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2009/08/10

呉服橋~丸の内/甲州道中2

02ohtemon01

永代通り、呉服橋

日本橋交差点を左折すると永代通りに入る。
嘗ては、ここ外堀に呉服橋が掛かっていた。
甲州道中は呉服橋を渡り北町奉行所の前を通り、
和田倉橋へ真っ直ぐな道があったが、今は東京駅となっており
道は消滅している。

仕方ないので東京駅の地下道を抜けて進むことになる。
呉服橋の右手にあったのが、一石橋(いっこくばし)である。



02ohtemon03s  一石橋迷子しらせ石標

江戸時代はこの辺から日本橋に掛けては盛り場で迷子が多かったようだ。
迷子が出た場合、町内が責任を持って保護することになっていたので、
付近の有力者が世話人となり、一石橋の袂に、安政4年(1857年)、
この石標を作った。

柱の正面に「満(ま)よい子の志るべ」、右側に「志らする方」、
左側に「たづねる方」と彫られてあり、迷子や尋ね人の特徴を
書いた紙を貼り、それを見た人が知っている場合は
返事を書いた紙をここに貼ったという。


02ohtemon06s 
丸の内

地下道を抜けると丸の内である。
出口に丸の内鉄道橋記念塔があった。
日本橋川に架かっていた鉄道橋(東京駅と神田駅間)の橋柱である。

そして、東京都が建てた、石造の案内標識があった。
丸の内今昔散歩と彫られてあり、上面には付近の地図が描かれていた。
それによると、この辺に幕府の評定所と伝奏屋敷があったようだ。
残念ながら、今はその面影は全く無いが。
  
なお、丸の内とは外堀の内側の御曲輪内(おくるわうち)から来ている。
親藩や譜代大名の屋敷が24あったという。




詳細は下記リンクをご覧下さい
詳細リンク:甲州道中2「呉服橋~丸の内」/街道写真紀行
(東京都千代田区丸の内) 0906/0908

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