« 小田川~夫婦坂・太田川宿入口/旧奥州街道46 | トップページ | 映画「南極料理人」 »

2009/10/24

太田川宿/旧奥州街道47

16ohtagawa05

太田川・常願寺

奥州街道30番目の宿場・太田川宿に入ると左側に常願寺がある。
嘉暦2年(1327年)、慈伝法印により開山された
天台宗叡山派の寺院である。

樹齢600年の枝垂桜が有名な寺である(上写真右側)。

泉崎村の無形文化財となっている「太田川梅若念仏踊り」が
四半世紀ぶりに復活し、この常願寺境内で披露されたとのこと。

この民族芸能は太田川に古くから伝わる「梅若伝説」に由来するもので、
伝説に登場する梅若丸を供養する不動堂が、
太田川平次山に残されているとのこと。

伝説によると、比叡山の稚児・梅若丸は、
人買いの信夫藤太にかどわかされ、奥州に連れさられる途中、
武蔵国隅田川で病に罹り亡くなった。

その梅若丸をかどわかした信夫藤太は、ここ太田川の住人であり、
村人に災いが及んだので、梅若丸の命日(3/15)に念仏踊りを
行うようになったとのことであった。

この梅若丸は、京都の吉田少将惟房卿の一子で、7歳の時死別し、
比叡山の稚児となったと、謡曲「隅田川」にある。

その梅若丸を追って、母が隅田川まで来たが、その死を知り、
悲しみのあまり発狂して、隅田川の畔をさ迷うという物語となって、
歌舞伎や文楽でも「隅田川物」として取り上げられている。




16ohtagawa08

30太田川宿

太田川宿の中心部である。
ここも戊辰戦争の兵火で殆ど全焼して、
建物はその後に建てられたものであるが、旧宿場町の面影が残されている。

宿場中央左手に、間口7間の元検断の家がある。
検断とは、当時の警察権、刑事裁判権を持つ大庄屋(おおじょうや)のことである。


太田川宿の出口付近で、道が直角に右に曲がっており、
さらに進むと左に曲がっている、所謂枡形になっているところである。

写真正面の小高い山に愛宕神社ある。
愛宕神社は太田川宿の鎮守である。
鳥居を潜り、階段を181段登ったところにある。

境内からは太田川宿が一望できるところだ。
また、鳥居脇の樹齢120年の枝垂桜が名所となっている。




詳細は下記リンクをご覧下さい
詳細リンク:旧奥州街道47「30太田川宿」/街道写真紀行

« 小田川~夫婦坂・太田川宿入口/旧奥州街道46 | トップページ | 映画「南極料理人」 »

旧奥州街道2」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1201032/31919662

この記事へのトラックバック一覧です: 太田川宿/旧奥州街道47:

« 小田川~夫婦坂・太田川宿入口/旧奥州街道46 | トップページ | 映画「南極料理人」 »

2018年1月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ