷」を下敷きにして作られたもの。後半は通称「魚屋宗五郎」として個別に演じられるが、今回は、お蔦が手打ちにされる発端の弁天道からの遠し狂言となっている。
      染五郎の凛々しさと、幸四郎の酩酊振りは見応えがあった。
      




詳細リンク:「歌舞伎観劇記」/悠々人の日本写真紀行

2013/02/06

一戸町小繋長楽寺~IGR下平踏切/旧奥州街道504

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小繋、長楽寺地蔵堂

小繋川を渡った左側に鬱蒼とした森がある。
この奥は、かつて天台宗小繋山長楽l寺があったところだ。
      
桓武天皇の御代、坂上田丸麻呂が征夷大将軍として、
大同2年(807年)に東夷鎮撫祈願のため、
当地に地蔵堂を建立したのが始まり。
      
嘉祥年間(850年頃)、慈覚大師が諸国巡錫の途次、
当地で6尺5寸の延命地蔵尊を彫刻した。
      
その後、南部藩による庇護もあり、隆盛を極めたが、
再三の火災で、伽藍、寺の記録等を焼失。
      
江戸勤番往来の際は、ここが本陣ともなっていたようだ。

森の奥にある小繋地蔵尊堂がある。
長楽寺は明治初頭と大正4年の小繋の大火で全焼し、
この地蔵堂のみが残ったとのことだ。




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明治天皇御昼飯跡


長楽寺を出て、ふと左を見ると、東北自然歩道、
小繋の番所跡の説明板がある。
番所跡は、ここ小繋集落の出口では無く、入口にあった。
      
変だと思ったら、東北自然歩道の道筋は、火行からヨノ坂を通らずに、
塚平一里塚、そしてIGRの小繋駅経由の道となっているため、
入口付近の番所跡前は通らないから、ここ出口に説明板を設けたようだ。
      
東北自然歩道の案内板の横には、
明治天皇御昼飯跡と書かれた白い標柱があった。




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IGRいわて銀河鉄道下平踏切


長楽寺を抜けると一本道を北上する。
正面に、いわて銀河鉄道IGRの下平踏切が見えてきた。
      
この踏切を越えると、国道4号線に合流となる。


      


詳細リンク:旧奥州街道504「一戸町小繋・長楽l寺~IGR下平踏切」/街道写真紀行
(一戸町小繋) 1111/1301

2013/02/05

映画「ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日」

平成25年2月
109シネマズ 川崎



     

                                                 
タイトル キャスト コメント
ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日
       
    2012年 
        アメリカ
      
    監督
        アン・リー

      
      
        スラージ・
          シャルマ
      
        イルファン・
          カーン
      
        アディル・
          フセイン
        
        レイフ・
          スポール
      
      

      インドからカナダへ移住するため太平洋を航行中、嵐に襲われ船が難破。家族の中で唯一生き残った少年パイがやっと乗り込んだ救命ボートには、シマウマ、ハイエナ、オランウータン、そしてベンガルトラが乗っていた。
      すさまじい生存競争で、最後は少年とトラだけとなって、227日間も漂流することになる・・・。
      設定も良いが、脚本が見事で、実に見応えのある映画であった。
      なお、トラの名前リチャード・パーカーは、19世紀に起きた食人に関する「ミニョネット号事件」に登場する衰弱した給仕の少年と同じ名前である。
      遭難して、救命艇に生き残った他の乗組員3人に、もっとも弱い少年が殺害され、食料にされた事件だ。
        この映画の動物達は、仮の姿で、実際は人間であった・・・と、いろいろと考えさせられる映画でもあった。
      




詳細リンク:「映画」/悠々人の日本写真紀行

2013/02/02

一戸町・小繋番所跡~小繋川/旧奥州街道503

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小繋番所跡

よの坂と並行している流れる沢に架かる小さな橋を渡ると、
左側に小繋番所跡がある。

丁度、小繋集落の南側入口である。

漆戸茂樹の「北奥路程記」には、
「小繋入口、小橋渡り、左に御番所あり」と
記されているが、全くそのとおりの面影が今も残されている。

小繋は、
奥州街道と御山(おやま、天台寺)へ向かう通称「巡検道」との分岐点に
位置し、交通の要衝となることから盛岡以北では最初の番所が置かれた。

藩境にある境番所に対して、こちらは中間番所と呼ばれていたようだ。

領内に於ける材木、馬、漆、蝋などの物資の流通と、
交通、特に女性の移動について取調べが行なわれていたようだ。




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小繋集落


小繋番所跡を過ぎると、街道沿いに出来た、小繋の集落に入る。
ここで、地元の農家の方と、いろいろ話を伺う。

旧奥州街道では、なかなか人と出会うことが無かったから嬉しくなった。

なお、小繋という地名の意味が気になり調べてみたが良く分らなかった。
ただ、「繋」が付く地名は、岩手、秋田、青森に特に多いようだ。

例えば、小繋、大繋、繋塚、繋日向、綱木、大綱木、津名木・・・とある。

又、山言葉で、狩人が獲物を追跡する時の情報を「ツナグ」という。

「繋」の地名の存在地を調べてみると、他の村から離れた孤立した村で、
なおかつ、他の数村とは道が繫がっているようなところが多い。

つまり、村と村を結ぶ、物流や情報の交流点を意味するようだ。
そう考えると、ここ小繋も交通の要衝で、
南部藩の番所が置かれるぐらいであった。


小繋(こつなぎ)と言えば、小繋事件が知られている。
小繋部落と地主の間で争われた、
入会権を巡る親子三代にわたる訴訟事件だ。

小繋の農民達が、
先祖代々小繋山に依存した生活(建築用材、燃料、肥料、飼料や
食料の一部等もそこから得ていた)が、
地租改正に伴う官民所有区別処分の際に、
この小繋山が共有林や村有林ではなく、民有地とされたからである。

この新しい地主が、小繋山への農民の立入りを警察力を使って、
実力で阻止するようになり、農民は是を不服として
大正6年に訴訟を起こしたものだ。

結果は、1審無罪、2審有罪、そして昭和41年の最高裁も有罪で、
農民側の敗訴となった。
農民が無断で小繋山に入って、生活に必要なものを調達することは
森林法違反となった。

当時大きな社会問題となり、
岩波新書「小繋事件、三代にわたる入会権紛争」も出版されている。




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小繋丁字路


小繋集落の北の出口である。
旧街道はここで右折となる。

左に行くと、IGRいわて銀河鉄道の小繋駅である。

小繋駅は、明治42年開業の古い駅で、
命のノートを題材にした平成17年の映画「待合室」(2005年)の
舞台となったところだ。

小繋の丁字路を右折すると、小繋川に架かる橋を渡る。
小繋川は七時雨山・西岳(1018m)の北斜面を源流とする川で、
この先で馬淵川に合流している。





詳細リンク:旧奥州街道「一戸町・小繋番所跡~小繋川」/街道写真紀行
(一戸町小繋) 1111/1301




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