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2010/03/24

筑前・木屋瀬宿~遠賀川/旧長崎街道

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木屋瀬宿東構口(入口)

高速道路、九州自動車道を潜ると
遠賀川(おんが)沿いにある筑前六宿の二番目の宿場、
木屋瀬(こやのせ)宿に入る

写真右手の家は、宿場の東側入口である東構口(ひがしかまえくち)傍の

家で、かつては醤油の醸造業を営んでいたという


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木屋瀬宿街並み

1枚目写真左側の家並みでも判るように
木屋瀬宿は矢止めと言われる家並みと成っている

家の並びが直線ではなく、鋸の歯の様に凸凹になっているのだ


また、街道からの路地(下写真)は総て袋小路となっている
宿場の治安警備のしやすさを考えた家並である





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問屋場跡


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船庄屋跡(梅本家)

遠賀川河岸で、「川ひらた」と呼ばれる年貢米を運ぶ権利を持つ川船を
管理していたのが船庄屋(梅本家)であった

江戸時代末期で24艘の川ひらたを保有していた
また、当主の梅本家は油屋(やましも)の屋号で、酒醸造業も営んでいた

明治に入って醤油醸造にも携わったが明治10年代で廃業したとのこと
なお、この建物は江戸末期の建築で、
木屋瀬宿を代表する町家の一つとなっている

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旧高崎家

高崎家は屋号を柏屋(かねたま)と云い
豪商であった本家柏屋(こちらは、かねしめ)の7代目
高崎四朗八義辰(寛政7年生、1795年)が分家して創立した家

文政8年(1825年)から町年寄りを勤めていた

当家の5代目は、放送作家伊馬春部(本名は高崎英雄)として
ラジオドラマ「向こう三軒両隣」や「屏風の女」等で活躍した人である

この建物は天保6年(1835年)建築と推定されている
家の内部が公開されていた

ここで生まれた方からのメールによると、
頼山陽や伊能忠敬がここに寄宿したとのことであった
また、高杉晋作を床下に匿ったということもあったようだ




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遠賀川

木屋瀬宿の西構口を抜けると遠賀川の土手に出る
旧長崎街道はこの川沿いの道であった

また、此処には「従是右赤間道、左飯塚道」の道標が立っていた
赤間道とはこの遠賀川を渡って唐津へ向かう街道である

次は、遠賀川上流の、旧長崎街道3番目の宿場・飯塚宿となる




詳細リンク:旧長崎街道4「筑前・木屋瀬宿~遠賀川」/街道写真紀行
(福岡県北九州市八幡西区木屋瀬)  0806/1003

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