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2009/09/23

白河・小峰城址/旧奥州街道36

13sirakawa38s  JR東北本線横断地下道

白河市大手町と小峰城を遮っているJR東北本線。
今は、その線路下を通行出来る半地下道が出来ている。
正しくは、「こみね・ふれあい通りの地下通路」という様だ。

白河駅を下りて、左側のこの地下通路を通れば、
小峰城跡に最短距離で行ける様になっている。  



13sirakawa42

小峰城・三層櫓

線路を潜ると、目の前は城山公園である。
白河薔薇園(本丸跡)や、白河集古苑が出来ており、
史実に基づいた三重櫓と前御門が復元されている。広さ9.5haである。

南北朝時代の興国元年(1340年)、結城宗弘の子親朝(ちかとも)が、
ここ小峰ヶ岡に城館を作り、子孫は小峰氏と称した。
戦国時代後期からは会津城主の領地となっている。

江戸時代の寛永4年(1627年)、丹羽長重が棚倉より10万石で入り、
白河藩創設。
小峰城の大改築を行い、近世的な城郭と城下町を完成させた。

丹羽家以後は、松平定信を始め、7家21代の親藩、譜代大名が
交替で入封した。
最期の城主は、文政6年(1823年)に武蔵忍より阿部正権(まさのり)が
10万石で入封し、以後8代44年在封した。

しかし慶応2年、8代目藩主阿部正靜(まさきよ)は
棚倉への転封の命を受けた。
従って、戊辰戦争の時は白河城は藩主不在のままで、
奥州列藩同盟軍と新政府軍の攻防の舞台となった。
その結果、戊辰戦争で同盟軍は破れ石垣のみを残し、他は焼失してしまった。

石垣は往時のもので、同心円型の珍しい石積みが各所に見られる。
写真左側の木の右上にも、同心円型の石積みが見られる。



13sirakawa43

白河集古苑

城山公園内にある白河集古苑は、中世に白河地方を領していた結城家と、
江戸時代の大名として古河藩を治めていた阿部家の歴史的資産を
保存・展示する施設である。

建物は、城郭内にあった土蔵をイメージした平屋建ての建物で、
結城家古文書館と阿部家名品館が設けられている。




詳細は下記リンクをご覧下さい
詳細リンク:旧奥州街道36「白河・小峰城址」/街道写真紀行
(福島県白河市郭内) 0905/0909

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コメント

白河ってなかなか素敵なところですね。
お城の石垣など立派なものです。
大河ドラマを見ると戦国時代後期は会津藩は上杉氏が治めていましたね。
一度実際に訪ねてみたいお城です。

momoさん、今晩は

そうなんですよ、天地人で、出てきましたね。
革籠原(現皮籠、かわご)の土塁が・・・

私のサイトも、キーワードからの訪問者が多かったです(・。・)

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