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2012年9月

2012/09/30

映画「天地明察」

平成24年9月
横浜ムービル


タイトル キャスト コメント
天地明察
 
 2012年 
     日本
 
 監督
  滝田 洋二郎
  岡田 准一

  宮崎 あおい

  佐藤 隆太

  市川 猿之助

  笹野 高史

  市川 染五郎

  松本 幸四郎

  中井 貴一


  江戸時代前期、823年もの間、国内で使用されていた中国の暦(宣命暦)のズレを正し、日本独自の暦作りに専念した実在の安井算哲(のちの渋川春海)の半生。
  碁打ちの名門・安井家の長男として生まれ、囲碁の傍ら天文学、算学、暦学に没頭、何度も挫折しながら、ついに貞享改暦に辿り着く。
  全国各地での緯度計測の旅や、和算家との算額のやりとり、そしてお城碁のエピソード等を織り込みながら、今までの暦のズレを新しい暦で証明するシーン等感動的に描かれている。



詳細リンク:「映画」/悠々人の日本写真紀行

2012/09/26

盛岡市玉山区・芋田~馬場/旧奥州街道471

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沢田分岐

盛岡市玉山区芋田字沢田で、国道4号線と別れ、
旧街道は右の細い道に入る。




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馬場石塔群

玉山区芋田から玉山区馬場に入ると、
旧街道左側に多数の石塔が集められてあった。

右より、愛宕大神、二十三夜塔、駒形大神、巌手山・姫神山、
天照皇大神・八幡大社・春日大神、出羽大神・月山大神・湯殿山大神と
並べられてある。

さらに進むと、馬場字状小屋集落に入る。
状小屋とは、かつて、ここに飛脚便中継点があったことを意味しているようだ。




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馬場字状小屋より岩手山

左を見ると岩手山が見える。

旧街道は低い尾根道となっている。





詳細リンク:「旧奥州街道471「盛岡市玉山区芋田~馬場」/街道写真紀行
(岩手県盛岡市玉山区芋田字沢田、馬場字川原、状小屋) 1111/1208


2012/09/22

盛岡市玉山区・芋田~新塚一里塚/旧奥州街道470

80sibutami23s  芋田産土神社ご神体

芋田駒形神社の北側の岡の上に鎮座する芋田産土(うぶすな)神社。
旧芋田村の守護神である。

粗末で小さな社の中には、立派な男根と陽石が祀ってあった。

産土神は安産の神である産神(うぶがみ)とも関係がある。
地縁集団の繁栄を願って祀られたようだ。




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好摩駅口

次の信号を左折するとIGRいわて銀河鉄道とJR東日本花輪線の
共同使用駅である好摩駅がある。

好摩駅は明治24年開業。
かつては渋民村の最寄り駅であった。
当時、昭和24年開業の渋民駅は無く、
石川啄木はこの好摩駅を利用していた。

信号手前には、八幡平(はちまんたい)43kmと
書かれた案内標識があった。

八幡平(1614m)は、未だ娘が1歳3ヶ月の時に
行ったことがある懐かしい山である。




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新塚一里塚

国道4号線を北上すると、右側(東側)に新塚一里塚が残されてあった。

西側の一里塚は、国道4号線の拡幅工事で消滅している。





詳細リンク:旧奥州街道伊470「盛岡市玉山区・芋田~新塚一里塚」/街道者真紀行
(岩手県盛岡市玉山区芋田字芋田) 1111/1208

2012/09/19

盛岡市玉山区渋民~芋田/旧奥州街道469

80sibutami17

渋民尋常高等小学校

石川啄木記念館敷地内にある石川啄木が
代用教員をしていた渋民尋常高等小学校を移築もの。

この建物の右側には、啄木が代用教員をしていた時に
間借りしていた斉藤家も移築されてあった。




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国道4号線/玉山区芋田

盛岡市玉山区芋田の国道4号線である。

右の赤いコーヒードリップ用ケトルは、コーヒーハウス・アピアの広告塔だ。




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芋田駒形神社鳥居

右側に、芋田駒形神社。

石川啄木の渋民日記「八月中」にも紹介されている神社だ。

それによると、この神社は義経が北に密かに落ちていく時に、
ここで乗馬が死んだので葬ったところとのこと。

義経の馬の供養を行なったことから、
ここが「チャグチャグ馬コ」の発祥の地とされているようだ。

なお、駒形神社の祭神の駒形大神は、馬と蚕の守護神とされ、
馬頭観世音や大日如来と習合し、東日本各地に勧請されている。





詳細リンク:旧奥州街道469「盛岡市玉山区渋民~芋田」/街道写真紀行
(岩手県盛岡市玉山区渋民字渋民、芋田字武道) 1111/1208

2012/09/17

映画「るろうに剣心」

平成24年9月
横浜ムービル




タイトル キャスト コメント
るろうに剣心
 
 2012年 
     日本
 
 監督
  大友 啓史
  佐藤 健

  武井 咲

  吉川 晃司

  蒼井 優

  奥田 瑛二

  香川 照之


  幕末に「人斬り抜刀斎」として恐れられた剣客が、明治になって「不殺」を誓い、流浪人となるが、抜刀斎を名乗る男による人斬り事件が多発する・・・・
  面白い題材であったが、映画としては今ひとつであった。脇役の蒼井優やオーバーな演技の香川照之が面白かった。

詳細リンク:「映画」/悠々人の日本写真紀行

2012/09/13

盛岡市玉山区・渋民宿愛宕~渋民/旧奥州街道468

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愛宕の森より岩手山

愛宕神社参拝のあと、愛宕の森を散策する。

展望台には啄木の詩、

    ふるさとの山に向ひて
    言ふうことなし
    ふるさとの山は ありがたきかな
    かにかくに 渋民村は恋ひしかり
    おもひでの山
    おもひでの川

が刻まれてあった。


写真は、愛宕の森よりみた岩手山(2038m)である。
今までで、一番大きく見えるところだ。

手前は、かつての渋民宿である。




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渋民宿街並み

愛宕の森より渋民に入る。

旧街道を挟んで左側が渋民字駅、右側が渋民字渋民となる。
この辺が、かつての渋民宿の中心街であったようだ。

左の店は、衣料品のいしかわで、その先は立花リサクルと書かれてあった。
渋民郵便局がこの先左側にあるところである。





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啄木記念館

街道右側にある、石川啄木記念館。
啄木生誕100年を記念して、昭和61年にオープンした新館である。

啄木がかつて「理想の家」と詩に託した白い洋館風の建物が
イメージされている。

啄木直筆の書簡や、ノート、日誌、遺品や、
啄木関連図書が集められ展示されている。

また敷地内には啄木が代用教員をしていた渋民尋常高等小学校と
啄木が間借りしていた斎藤家が移築されている。

写真の右手には、宝徳寺があり、
啄木が1歳から18歳まで過ごした寺である。

なお、啄木が生まれたのは、
明治19年に南岩手郡日戸村(現在の玉山区日戸)で、
父がここの宝徳寺に転任、一家で渋民村に移住した。





詳細リンク:旧奥州街道468「盛岡市玉山区・渋民宿愛宕~渋民」/街道写真紀行
(岩手県盛岡市玉山区渋民字愛宕、駅、渋民) 1111/1208

2012/09/10

盛岡市玉山区・90渋民宿入口/旧奥州街道467

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愛宕神社参道、愛宕の森入口

旧奥州街道90番目の宿場入口付近左側に愛宕清水がある。
愛宕神社敷地内から湧き出る泉で水量も多く、
古くから渋民宿の生活用水として利用されてきた。

そして右側にある愛宕神社鳥居を潜ると、参道というより山道であった。

啄木はこの愛宕神社のある森を「命の森」と呼び、好んで散策したようだ。
この森の下に、啄木が代用教員として
教鞭をとった渋民尋常小学校があった。




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愛宕神社

坂の上には愛宕神社が鎮座している。

説明板によると、愛宕神社は、京都愛宕神社の支社として、
凡そ300年前に建立された。

以来、防火の守護神として信仰され、
毎年、旧暦6月と8月の24日には例祭が催されている。




80sibutami10

渋民宿俯瞰

愛宕神社境内より奥州街道90番目の宿場・渋民宿を俯瞰した写真である。

渋民宿は、盛岡を出て最初の宿場で、入口と出口には柵戸が置かれてあった。

盛岡以北の盛岡藩の奥州街道を参勤交代に
使ったのは松前氏と八戸南部氏だけであった。

この為、宿場の間隔は長めになり、
旧城下町以外の宿場は規模も小さいものが多かった。

渋民は、もと岩手郡渋民村であったが、
昭和29年に玉山、藪川村と合併し玉山村となる。
そして、平成18年に盛岡市に編入され、現在は玉山区渋民となっている。





詳細リンク:旧奥州街道467「盛岡市玉山区・90渋民宿入口」/街道写真紀行
(岩手県盛岡市玉山区渋民字愛宕) 1111/1208

2012/09/08

秀山祭九月大歌舞伎/新橋演舞場

平成24年9月
新橋演舞場


演 目 役 者 観 劇 記
菅原伝授手習鑑
寺子屋
(てらこや)

寺入りよりいろは送りまで
  
一幕
 
松王丸
    吉右衛門

千代
    福 助

武部源蔵
    梅 玉

戸浪
    芝 雀

  寺子屋の師匠武部源蔵は、菅丞相(菅原道真)の嫡子の身替りに、今日来たばかりの寺子の首を討って差し出す。
  その寺子こそ、首を検め(あらため)にやってきた松王丸の子であった。松王丸は恩を受けた管丞相に敵対していたが、今こそ恩に報いようと、女房の千代と申し合わせ、予め我が子が身替りになるように、寺子屋に預けたのであった。
  何度目かの観劇となるが、寺子屋の演出などは工夫が凝らされていた。吉右衛門と福助の年季の入った演技とあいまって、感動的な舞台となっている。
  今回は染五郎が、この松王丸を演じる予定であったが、舞台の転落事故で、急遽吉右衛門が演じることになった。

河竹黙阿弥作

天衣紛上野初花
河内山
(こうちやま)

上州屋質見世
松江邸広間
    書院
    玄関先

二幕
河内山宗俊
    吉右衛門

後家おまき
    魁 春

和泉屋清兵衛
    歌 六

松江出雲守
    梅 玉

  悪巧みに長けた河内山宗俊は、松江出雲守に腰元奉公する上州屋の娘が幽閉されていると聞き、金目当てに娘の奪還を請け負う。
  上野寛永寺の使僧と身分を偽り、松江邸に乗り込み、出雲守をやり込めるが、正体を見破られてしまう。しかし、慌てるどころか開き直り、啖呵を切って堂々と引き揚げていく・・・
   痛快な世話物です。大胆不敵で憎めない主人公河内山を演じたのは吉右衛門で、見応えのある舞台であった。





詳細リンク:「演劇」/悠々人の日本写真紀行

2012/09/05

盛岡市玉山区下田~渋民/旧奥州街道466

80sibutami01

北上川船田橋

盛岡駅発6:44のIGRいわて銀河鉄道で渋民駅に戻る。
駅に着いたのは、7:06であった。

駅より昨日中断した旧街道に復帰すべく、国道4号線を下る。

写真は北上川に架かる船田橋である。
正面に見える山は、旧渋民村の最高峰である姫神山(1123.8m))だ。

丁度、朝の通学時間帯で、小学生の姉妹と暫し同行する。
この先の信号を左折した先にある渋民小学校の生徒である。




80sibutami02

北上川上流

船田橋より、北上川の上流側を見た写真である。

旧奥州街道は、岩手町にある北上川の源流を目指して歩くことになる。


80sibutami04s  石川啄木歌碑、観世音菩薩

暫く進むと、右側に石川啄木の歌碑と交通安全観世音菩薩像が
並んで建っている。

歌碑には
  「 神無月
    岩手の山の
    初雪の眉にせまりし
    朝を思ひぬ
         ~石川啄木 」

これは、「一握の砂」に掲載されているものだ。

故郷の岩手山に降る初雪が、
頂上から「眉」のあたりまで迫った朝をふと思い出した、
となるのであろうか。



詳細リンク:旧奥州街道466「盛岡市玉山区下田~渋民」/街道写真紀行
(岩手県盛岡市玉山区下田字陣場、渋民字大前田、大森、愛宕) 1111/1208

2012/09/03

映画「あなたへ」

平成24年9月
横浜ムービル


タイトル キャスト コメント
あなたへ
 
 2012年 
     日本
 
 監督
  降旗 康男
  高倉 健

  田中 裕子

  佐藤 浩市

  余 貴美子

  綾瀬 はるか

  ビート たけし


  亡くなった妻の遺言で、遺骨の散骨のため、冨山から、妻の故郷の九州・平戸の海へ向かう刑務所の指導技官。
  その道中で出あった人たちとの交流や、妻との思い出、そして妻が語らなかった真意等を効果的に織り込みながらのロードムービーであった。
  妻と共に、車で旅行をしようとして、改造したワンボックスカー(エルグランド)での道中や車中泊などのシーンも良く描かれていた。



詳細リンク:「映画」/悠々人の日本写真紀行

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