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2012年8月

2012/08/31

盛岡・北上川、啄木であい道/旧奥州街道465

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北上川河川敷、啄木であい道

夕食には早かったので、ホテルに荷物を置いてから、
北上川の河川敷を散策する。

前方に見える開運橋から北側の旭橋の間は
「啄木であい道」と命名された散歩コースとなっている。

小径には多数の歌碑が建てられており、
散歩しながら啄木とのふれあいが深まるという趣向のようだ。




79morioka11s   石川節子歌碑

  「  夏潮や
    二人のるなる 舟なれば
    五反帆なれど 日の色そめて
                      ~石川節子 」 

石川節子(明治19年生、旧姓堀合)は、啄木の妻である。
父は、後に玉山村(現盛岡市玉山区)の村長になった人だ。

啄木とは盛岡女学校在学中に知り合い、明治38年に結婚、
啄木との間に京子、房江の2女をもうけている。
(長男真一は生後すぐに死亡)

「啄木であいの道」には、この石川節子の歌碑が
何点か建てられてあった。

その中より

  「  ひぐるまは
    焔吐くなる我がうたに
    ふと咲き出でし 黄金花かな
                      ~石川節子 」

  「  初秋や まさぬ一夜を 
    髪を梳き かなしとききぬ
    歌やこほろぎ
                  ~石川節子 」

  「  わが娘
    今日も一日 外科室に遊ぶと云ふが
    悲しきひとつ
                  ~節子 」

この他、啄木の歌碑が多数建てられてあった。

なお、啄木は明治45年26歳で、節子は大正2年28歳で死去している。
共に肺結核であった。

長女京子は懐妊中に急性肺炎で2児を残して24歳で死去。
次女の房江は肺結核で19歳で死去・・・・・

これも、悲しき現実である。





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北上川旭橋と岩手山

啄木であいの道の上流側(北側)にある旭橋である。
背後の山は岩手山(2038m)だ。

この後、盛岡駅に向かい、
宮澤賢治所縁の店「やぶ屋フェザン店」で夕食をとる。

「やぶ屋」の本店は花巻で、
賢治が稗貫農学校(現在の花巻農業高校)の教員をしていた時の
馴染みの店が、名物わんこそばの老舗やぶ屋であったそうだ。

創業は大正12年とのこと。
「わんこそば」は盛岡では無く、花巻が発祥の地とのことだ。

やぶ屋の創業者佐々木圭三氏によると、
賢治の好物は天麩羅そばにサイダーであったとか。





詳細リンク:旧奥州街道465「盛岡・啄木であい道」/街道写真紀行
(岩手県盛岡市駅前通) 1111/1208

2012/08/29

JR盛岡駅/旧奥州街道464

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JR盛岡駅

渋民で旧街道歩きを中断して、
IGR渋民駅からいわて銀河鉄道で盛岡駅まで戻る。
乗車時間は、約20分であった。

盛岡駅は明治23年に開業し、東京より535.3kmで、
東北新幹線と東北本線、田沢湖線、山田線の
IGRいわて銀河鉄道が乗り入れている。

盛岡駅は、開業当初は東北本線の終着駅であったが、
その翌年には青森まで延伸された。

鉄道唱歌40番
 
  ♪ 勇む笛の音いそぐ人 汽車は着きけり青森に
     むかしは陸路二十日道 今は鉄道一昼夜

とある。

しかし、2002年に東北新幹線の全線開業(新青森駅)に伴い、
当駅以北がIGRいわて銀河鉄道、青い森鉄道に移管されたため、
盛岡駅が明治23年以来、何んと120年ぶりに、
再び東北本線の完全な終着駅となった。

東北本線は在来線では最長路線であったが、終点が盛岡までとなり、
現在では、山陰本線、東海道本線に次いで三番目となってしまった。

写真の駅ビルは「FES"AN」と書いてある。
フェザンと読むそうだ。

岩手県の県鳥である、雉の英語名 Pheasant に由来するとのこと。
現在162店舗がこの駅ビルに出店しているとのことだ。




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盛岡駅前広場

盛岡駅東口前の広場である。
小さな公園となっており、ベンチが置いてあった。

駅前広場には石川啄木歌碑があった。

   ふるさとの山に向かいて
   言ふことなし
   ふるさとの山はありがたきかな
                
                 ~石川啄木
 
と刻まれてあった。

この山は岩手山であろうか。
地元の人は旧渋民村にある姫神山では無いかとのことだ




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盛岡駅前

盛岡駅東口の駅前である。

盛岡駅を降りるのは、実に48年振りである。
当時の面影は全く覚えていない。

その後、何回も盛岡には来ているが、すべて車であった。

今日は、予め予約してあった、この先の盛岡ニューシティホテルに向かう。





詳細リンク:旧奥州街道464「JR盛岡駅}/街道写真紀行
(岩手県盛岡市駅前通) 1111/1208

2012/08/27

盛岡市玉山区渋民~下田/旧奥州街道463

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北上川、船田橋

国道4号線を進むと、北上川に架かる船田橋を渡る。

正面の岩手山が見事である。

北上川の船田橋を渡ると、右渋民駅と書かれた標識がある。

今回は、ここから右側の坂道を登り、IGRいわて銀河鉄道の渋民駅に向かう。
この坂道を登った辺りが、玉山区下田字陣場地区となる。




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IGRいわて銀河鉄道渋民駅

陣場の坂を上ると踏切があり、その手前で左折し暫く歩くと、
前方にIGRいわて銀河鉄道の渋民駅が見えてきた。

元の東北本線である。
平成14年に、東北新幹線の八戸延伸に伴い、
JR東日本から分離され、いわて銀河鉄道となった。

盛岡と青森県三戸町の目時駅を結ぶ、全長82kmの路線となったが、
目時駅から先の青い森鉄道と事実上の一体運行となっている。

盛岡ー八戸間の直通運転も、1時間あたり1本運行されている。

渋民駅は、昭和25年の開業で、石川啄木の時代には
この駅は無く、次の駅の好摩駅が最寄り駅であった。




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渋民駅前、啄木歌碑

渋民駅前にある案内板と、石川啄木歌碑である。

   なつかしき
   故郷にかへる思ひあり
   久し振りにて汽車に乗りしに
                     ~ 啄木

と刻まれてあった。

左の案内板には、「東北自然歩道、啄木を訪ねるみち」として、
ここ渋民駅から次の好摩駅までの約10kmが整備されており、
啄木の歌碑や所縁の地を廻ることができると紹介されてあった。

今回はここで、いわて銀河鉄道に乗り、盛岡駅に向かう。
今夜は、駅前の盛岡ニューシティホテルに宿泊予定である。





詳細リンク:旧奥州街道463「盛岡市玉山渋民~下田」/街道写真紀行
(岩手県盛岡市玉山区渋民字岩鼻、下田字船綱、陣場) 1111/1208

映画「アベンジャーズ」

平成24年8月
横浜ムービル


タイトル キャスト コメント
アベンジャーズ
 
 2012年 
     米
 
 監督
  ジョス・
   ウェドン
  ロバート・
    ダウニー・Jr

  クリス・
    エヴァンス

  マーク・ラファロ

  スカーレット・
    ヨハンソン


  人知を超えた悪によって密かに進められる地球壊滅の陰謀。それを阻止すべく、特殊な戦闘能力を持った者達で編成されたチーム「アベンジャーズ」が立ち向う。
  天才発明家、雷神、アイアンマン、キャプテン・アメリカ、超人、アイアンマン、・・・・。ヒーロー達の大集合だ。







詳細リンク:「映画」/悠々人の日本写真紀行

2012/08/25

盛岡市玉山区門前寺~渋民/旧奥州街道462

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門前寺橋より濁川下流

濁川に架かる門前橋より下流側を見た写真である。
濁川は、この先で北上川に合流している。

正面の岩手山が大きく見えるところである。




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渋民岩鼻分岐

明治橋を渡ると、玉山区門前寺字中村から玉山区渋民字岩鼻に変る。

写真の右にある狼峠山(おおいぬやま、標高311m)の山麓で、
旧街道は右の道となる。

渋民は旧奥州街道90番目の宿場・渋民宿のあった処だ。

坂を上ると、盛岡工業団地の間を通過し、この先から下り道となる。

かつての盛岡鉄工団地で、
緑の工業団地と呼ばれるくらい緑の多い工業団地とのことだ。

昭和63年に「盛岡鉄工団地」から、実情に合わせ
名称が「盛岡工業団地」と変更されている。




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渋民バイパス南口交差点

今回は盛岡工業団地を抜けたところで、旧街道歩きを中断し、
IGRいわて銀河鉄道の渋民駅に向かう。

この交差点は国道4号線で、右は渋民バイパスとなっているところだ。
右前方が渋民宿で、右は二戸・岩手方面、
左は花巻・盛岡方面となっている。

渋民駅はここで左折となる。





詳細リンク:「盛岡市玉山区門前寺~渋民字岩鼻」/街道写真紀行
(岩手県盛岡市玉山区門前寺字中村、渋民字岩鼻) 1111/1208

2012/08/23

盛岡玉山区・門前寺柏木平/旧奥州街道461

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門前寺・柏木平より岩手山

旧街道左側(西側)が大きく開け、岩手山(2038m)が迫って見えた。
旧奥州街道では、この辺が一番岩手山に近いところである。




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柏木平より黒姫山

そして、右側には形の良い独立峰の
姫神山(ひめかみさん、標高1124m)が見える。
丁度この辺が、岩手山と姫神山の中間となっている。

姫神山は、旧玉山村の最高峰で、岩手山、早池峰山と共に、
岩手三山の一つと言われている。

山名は、征夷大将軍坂上田村麻呂が東征の折、
立烏帽子神女を祀ったのが始まりとされる。

立烏帽子神女は、京の都を荒らした鬼を退治した際、
田村麻呂の守護となった姫神である。




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門前寺橋/濁川

坂を下ると、正面に濁川(にごりがわ)に架かる門前寺橋が見えてきた。

旧街道は、この橋を渡ると今度は正面の登り坂となり、
住所は玉山区門前寺から渋民となる。

旧奥州街道90番目の宿場・渋民宿のあるところである。





詳細リンク:旧奥州街道461「盛岡市玉山区・門前寺柏木平~門前寺」/街道写真紀行
(岩手県盛岡市玉山区門前寺字柏木平、越戸、門前寺) 1111/1207

2012/08/20

盛岡・玉山区門前寺笹平~柏木平/旧奥州街道460

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玉山区笹平

笹平大橋を過ぎると、峠道となる。

正面に峠の下は、東北新幹線の柏木平トンネル(1425m)のあるところだ。




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御小休之跡碑

峠の頂上付近に明治天皇の御小休之跡碑がある。
明治9年と14年の東北巡幸の時、ここで休憩された。

手元の高度計を見ると、この辺で標高250mであった。





77morioka121

柏木平

峠を越えると、だらだらとした下り坂となる。

やがて前方が開け、柏木平の集落が見えてきた。
遠く背後に見える山は七時雨山(標高1060m)である。

柏木平の右側は烏峠山(333m)の西麓で、
山裾は広大な牧草地帯となっている。




詳細リンク:旧奥州街道460「盛岡・玉山区門前寺笹平~柏木平」/街道写真紀行
(岩手県盛岡市玉山区門前寺字笹平、柏木平) 1111/1207

2012/08/18

映画「ダークナイト ライジング」

平成24年8月
横浜ムービル


タイトル キャスト コメント
ダークナイト ライジング
 
 2012年 
     米
 
 監督
  クリストファー・              ノーラン
  クリスチャン・
    ベイ

  マイケル・
    ケイン

  ゲイリー・
    オールド

  アン・ハサウェイ

  トム・ハーディ


  8年間平和を保ってきたゴッサム・シティの破壊をもくろむ男が現れ、再びダークナイト(バットマン)との激しい攻防を繰り広げる。
  前作、ダークナイトの続編。似た様な展開は多いが、それでも楽しめる映画となっているのは流石である。





詳細リンク:「映画」/悠々人の日本写真紀行

2012/08/17

盛岡・玉山区川又~門前寺/旧奥州街道459

77morioka113

玉山区、柳平分岐

正面に大きく岩手山が見える。

このまま真っ直ぐ進み、北上川に架かる岩姫橋を渡り、約1.7km進むと、
いわて銀河鉄道の滝沢駅のあるところだ。

旧街道はここで右折し、北上川の左岸(東側)を進む。
標識には、前方「滝沢分れ」、右「岩手町、玉山」と記されている。




77morioka115

岩洞第二発電所

正面に昭和36年に完成した岩洞(がんどう)第二発電所が見えてきた。
岩洞ダム湖より取水し、有効落差86.4m、発電量は8,600kwとのこと。

岩洞ダムは、北上川水系の丹藤川に建設されたダムで、
灌漑を目的とした農業用ダムであるが、
水力発電も行なっている多目的ダムとなっている。

上部の第一発電所は41,000kwとのことだ。

写真下部の笹平大橋は、第二発電所を跨ぐ全長180mの橋である。

平成5年に開通したもので、橋の橋柱には、
啄木の「一握の砂」より引用された詩が刻まれてある。

    ほたる狩
    川にゆかむといふ我を
    山路にさそう人にてありき

渋民側の橋柱には

    岩手山
    秋はふもとの三方の
    野に満つる虫を何んと
    聴くらむ

と刻まれてあった。




77morioka117

北上川、四十四田ダム湖

笹平大橋から四十四田ダム湖を見下ろす。
この湖面の上端にある小さな島(写真上部中央左)が、笹平一里塚である。

増水時には水没してしまうという。
この辺を旧奥州街道が通っていたが、今は歩くことができない。

岩洞第二発電所で発電を終えた水は写真中央の送水管で、
北上川四十四田ダム湖を横断して
対岸の農地の灌漑用として利用されている。





詳細リンク:旧奥州街道459「盛岡・玉山区川又~門前寺」/街道写真紀行
(岩手県盛岡市玉山区川又字赤坂、柳平、門前字越戸、笹平) 1111/1207

2012/08/13

盛岡・玉山区川又/旧奥州街道458

77morioka107s  川又石塔群

観音橋を渡ると、峠越えとなる。
坂道の右側に川又の石塔群がある。

左側より嘉永年間(1848-1854年)建立の二十三夜塔、
金毘羅・二十三夜塔、右の石塔は判読不能であった。

この辺でも月待行事があったようだ。
中央の石塔は、二十三夜塔と金毘羅が一つの石に刻まれている。
なお、二十三夜は勢至菩薩を本尊として祀るのが普通である。




77morioka110

春日明神社

峠の頂上から下りになるところの左側に小さな祠がある。
春日明神と刻まれてあった。




77morioka112

田鎖清歌碑

さらに坂を下ると、り岩姫橋手前の左の丘の上に、
田鎖清歌碑が建っている。

地元旧玉山村生まれの歌人で、石川啄木の弟子。
生家が、四十四田ダムで水没する為に、ここに記念碑を建てたとのこと。





詳細リンク:旧奥州街道458「盛岡・玉山区川又字赤阪」/街道写真紀行
(岩手県盛岡市玉山区川又字赤坂) 1111/1207

2012/08/09

映画「BRAVE HEARTS/海猿」

平成24年8月
横浜ムービル

タイトル キャスト コメント
BRAVE HEARTS/海猿
 
 2012年 
     日本
 
 監督
  羽生 英一郎
  伊藤 英明

  加藤 あい

  佐藤 隆太

  仲里 依紗

  時任 三郎


  346名を乗せたジャンボジェット機の海上着水事故で、限られた時間内に人命救助に挑む、海上保安庁の特殊救難隊。
  緊張感たっぷりの展開で、最後まで楽しめる映画となっている。シリーズ第4作目。





詳細リンク:「映画」/悠々人の日本写真紀行

2012/08/05

盛岡・玉山区上田~飛田川/旧奥州街道457

77morioka101

四十四田ダム湖

小野松橋を渡ると、盛岡市玉山区上田(旧玉山村)に入る。

この辺からは旧奥州街道は、北上川を堰き止めたダムでできた
四十四田ダム湖(南部片冨士湖)に完全に水没している。

写真右手に見える山が岩手山(2038m)である。




77morioka102

北上川本流

街道左側を見た写真である。
快適な街道歩きのできるところだ。





77morioka105s  観音橋

正面に観音橋が見えてきた。
北上川支流の飛田川(ひだがわ)に架かる橋だ。

昭和41年にかけられた前の橋は狭く、車がすれ違えないほでであった。
この橋は平成12年に架け替えられたものである。 

飛田川は、明神山(746m)北西麓を源流とする川である。 




詳細リンク:旧奥州街道457「盛岡・玉山区上田~飛田川」/街道写真紀行
側(岩手県盛岡市玉山区上田小野松) 1111/1207

2012/08/02

盛岡・小鳥沢~小野松/旧奥州街道456

77morioka95

四十四田ダム湖、小鳥沢

北上川が堰き止められてできた
四十四田(しじゅうしだ)ダム湖(南部片冨士湖)。

この右前方にはドミニカロザリオ聖母修道院があるところである。

昭和11年(1936年)、ドミニカン修道女会のベルギー人修道女6人が、
盛岡の内丸教会の一角に女子観想修道院を仮開設。

昭和14年に旧上田蝦夷森(現緑が丘)に移転。
前述したが、ここの敷地内に上田一里塚が残されていた。

そして昭和62年に、ここ北上川畔の上田字松屋敷に移転してきた。

かつては、この修道院で作られたドミニカンクッキー「ニックナック」が
盛岡で販売されていた。

修道女の高齢化に伴い、現在は製法を引き継いだ
「岩手県手をつなぐ育成会あすなろ園」で製造・販売されている。 




77morioka98

小野松一里塚

街道の両側に小野松一里塚が保存されている。
写真は東側(右側)のものだ。

盛岡藩では、城下の鍛治町にある一里塚元標を中心に
藩内の諸街道に一里塚を築造した。

奥州街道では上田一里塚(緑が丘)に続いて、
ここ小野松一里塚が今も残されている。




77morioka99

小野松観世音

街道右側にある小野松観世音。
観世音のすぐ背後まで、新興住宅地・小鳥沢ニュータウンが
迫っているところだ。

ここにあるのは里宮で、
この地の少し北側にある小野松山(標高291m)の山腹に奥宮がある。

縁起によると、後奈良天皇(1526~1557年)の咎を受けた
萩原左中将清成が北上川舟場瀬(現上田小鳥沢)に流罪となった。

天文21年(1552年)、子供を亡くし、守り神として1寸8分の
金の仏像を髪に結んで、舟場瀬の砂で埋葬したのが始まりとか。

その後、弘治元年(1555年)にお堂が建てられた。





詳細リンク:旧奥州街道「盛岡・小鳥沢~小野松」/街道写真紀行
(岩手県盛岡市上田字松屋敷、小鳥沢) 1111/1207

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