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2011年2月

2011/02/28

大和町・吉岡宿上町~中町/旧奥州街道263

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吉岡宿上町町並み

吉岡宿志田町からクランク形の枡形を抜けると上町になる。
上町は吉岡宿の中心部で、本陣や検断があった。

上町には今でも旅館がある。
写真右は遠藤旅館で左側には大坂屋があるところだ。

前方右側のセブンイレブンのところが、かつては本陣のあったところである。
この先の信号を右折すると、中町となる。



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吉岡宿中町町並み

街道は、吉岡宿の上町から直角に右に曲がる。
ここから中町となる。

中町には今でも往時を思わせる建物が何軒か残されている。





52yosioka10s  中町・店蔵

街道左側の店蔵である。
正面の格子には、「遊楽塾」、「ツ森座」、クラフト・マーケット」、
「唄と踊りのチャリティーショー」等と書かれた紙が貼られてあった。

この蔵を今でも活用して利用しているのであろう。




詳細リンク:旧奥州街道263「大和町・吉岡宿上町~中町」/街道写真紀行
(宮城県大和町吉岡字上町、中町) 1011/1102

2011/02/27

映画「ウォール・ストリート」

平成23年2月
横浜ムービル

タイトル キャスト コメント
ウォール・
 ストリート


 2010年 米
 
 監督
   オリヴァー・
       ストーン

 
ゴードン・ゲッコー
    マイケル・
      ダグラス

ジェイコブ・ムーア
    シャイア・
      ラブーフ
           

ゴードン娘、ウィニー
    キャリー・
      マリガン

    ジョシュ・
      ブローリン
    ヴァネッサ・
      フェルリト

    
  前作「ウォール街」から23年、再びオリヴァー・ストーン監督がマイケル・ダグラスと組み、21世紀のマネーゲームを映画化。
  8年の刑を終えて出所したゴードン・ゲッコーはカリスマ投資家の面影は消え過去の人となっていた。そんな中、勤務先が経営破たんに追い込まれた娘の恋人である電子取引トレーダー、ジェイコブが近づいてきて、ある提案を持ちかける。
  リーマンショックに端を発する金融不況を背景に展開しているが、今回は前作とは異なりヒューマンドラマに重きがおかれている



詳細リンク:「映画」/日本写真紀行

2011/02/25

大和町・71吉岡宿入口/旧奥州街道262

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松島道追分、吉岡宿入口

ここで、現奥州街道(国道4号線)から左折すると、
旧奥州街道71番目の宿場・吉岡宿である。

この交差点を右(東)に行くと松島道(現県道3号線)で、
直進(北)は一関方面である。




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九品寺

松島道の追分を曲がるとすぐ右側に浄土宗蓮台山九品寺(くほんじ)がある。

九品寺境内の石仏群の中に、奥州街道と松島道の追分石を兼ねた
宝暦7年(1757年)の地蔵菩薩があるとのことであったが分からなかった。


石碑群の中に、浄土宗宗祖法然上人の宗歌碑があり、
   「月影の 至らぬ君は なけれども
   ながむる人の 心にぞすむ」
と刻まれてあった。



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71吉岡宿・志田町町並み

吉岡宿の入口・志田町の町並みである。

吉岡宿は、この志田町から始まり、この先で枡形を抜けると上町、
そしてその先で右に曲がると中町、そしてさらに左に直角に曲がったところが
下町となっている。

文化年間(1804~1818年)で140軒と、
仙台以北の奥州街道では大きな宿場であった。






詳細リンク:旧奥州街道262「大和町・71吉岡宿入口」/街道写真紀行
(宮城県大和町吉岡字志田町) 1011/1102

2011/02/22

仙台駅~大和町/旧奥州街道261

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新幹線車窓よりの虹

東京発6:56のはやて1号で、仙台へ向かう。

写真は福島駅を出て左側(西側)に、見事な虹が現れたので撮影したものだ。

前日までの長雨が上がり、今日から晴天が続くとの予報であったので
久しぶりに旧奥州街道歩きの再開である。



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仙台駅前、バス乗場

仙台駅に着いたのは8:37であった。
ここから、大和町にある吉岡行きの宮城交通バスに乗換えである。

旧奥州街道は仙台から古川までは、JR東北本線等の鉄道から
離れた道となっているため、全区間通しで歩くか、
あるいは不便なバスを利用しなければならないところである。
  
前回中断した富谷町までバスで約1時間の距離である。

仙台駅前の歩道橋を降りたところに吉岡行のバス停(2番乗場)がある。
ここで、9:02発のバスに乗る。



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国道4号線/大和町

仙台よりバスで前回中断した国道4号線の志戸田バス停で下車する。
10:10であった。

天気予報が外れ、雨が酷く、レインコートを着て、ザックに
レインカバーを付けての街道歩きとなった。

吉田川に架かる高田橋を渡ると、黒川郡富谷町から
大和町(たいわちょう)に変わる。

大和町は、昭和30年に旧宿場の吉岡町と、宮床、吉田、鶴巣、落合の
4村が合併してできた町である。

町名は、合併町村の大同団結を願って命名したとのことだ。




詳細リンク:旧奥州街道261「仙台駅~大和町」/街道写真紀行
(宮城県仙台市青葉区、黒川郡大和町吉田、吉岡東) 1011/1102





2011/02/20

富谷町・富谷字西沢/旧奥州街道260

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八雲神社

西川に架かる御所橋を渡り右折すると、富谷宿の仙台側入口と同じ
八雲神社があり、謂れも同じようであった。

天保大飢饉のころ、この辺一帯に疫病が流行したので、
槻木宿(現柴田町)の入間田から祇園社として勧請したのが始まりである。
 
祭神は素盞嗚尊(すさのうのみこと)、
あるいは牛頭(ごず)天王と言われている。

牛頭天王は疫病除けの守護神として知られ、
天王を祀れば疫病は平癒すると信じられていた。




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西沢公園前分岐

旧街道は、八雲神社の前のバス通りから、左側の狭い道に入る。
富谷字町から富谷字西沢地区となる。

正面は、西沢公園のあるところである。




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西沢溜池

街道右側にある西沢溜池である。
この先、街道左側にも溜池(調整池)があった。

この先、新興住宅地であるひより台の東側を通り、住宅地を抜け、
暫く歩くと国道4号線(現奥州街道)に合流する。

今回は、ここで二泊三日の街道歩きを中断して、
国道にある志戸田バス停から宮城交通バスに乗り仙台駅に戻った。
約1時間の乗車時間である。

その後、仙台より新幹線で帰京する。





詳細リンク:旧奥州街道260「富谷町・富谷字西沢~志戸田」/街道写真紀行
(宮城県富谷町富谷字富谷、西沢) 1005/1102

2011/02/19

富谷宿出口/旧奥州街道259

50tomiya23s  富谷宿脇本陣跡

街道右側に富谷宿脇本陣跡(気仙家)がある。

ここには嘉永年間(1848~54年)に建てられた
御座の間(離れ屋敷)が現存している。
この座敷は、他の座敷より6尺(1.8m)も高い場所にあり、
階段で上るようになっている。

参勤交代の際に、大名の家臣の部屋として使われた。
明治天皇の東北巡幸の際にも小休所とされた。



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内ヶ崎家別邸

富谷宿の出口付近で、ここで街道は左に曲がっている。
その角にあるのが本陣を務めた内ヶ崎家の別邸である。

内ヶ崎酒造店の店主が明治時代の後期に作ったもので、
この建物の裏には立派な回遊式庭園が造られている。



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西川・御所橋

西川に架かる御所橋を渡ると富谷宿を抜け、
次は奥州街道71番目の宿場・吉岡宿への道となる。

この右手にかつての代官所跡(現在の富谷中央公民館)があり、
庭には代官松が植えられている。



詳細リンク:旧奥州街道259「富谷町・富谷宿~西川御所橋」/街道写真紀行
(宮城県富谷町富谷字町) 1005/1102

2011/02/18

映画「レッド」

平成23年2月
109シネマズ川崎

タイトル キャスト コメント
レッド

 2010年 米
 
 監督 ロベルト・
   シュヴェンケ

 
CIAフランク
    ブルース・
     ウィリス

元上司ジョー・マシス
    モーガン・
      フリーマン     

マーヴィン・ボッグス
    ジョン・
      マルコヴィッチ

    ヘレン・ミレン
    メアリー・
      ルイーズ・
      パーカー

    
  今や規則正しい年金生活を送る元CIAのエ-ジェントが、襲撃事件をきっかけに、老人ホームや隠れ家に住んでいるかつての仲間たちと伝説のチームを再結成し、大活躍する。
  老人パワー炸裂ではないが、軽快なテンポで、手際よくまとめられ、痛快なアクション映画となっている。
  なおレッドとは、国家当局がRED(Retired Extremely Dangerous)というコードネームでリストアップされている引退した超危険人物とのこと。


詳細リンク:「映画」/日本写真紀行

2011/02/17

富谷町・富谷宿2/旧奥州街道258

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富谷宿・旧家

富谷宿旧家(阿部家)である。
富谷宿には今でも、このような旧家が散見される

街道右側にある内ヶ崎三郎生誕の地と標識のある家も門構えの立派な家だ。

内ヶ崎作三郎は、本陣を務めた内ヶ崎家の分家で、四代目作太郎の
長男として明治9年に生まれた。
東京帝国大学を卒業した後、オックスフォード大学へ留学、帰国し
早稲田大学の大隈重信より懇請され、早稲田大学の教授となった。

大正13年に政界に転じ衆議院議員を務めている。



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富ヶ岡公園方面

宿場の途中で、急に右側が開けたところだ。
案内板によると、この先の丘陵地に明治24年に開園した富ヶ岡公園がある。

かつての茶畑のあったところだ。
今は地形を利用して、松、桜、楓が植えられている。

公園からは泉ヶ岳(1172m)や栗駒山(1627m)が望めるという。





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冨谷宿店蔵

街道左側にある「冨谷宿」と看板を掲げた店蔵。
富谷宿の資料展示と、ふるさと物産店である。

天保14年(1843年)創業の「佐忠」が明治時代に建てた店蔵が
利用されている。

店の右手に冨屋宿を利用した南部藩や松前藩、田村藩等の
木製の宿札が多数並べてあった。




詳細リンク:旧奥州街道258「富谷町・富谷宿2」/街道写真機行
(宮城県富谷町富谷字町) 1005/1102

2011/02/15

富谷町・70富谷宿/旧奥州街道257

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富谷・熊野神社

奥州街道70番目の宿場・富谷(とみや)宿の入口にある熊野神社だ。
宿場は、熊野神社の前を直角に右に曲がったところである。

平安末期より熊野詣でが盛んになり、東北地方にも熊野神社が
勧請されるようになった。

富谷の熊野神社の勧請年月は不明であるが、伝承によると、
現在地より東方に鎮座していたようだ。

元和4年(1618年)、伊達政宗の命により富谷宿を開設した折に、
現在地に移転したと伝えられている。

祭神は熊野夫須美命(くまのふすみのみこと)、イザナギ命、
イザナミノ命である。
明治41年に日吉神社、雷光神社が合祀されている




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70富谷宿町並み

熊野神社の前を右に曲がると、かつての富谷宿の町並みが広がっている。

富谷宿は、富谷新町宿とも呼ばれ、元和4年(1618年)、
伊達政宗により町場とされた。
富谷村の中に造られた新しい町ということで新町・富谷町であった。

当初は、北隣の宿場吉岡が馬継ぎ役を務めていたが、
元和6年(1620年)に富谷は宿駅として独立した。

検断や馬継ぎなどの役には、前領主である黒川家の家臣が
任命されたという。

街道右側に恋路の坂と名付けられた細い坂道がある(写真中央部右)。

この坂を上ると、今は小さな茶畑であるが、往時は茶の名産地であった。

坂名の謂れは、女流歌人・原亜左緒(はらあさお)と
恋仲になった石原純(東北帝国大学教授)が人目を避けて
富ヶ岡公園に通った坂道とか。

洒落れた常夜灯には「右中宿茶畑、富ヶ岡行公園」、
そして「奥州路 恋路の坂や 茶の香り」と書かれてあった。

仙台・芭蕉の辻から北の奥州街道を奥道中とも言うが、
それぞれの宿駅を歌に詠みこんだ「奥道中歌」が面白い。

仙台の本屋伊勢屋半兵衛が、文政2年(1819年)に
「文政新刻奥道中歌」として出版したものだ。

仙台の芭蕉の辻のある国分町から蝦夷・松前までを
順番に詠みこんでいる。

 ♪ 「国分」の町より此処へ「七北田」よ、「富谷」の茶呑んで「吉岡」
   寒いとて焚かれぬものは「三本木」、雪の「古川」「荒谷」冷たや

   思いきり日は「高清水」宿取りの、杖「築館(つきだて)」て道急ぐとは
   あれ「宮野」「沢辺」の蛍草むらに、鳴く鈴虫の声は「金成(かんなり)」

   噂する人に癖「有壁」に耳、口のあけたて「一ノ関」なり ・・・・」

と続く歌である。歌にも詠まれている通り、富谷は茶の名産地であった。




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富谷宿本陣跡

街道左側に、富谷宿の本陣跡があった。

「安永風土記」によれば、旧領主黒川氏の家臣であった
内ヶ崎筑後(織部)が、伊達政宗により取り立てられ、
この宿場を整備し本陣と検断を務めた。
また、札場もここにあった。

家業は寛文元年(1661年)、2代目作右衛門が創業した
内ヶ崎酒造店で、今も営業している。
地酒「鳳陽」は評判とのこと。





詳細リンク:旧奥州街道257「富谷町・70富谷宿]/街道写真紀行
(宮城県富谷町富谷字町) 1005/1102

 

2011/02/13

富谷町・富谷宿入口/旧奥州街道256

50tomiya07

富谷・一枚沖交差点

国道4号線の富谷町一枚沖信号で、旧街道は右の細い道に入る。
如何にも旧街道らしい道路となる。

右手の高台には八雲神社のあるところである。




50tomiya09s  八雲神社

八雲神社は、天保大飢饉のころ、この辺一帯に疫病が流行したので、
槻木宿(現柴田町)の入間田から祇園社として勧請したのが始まりである。


祭神は素盞嗚尊(すさのうのみこと)あるいは牛頭(ごず)天王と言われている。
牛頭天王は疫病除けの守護神として知られ、天王を祀れば疫病は直ちに
平癒すると信じられていた。


八雲神社参道には湯殿山、天保3年(1832年)と刻まれた庚申塔等が
並べてあった。  



50tomiya12

富谷宿入口

八雲神社を過ぎると前方に、こんもりした森が見えてきた。
旧奥州街道70番目の宿場・富谷宿入口にある熊野神社の森である。





詳細リンク:旧奥州街道256「富谷町・一枚沖~富谷宿入口」/街道写真紀行
(宮城県富谷町富谷新町) 1005/1102

2011/02/11

富谷町境~あけの平/旧奥州街道255

50tomiya01s  富谷町入口

仙台市泉区から富谷町に入る。
写真正面の建物は富谷町のシンボルにもなっている富谷配水池の
シンフォニー・タワーである。

最上階は展望台となっている。
定時に、このタワーより音楽が流れるとのこと。、

富谷町は仙台市の北隣にある自治体だが、
すっかり仙台のベッドタウン化している。

富谷町の中心部は「しんまち地区」で、江戸時代に設置された
旧奥州街道の富谷宿を中心に発展してきた。

富谷の地名は、町内の熊谷地区に10の神社があったことから
十宮(とみや)と呼ばれていたのが転訛して富谷となったようだ。

なお、現存するのは10社の内、日吉神社だけとのこと。




50tomiya03

鷹乃社団地入口

鷹乃社地域である。
鷹乃社は、ここに伊達藩の御鷹場があったことに由来する。

左側丘陵部には鷹乃社団地が広がっている。
この辺一帯は仙台の郊外型戸建て用住宅団地となっている。

仙台と富谷町の境界は旧宮城郡と黒川郡を分ける分水嶺となっており
富谷町内を流れる河川はすべて北流(写真前方)し、
大和町の吉田川に流入している。

富谷町は富谷丘陵と吉田川の複数の支流が造り出した
河川沿いの谷底平野に発展した街である。

最近になって、丘陵部が開発され、大規模な住宅団地が造成されている。

平成の大合併期には、仙台市との合併案や
黒川郡内での合併案もあったが、単独町制を取ることになった。

理由は、近い将来、単独市制人口要件の5万人に達成するので、
それを待って市制を施行する道を選んだとのこと。





50tomiya06

旧街道/富谷町

富谷町に入り、富谷宿までの間は、部分的であるが国道4号線に
沿うように旧街道が残されている。

写真はその一部で、左を流れている川は吉田川支流の西川、
右側が国道4号線である。

旧街道はこの西川沿いを、奥州街道70番目の宿場・富谷宿まで続いていた。




詳細リンク:旧奥州街道255「富谷町境~あけの平」/街道写真紀行
(宮城県富谷町富ヶ丘、鷹乃社、あけの平) 1005/1102

2011/02/09

仙台・七北田~将監/旧奥州街道254

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七北田白水沢集落

七北田字白水沢地区に入る。
車の殆ど通らない静かな町並みとなる。

左の瀬川医院は、つい最近までは内科ペインクリニックを
標榜していた医院であるが、最近(平成22年)になって、診療科目を
増加させ瀬川医院と改称している。

内科ペインクリニックだけで営業するには土壌が小さいようだ。




49nanakita18s  日露戦役記念碑

街道右側に、大きな日露戦役記念碑が建立されている。
明治40年に建てられたもので、裏面には地元の戦没者名が刻まれてあった。




49nanakita19s  将監トンネル入口

白水沢の集落を抜けると将監(しょうげん)地区に入る。

写真左側に宮城県住宅供給公社の大規模な将監団地があり、
将監トンネルのあるところだ。

この将監は、伊達家家臣の横澤将監吉平が
この地区を治めていたことに由来する。
仙台は人名がそのまま地名になっているところが多いようだ。

さらに進むと、東北自動車道の泉インターチェンジの横を通る。
歩道は、インターチェンジに通じる自動車専用道路の下を
潜るようになっている。

泉区七北田地区から泉ヶ丘地区に入る。
泉区は大きな団地が多数あるところだ。
これらの新興住宅地の中に、オアシスとして小さな公園が
いくつか造られている。

その一つ、泉ヶ丘一東公園で小休止させていただく。
徒歩の旅人にとって、実にありがたい施設である(感謝)。





詳細リンク:旧奥州街道254「仙台・七北田~泉ヶ丘」/街道写真紀行
(宮城県仙台市泉区七北田、泉ヶ丘) 1005/1102

2011/02/07

仙台・七北田宿上町/旧奥州街道253

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七北田宿、市名坂交差点

市中坂交差点で、ここを左折すると仙台市営地下鉄南北線の
泉中央駅のあるところだ。
右は塩釜街道(県道35号線)である。

泉中央駅は平成4年に開業した南北線の北端のターミナル駅で、
泉中央副都心の中心となっている。




49nanakita15s  浄満寺

七北田宿の出口付近にある帰命山浄満寺である。
浄土真宗の寺で、慶長元年(西暦1596年)、
東本願寺教如上人法弟長念が開基した。

本尊の阿弥陀像は鎌倉時代の作とされている。
藩政時代には寺子屋としても使用されていたようだ。
境内には安政5年(1858年)に建てられた筆墓が残されている。



49nanakita16

七北田宿出口

七北田宿の出口で、右の道を行くと現国道4号線仙台バイパスに合流する。
旧街道は左の狭い道で、ここから七北田字白水沢の集落となる。





詳細リンク:旧奥州街道253「仙台・七北田宿上町」/街道写真紀行
(宮城県仙台市泉区市名坂、七北田) 1005/1102

2011/02/04

仙台・69七北田宿/旧奥州街道252

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69七北田宿入口

七北田川を渡ると市名坂地区に入る。
奥州街道69番目の宿場・七北田宿のあったところだ。

七北田宿は当初は七北田村に置かれ、後に南側のここ市名坂村も加えられ、
七北田村側を上町、市名坂村側を新町、下町と呼んでいた。




49nanakita08s  善正寺

宿場に入ってすぐ左側の善正寺入口に、明治天皇御駐輦址碑がある。
この寺で休憩されたようだ。


無量山善正寺は、浄土真宗の寺で、慶長10年(1605年)に開山された。

境内には南無阿弥陀仏と彫られた、寶暦5年(1755年)の石搭がある。
宝暦飢饉の時の供養塔で、七北田だけで餓死者300人余を出したという。

なお、宝暦飢饉は、天明、天保飢饉とあわせ仙台3大飢饉と言われている。




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二柱神社

善正寺の先、街道左側に二社神社がある。

当地豪族の国分氏の氏神で、仁和多利(にわたり)大権現として、
領地であった市名坂、七北田、北根、野村、上谷刈、古内、松森、
鶴谷村の総鎮守であった。

二和多利神は東北地方に広く分布している民族神で、
百日咳や用水の守護神でもある。

伊達氏の時代の寛文2年(1662年)に、現在地に移転され、
明治になって、祭神をイザナギ、イザナミ命として二柱神社と改名された。




詳細リンク:旧奥州街道252「仙台・69七北田宿・新町」/街道写真紀行
(宮城県仙台市泉区市名坂) 1005/1102








2011/02/02

仙台・泉区、七北田川/旧奥州街道251

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旧街道/仙台市泉区

仙台市泉区に入る。切り通しとなっている快適な道だ。
右下を旧国道4号線(現県道22号線)が走っている。

泉区はもとの泉市で、昭和63年に仙台市に編入合併される時、
そっくりそのまま泉区となっている。

中心部は、江戸時代の奥州街道(仙台・松前道)の
宿場町・七北田(ななきた)宿のあったところだ。

地名は区の北西部に位置する泉ヶ岳(1172m)に由来している。




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仙台藩七北田刑場跡

街道左側に仙台藩の七北田刑場跡がある。

元禄3年(1690年)、米ヶ袋刑場から移されたもので、
明治までの約180年間、百姓町人など一般庶民の囚人が
処刑されたところだ。

仙台藩5代藩主伊達吉村夫人の長松院が、これまで死者を弔う仏堂が
無いことを憂いて、
遺言により、延享3年(1745年)刑場の南に
河南堂(かなんどう)、北に河北堂(かほくどう)の常念仏堂を建てられたが
現存していない。

この地でオランダ医学を学んだ木村寿禎(じゅてい)が、
寛政10年(1798年)腑分けを行なったといわれ、七北田刑場腑分供養塔が
建ててあった。

なお、河北堂に掲げられた「抜苦」の額のみが洞雲寺(山の寺)に
保存されている。
洞雲寺は仙台市泉区にあり、日本三大山寺の一つと言われている
古刹である。


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七北田川

切り通しの道から旧国道4号線を横切ると、目の前に
仙台市営地下鉄南北線の八乙女(やおとめ)駅がある。

開業は昭和62年と新しい駅で、駅前には仙台市営バスと宮城交通が
発着するバスターミナルがある。

開業前の駅の仮称は七北田であったが、開業時に現駅名となっている。
時代の流れか、旧宿場名で旧村名の七北田は採用されなかった。

その先の七北田川に架かる七北田橋を渡ると、旧奥州街道69番目の
宿場・七北田宿のあったところだ。

七北田川は泉ヶ岳(1172m)を源流とし、仙台湾に流入する
延長45kmの河川だ。

写真は七北田橋より上流側見た写真で、正面の建物は、サッカー、
ラグビー、アメリカンフットボール専用のユアテックスタジアム仙台だ。
Jリーグのベガルタ仙台のホームスタジアムである。



詳細リンク:旧奥州街道251「仙台・八乙女~七北田川」/街道写真紀行
(宮城県仙台市泉区七北田、八乙女中央) 1005/1102

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